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災禍の令嬢は壊したい  作者: しけもく
第一章

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第13話 特訓開始

今日は土曜日。

学園はお休みだけど、私は駅前まで出てきていた。

着替えを目一杯詰め込んだキャリーケースを引っ張りながら、家から歩くこと15分。まだ春だというのに薄っすらと汗をかいた額に、髪が張り付いていた。


「純麗、貴方一人暮らしなんでしょう?丁度いいわ、貴方明日から私の家に泊まりなさい」


禊さんからそう言われた翌日の朝。

時間はまだ朝の9時。普段は休日は家でのんびりしている私にとっては早起きの部類に入る。でも、禊さんとの約束に遅れるわけにはいかないから。


昨晩は中々眠れなかった。

今日が授業のある平日だったら私は絶対に寝坊していたと思う。

そう考えると、少し前に禊さんが夜間の日帰り京都境界鬼(テルミナリア)討伐ツアーをした時。禊さんは昼から学園に来ていたけど、あれは実はとんでもないことだったんじゃないかと、今になって思えてきた。


後から聞いた話だと、あの夜禊さんが倒した境界鬼テルミナリアの数は10体を越えていたとか。そもそも一人で10体の境界鬼テルミナリアを倒すということがかなり異常だ。それにC(カテゴリー)Sの境界鬼テルミナリアもいたとか。そんな翌日に平気で学園に来ているんだから、普通に考えればあり得ない。


これまではニュースやネット上での、嘘か本当か分からないような断片的な『災禍の緋』の情報しか手に入らなかった。難民ファンだからといって特別な情報が手に入るわけじゃないから。


でも禊さん本人と出会ってからは、とても嬉しい事に、少しずつ彼女のことを知ることが出来ている。もちろん未だに知らないことだらけだけど、難民としては些細なことでも嬉しいものなのだ。


例えば、彼女はあの見た目と言動で、意外にも甘いものが好きらしい。

すっかり私と純白ちゃん、禊さんの三人で昼食をとる事がお決まりになってきてるけど、食堂でよくザッハトルテを食べているのを見かけるのだ。というかほぼ毎日食べている気がする。


そんな少し可愛らしい───本人に言ったら睨まれそうだけど───一面を持つ、私の憧れであり世界の頂点に立つ七人の感応する者(リアクター)の一人、天枷禊から直々に教えを受けられるのだから、私がどれほど緊張しているかも簡単に分かってもらえると思う。


『貴方を変えてあげる』なんて言われた時は心臓が止まるかと思ったけど、『家に泊まりなさい』と言われた時はもう何がなにやら。

恐れ多いというか、嬉しいのやら、私なんかが良いのかなとか、もうぐちゃぐちゃで。

今になって冷静に考えて見れば、半ば勘当されているとはいえ縹家の娘が天枷家に泊まったりしてもいいのかな?なんて考えたりもする。


そんな事を考えていた私の耳に、車のエンジン音が聞こえてきた。

帽子のつばを少し持ち上げて見てみれば、入学式の日に乗せてもらった、あのとっても高級そうな、やたら大きい車が私の前に停まっていた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、純麗様」


運転席から降りてきた、いつも禊さんのお世話をしている侍女さんが、私に挨拶と謝意を伝える。すっかり顔なじみとなった彼女の名前は蘇芳社さん。なんでも卒なくこなしてしまうとても優秀な人なのに、たまに突拍子もない事をして禊さんで遊んでいる凄い人だ。禊さんからの信頼も篤いみたいで、侍女であるはずの社さんからは、たとえ何をされても禊さんが本気で怒ることはない。


「あ、いえっ、私も丁度今着いたところですからっ!おはようございます、社さん。今日からよろしくおねがいします」


「はい。こちらこそ。それでは中へどうぞ」


そう言って後部座席のドアを開けてくれる社さんの姿はとても様になっていて格好いい。出来る大人のお姉さん感が凄いのだ。

車内にはいろんな飲み物が準備されていて、社さんからも『ご自由にお飲み下さい』なんて言って貰ったけど、とても手が付けられなかった。

シートもふかふかで、もはや一庶民と化した私には逆に座り心地が悪く感じられる程だった。というかどう考えても、私が数度しか乗ったことのない、縹家が所有している車よりも高級だった。


