第32話 開会式
ホテルの部屋、その壁に備え付けられた大型ディスプレイを眺めていた。
純白は既に数時間前に出発していて、今この部屋には私と社しか居ない。
『さぁ!今年もこの時がやって参りました!!世界感応力戦技競技会、通称"対抗戦"!!間もなく開会式が行われようとしています!実況は私、アナウンサーの星野小晴が務めさせて頂きます!』
画面に映るアナウンサーもこれから始まる対抗戦に気持ちを昂らせているのか、妙にハキハキとした口調で喋っている。流石は世界が注目する対抗戦といったところだろうか、実際に競技を行う選手でなくとも、落ち着いては居られないらしい。
「まだ始まってもいないのに、こうも盛り上がるものなのかしら?」
「毎年似たようなものですが、今年は開催地が日本ということもあっていつも以上の盛り上がりを見せているようですね」
スポーツの大会等でも、やはりホームとアウェイでは随分違うと聞いたことがある。
それと似たようなものなのだろう。
ちなみに社の話によれば実況の彼女、星野小晴嬢は近頃急上昇中の人気アナウンサーであるらしい。戦闘系ではないけれど、彼女自身も感応する者であるらしく、それを理由に今回抜擢されたのだろう、とのこと。
『解説には日本境界管理局より、白糸冠さんにお越し頂いております。白糸さん、宜しくお願いします』
『はい、宜しくお願いします』
星野嬢に紹介されて映し出されたのは、キッチリとスーツを着こなした三十代前半程に見える男だった。スーツの下には何故か妙に切込みの深い、つい最近何処かで見たようなVネックのシャツを着ている。
「・・・白糸?」
「昨日ホテルへ案内してくれた白糸細芽氏の兄ですね。あれから気になって少し調べたのですが、どうやら白糸家は白雪家の分家筋のようです」
「ああ・・・通りで何処かで見たと思ったわ。兄妹揃って露出癖でもあるのかしら」
軍、ひいては管理局といえば白雪家の領分だ。
彼らが今回の大会運営に深く関わっていることは何も不自然ではない。むしろ、白雪家が今回の対抗戦に力を注いでいることの証明だろう。聖があれほど熱心に交渉をしてきたのにも頷けるというものだ。
『今回の開催地は日本ということもあって、現地では既に大きな盛り上がりをみせています!まだ開会式前だというのに凄まじい熱気と歓声です!!』
『前年は健闘したものの四位という結果に終わっていますからね。自国開催となる今年こそはなんとしても、という思いが皆強いのでしょう』
言葉だけ聞いていれば真面目に解説を行っているように聞こえる白糸冠だが、その怪しげなシャツが気になって今ひとつ内容が入ってこない。
人選ミスでは?と思うものの、星野嬢が何も言わないということは、彼の格好は別におかしなことではないのかも知れない。或いはおかしいと思いつつ触れないでいるだけか。
『前年といえば、米国代表のモニカ・ラブレット選手の活躍が記憶に新しいところですが、今年も圧倒的なパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか。そして我らが日本代表は彼女を止めることが出来るのか!そのあたりも非常に注目となるところです!』
『そうですね。昨年の彼女はまさに超新星、といった活躍を見せてくれました。その学生離れした圧倒的な戦闘センスと技術で、彼女の名前は瞬く間に世界中へ轟きましたからね』
『私もリアルタイムで見ていましたけど、驚いて声も出ませんでしたからね。さて、そんな衝撃の連続だった前年大会ですが───白糸さん、今年はどこに注目すればよいでしょうか?』
『ラブレット選手擁する米国は勿論ですが、今年に入って急激に力を伸ばしてきた英国のメルヴィン・ペンフォード選手にも注目したいですね。彼は噂によるとあの『智慧の金』、ソフィア・エヴァンスの教え子であるそうです。私も一度彼の映像を見たことがありますが、やはり学生離れした非常に良い動きを見せていましたね』
『成程!米国のラブレット選手にも匹敵する強敵だということでしょうか?ですがそうなると、我らが日本代表は苦しい戦いを強いられることになってしまうのでは?』
『確かに強敵です。ですが悲観する必要はありません。我らが日本にも、彼らに匹敵する選手が居ます』
『それはもしかして・・・』
『はい、皆さんご存知の白雪聖選手です。昨年にも大きな活躍を見せてくれた彼女ですが、今年は更に力をつけています。先に話した二人とは学年が違うので直接対決は"殲滅"まで叶いませんが、彼らが相手でも必ずや勝利を齎してくれるでしょう』
テンポよく続けられる星野嬢と白糸冠の会話。
こういうもの、といえばそうなのだろうけれど。
画面を見ていた私と社は、互いに同じ感想を抱いたのだろう。二人で顔を見合わせることになった。
「なんと言いますか・・・露骨な台本ですね」
「プロパガンダ的な側面もあるのでしょうね。派手に焚き付けた分、これで優勝出来れば白雪にとって見返りは大きい。負ければ目も当てられないでしょうけれど」
この対抗戦に於いて白雪家が何を企み、何を目的としているのかは私の知ったところではないけれど、恐らくは勝算あってのことなのだろう。あの白雪斑雪が何も考えずに、退路を自ら断つような真似はしない筈だ。
私と社が、そんな益体もない事を考えている間にも中継は進んでいた。
『三年生は白雪選手擁する、我々日本が有利と見ても良いでしょう。彼女の他にも、縹千早選手など実力のある選手が多数居ますしね。しかし二年生は厳しい戦いになるかも知れません。米国のモニカ・ラブレット、英国のメルヴィン・ペンフォードという二強が暴れまわる事になるのではないでしょうか』
『成程・・・では、日本が優勝するためにはどうすればよいのでしょうか?』
『やはり鍵となるのは一年生でしょう。彼らが如何に勝点を稼ぐ事が出来るか、そして全校種目である"殲滅戦"で何処まで勝ち進めるか。何れにせよ、やはり一年生の活躍無くして勝利は難しいと思います』
『そうですね!昨年の対抗戦を賑わせたあのラブレット選手も当時は一年生だったことを考えれば、やはり新入生たちの活躍にはどうしても期待してしまいますね!白糸さんが注目している選手というのは居ますか?』
『勿論です。今年の新入生達は粒ぞろいと聞いていますし、結果にも期待出来るかと思いますが・・・ここで名前を挙げるのは止めておきましょう。ここから先は是非、皆さんの目で確かめて欲しいですね』
『歴史の証人はこの配信を見ている貴方です!!といったところですかね?白糸さん、有難うございました───っと、話をしているうちに開会式が始まったようです!各国の選手たちが続々と入場してますね!』
半分ほどは右から左へと聞き流していた実況の声がまたもや熱を帯びている。映像へと視線を戻せば丁度、整列した日本校の生徒たちがアップで抜かれているところが映し出されていた。
開会式の会場となっている多目的グラウンドは屋外とはいえ、屋根もあるため直射日光の心配はない。もっといえば空調すら完備されているため選手たちは汗もかかずに済んでいる。グラウンドというよりはドームに近いだろうか。
「おや、純白様が映っていますよ」
「ヘラヘラしているわね」
「あちこちを見回していますね」
「落ち着きが無いわね」
何をやっているのだろうか彼女は。
流石に恥ずかしくなったのか、後ろにいた純麗から注意をされるところまで映っていた。どうやら分家から疎まれているような事も無いらしく、解説が大喜びしている。
「ところで私、実際の競技について殆ど知らないのだけれど、あの子達はどの種目に出場するのかしら。授業で風花先生が説明していた気がするけれど、興味が無くてすっかり忘れてしまったわ」
開会式をこんな場所で見ている所為で説得力がないかも知れないけれど、彼女達の試合は現地で直接観戦するつもりでいる。配信に映るかどうかも理解らないし、映ったとしても大事な場面を見逃されてしまってはつまらない。
「対抗戦の種目は全部で五つです。そのうち『決闘』と『競走』は個人種目、残る『追跡』『共闘』『殲滅』が団体戦となります」
社の口から、聞き慣れない単語が次々に飛び出す。
殆ど覚えていないとは言ったけれど、これは流石に記憶の問題ではなく、正真正銘聞いていない筈だ。感応する者にとって常識的な事だから説明を省いたのかしら?