社さんが軽快に話す謎の小粋な冗句を聞きつつ外を眺めていると、どうやら天枷家の門を通過したみたいだった。自動で開いていく門の傍ら、門衛所の窓からは直立不動の門衛さんが見えた。やっぱり禊さんの車が通る時は緊張するのだろうか?本人は乗っていないんだけどなぁ。


その後少しの間、敷地内を走った車はお屋敷の正面で停車した。

社さんが開けてくれたドアを潜ればそこは、社さん曰く『禊様の家』であるらしい天枷家の別邸だった。


キャリーケースを預け、社さんに促されるまま玄関ホールを抜けた先。

広間では禊さんがソファで寛ぎながらテレビを見つつお茶を飲んでいた。


「あら、いらっしゃい」


「遅いですわ純麗さん!わたくし待ちくたびれてしまいましたわ」


何故か純白ちゃんも居た。

禊さんの対面に行儀よく座り、フォークを片手にケーキをつついていた。


「何故か、とは随分なご挨拶ですわ。当然わたくしも居るに決まってますわ」


思考を読まれた。

彼女は意外と勘が鋭い。そんなにわかりやすい顔をしてたつもりはないんだけどなぁ。


「取り敢えず荷物を置いて来なさい。好きな部屋を使って構わないから。社、案内してあげて頂戴」


「畏まりました」


「わたくしは二階の角部屋にしましたわ!純麗さんはわたくしのお隣にしますの!」


純白ちゃんは既に部屋まで決めていた。

状況がまるでわからない。

そんな私の混乱を置き去りに、社さんは私を促して二階へと先導してくれた。

そして二階の端から二番目、恐らくは純白ちゃんが選んだと言っていた部屋の隣へと通される。


「最低限のものは全て揃っている筈ですが、何かご入用の際はなんなりとお申し付け下さい。また部屋のものは全てご自由にお使い下さい」


「え、あ・・・はい?わかりました?」


「準備が済みましたら、先程の広間へと起こし下さい。では」


あれよあれよという間に全てが決まった。

準備と言っても、私の荷物なんて着替え一式と洗面具くらいのものだ。

なんならキャリーケースごと部屋に置いておくだけでよかった。

試しにと、部屋に置かれたクイーンサイズのベッドに腰掛けてみれば、地中まで埋まってしまうんじゃないかってくらいにお尻が沈んだ。

こんなベッドで一度寝たら、もう自分の家に帰れなくなるんじゃ?


広間に戻ってみれば、2人は相変わらずケーキを突きながらテレビを見ていた。

私も純白ちゃんの横に腰掛けると、社さんがすかさずお茶とケーキを持ってきてくれた。2人が見ていたのは感応する者(リアクター)の特集番組のようで、最近アイドル売りをしているルックス重視の男性二人組が何やらインタビューを受けていた。名前は・・・何だっけ?


「最近こういう方が増えましたわね。わたしくは余り好きになれませんわ」


「あら、そうなの?貴方の家も関与しているんじゃないの?」


「ですわ。宣伝効果は少なからずあるらしいですの。『馬鹿みたいだから本当はやりたくないけど、でもこれで資金が増えるんだよなぁ』とお父様が愚痴っていましたわ」


「彼らがまともに戦えるようには見えないのだけれど、広報役としては役割を果たしているのかしらね」


「この2人は最近よく見かけますよ。ご存知ないですか?私も名前は知らないんですけど・・・」


「一番詳しそうな純麗ですら知らないんじゃ、やっぱり駄目ね」


呆れた様に肩を竦めてみせる禊さん。

広報役というのなら、禊さんがやれば最高の効果が得られるだろうなぁ。

日本には世界で唯一、2人の『七色』が存在している。

けど二人共、そういったメディアへの露出は薄い。

『緋』である禊さんは勿論のこと、『白』の方も、禊さんほどではないにしろ情報は少ない。二人ともが、実戦に重きを置いている、というよりもこういったメディアでチヤホヤされて喜ぶような自己顕示欲、あるいは承認欲求のような物を持ち合わせていないせいだ。