しかしそこで、ふと思い当たることがあった。
そもそも私は殆ど授業に出ていない。故に欠席している間に説明があった場合、聞き覚えがないのは当然だ。これは全面的に私が悪いだろう。
「純白様と純麗様が出場するのは『共闘』と『殲滅』です」
「ふぅん・・・ちなみにその『共闘』というのは、読んで字のごとく2対2のチーム戦なのかしら?」
「はい。簡単に言えば、1対1で行われる『決闘』のペア版ですね。ちなみにもう一つの『殲滅』の方は全校種目となっており、各学年から5人ずつ選手を選抜して戦う15対15の団体戦です。対抗戦の目玉とも言える競技ですね」
「へぇ・・・ま、あの子達の実力を活かすなら、個人戦よりもチーム戦のほうが適しているでしょうね」
一人で戦うには、あの子達はまだまだ実力不足だ。
純白は無鉄砲なところがあるし、純麗に関しても判断が甘い部分がある。露草藍に模擬試合で勝ったとは言え、あんなものはそう何度も起こらない。
けれど二人一組となれば、彼女達は良い結果を出せるのではないだろうか。
他の学生のレベルを知らない所為で推測になってしまうけれど、連携を前提に考えればあの二人は既になかなかのものだ。
訓練によってさらに連携を強固なものにしているとしたら、そこらの1年生には負けないだろう、と言える程度には強くなっている筈だ。それこそ、他の国の選手が相手でもだ。
そんな風に考えていたところで、配信映像の音声が一際大きく聞こえてきた。
視線を戻せば、ちょうど管理局代表の挨拶が終わり、開催国代表の言葉なる催しが始まったところであった。
通常であれば非常に退屈であろうそんな催しだけれど、歓声が大きくなったのにはどうやら理由があるらしい。
『さぁ!次は皆さんお待ちかね、といったところでしょうか!開催国代表、『希望の白』八月花鶏の挨拶です!』
『いやぁ、やはり『七色』の一人ですからね。観客の興奮も当然でしょう。彼女は普段、研究室に籠もりっきりで顔を見る機会など滅多に有りませんからねぇ。顔やコメントは度々出されますが、こうして直接声が聞けるのは貴重な機会ですよ』
『感応する者の頂点ですからね、かく言う私も興奮が抑えられません。見て下さい、手汗凄いですよ!』
『ははは、ここまで来ると国なんて関係ないようですね。各国の生徒や観客達も、皆そわそわしているのが一目で分かりますよ』
そんな実況と解説の声に、少しだけ興味が湧いた。
私はこれまで、自分以外の『七色』に会ったことがなかった。
そんな私が、始めて出会ったのがソフィアだ。彼女は纏う空気も、その実力も、そこらの境界鬼では比べ物にならないほどに研ぎ澄まされていた。
わかりやすく言えば、非常に唆られたのだ。
あれほど壊し甲斐のありそうな相手は今まで見たことがなかった。勿論、私は最低限の分別は持ち合わせている。いきなり襲いかかるような事はない。
そんなソフィアと同等であるという『白』は一体どんな感応する者なのか。確か医療系だと聞いていた気がするけれど、戦闘も出来るのだろうか?
先程までは雑に流し見していたというのに、私はいつの間にか配信に釘付けとなっていた。
そうして映像を見つめること数分、袖から壇上へとゆっくりと歩いて来る、白衣の女が映し出された。目の下に濃いクマを作り、こんな場だというのに煙草を燻らせて歩く姿はまさに異質。
けれど異質なのは、その風貌だけではなかった。
『えー・・・八月花鶏です。生きてさえいれば治します。遠慮なく腕とか足とか飛ばして下さい。以上』
ただそれだけを告げ、そそくさと壇を降りてしまう八月花鶏。
はて、挨拶とはこういうものだっただろうか?
そんな感想を抱いた私はどうやら間違っていなかったらしい。
観客席はすっかり静まり返り、先程の歓声が嘘であったかのように、皆が誰も居なくなった壇上を見つめているだけであった。
対抗戦に出場する生徒の数が、どう考えても計算が合わないことが判明しました。具体的な数字を書くとボロが出る典型例ですね。
所詮はモブの数の話なので、どうでもいいといえばどうでもいい部分ではあるのですが、やっぱり気になる方は気になる部分かと思います。私のことです。
というわけでして、人数の事は一度忘れて下さい・・・。
今後計算し直して具体的な生徒数を反映する可能性もありますが、ひとまずはふんわりとさせておいて頂きたく思います。
本話投稿時点で変更は完了していると思いますが、もし見落としなどにお気づきになられた場合は一報下さると助かります。
暑さに負けず続けて行けるよう頑張りますので、これからも本作をよろしくお願いいたします。