基本的には実力の高い感応する者(リアクター)ほどそういった傾向にある。

別にテレビに出ている感応する者(リアクター)は大したことがない、なんて言うつもりはないし、そんな資格は私にはないけど。

それでもやっぱり、『なんだかなぁ』とは思ってしまう。

そしてそれは禊さんのファンクラブ会員である私への特大ブーメランだった。


「ところで、純白ちゃんはどうしてここに?」


「親友の純麗さんが特訓するというのに、わたくしが来ないわけにはいきませんわ!実は禊さんに頼んで、昨晩から前乗りさせていただいてますの。お父様にも許可を頂いておりますわ」


まさかの前乗りだった。


「そっか、確かに純白ちゃんもいるなら心強いかも」


「二人共楽しみなのは良いけれど。やると言った以上は私は手を抜かないわよ?それなりに厳しくするつもりだから覚悟しておきなさい」


「は、はいっ!頑張りますっ!」


「わたくしと純麗さんならきっと乗り越えられますわ」


気合を入れなおした私と純白ちゃん。

だけどそんな私達を見つめる禊さんの眼は、どこか呆れたように感じられた。




* * *




その日の昼過ぎ、私達は動きやすい格好に着替えて天枷家別邸の裏手、禊さんが普段使用しているという訓練場に来ていた。

純白ちゃんは先程からすんすんと鼻を鳴らしている。


「ここが禊さんの聖地ですの・・・禊さんの汗の香りがしますわ!」


「しないわよ。ほら、いいから二人共並びなさい」


禊さんは特段着替えている様子もなく、先程の私服のままだった。

手を叩きながら、整列した私達の前に立つ禊さん。


「確認なのだけれど、貴方達の感応する者(リアクター)としてのカテゴリーを聞いても良いかしら?」


「わたくしはD級ですの!」


「私は、F級です・・・」


「そう。それなら一月あればC級くらいは行けそうね」


禊さんは大したことではないとでも言うように、至極当たり前のように言った。

禊さんの言った事はあり得ない。そんな方法が有るのなら誰もが行っているだろう。


「そんな、いくらなんでも信じられません!」


「そうですの!そもそも────」


「はいはい、分かったから静かにしなさい。まずは簡単に貴方達の勘違いから訂正しましょうか」


「勘違い・・・ですか?」


「そう。昨日も少し話したけれど、頑張ったところで感応力リアクトは成長しないというのは間違いよ。外的要因によって成長しないというのは正しいわ。けれどその人の心の在り方一つで感応力リアクトは成長する。ここまではいいかしら?」


「はい」


「そもそも、学園卒業時の平均能力はC級だそうよ。入学したての生徒達はF級や、それこそG級の人も居るでしょう。どうやっても感応力リアクトが成長しないというのならそれが可怪しいというのは分かるわね?平均がC級なら、ほとんどの生徒が少なくとも一つか二つは階級を上げている筈よ」


「確かに・・・言われてみれば」


「『軍』でも同じ事よ。入隊してから一切能力が上がらないというのなら、A級やB級の隊員はもっと少ないんじゃないかしら?純白、貴方の姉が天才だと言われている理由を考えれば分かるでしょう」


「ゔっ・・・考えたことも無かったですわ」


「ま、一般的には知られていない事だし、学園でもそんな説明はなかったものね。成長の余地があるというのに純麗が見限られた事も、純白が白雪斑雪や聖から何も聞かされていない理由も察しはつくけれど、ひとまずそれは置いておきましょう。今大事なことは、心が成長すれば感応力リアクトも成長するということ。学園とは、授業や実技訓練によって生徒達が切磋琢磨することで、三年間かけてじっくりと生徒達の成長を促す場なのでしょうね。けれど、今回貴方達には一月ほどしか時間がないわ」


「はい・・・やっぱり、難しいですか?」


「当然難しいわよ。けれど方法が無いわけじゃない。だから貴方達に最後の確認よ。本当にやる?これ以降は聞かないわ。泣いても喚いても、最後までやってもらうわよ」


脅すように、私と純白ちゃんへ語りかける禊さんの眼は真剣そのものだった。

禊さんには、私達に対してこんな特訓をつける義理なんて何もない。

それなのにこうして私達の面倒を見てくれている。理由はわからないけれど、でも。


「やります!やらせて下さい!私には目標ができました!そのためなら、頑張れます」


「わたくしもですわ!白雪家の次女として、そしてお姉様の妹として、わたくしは歩き続け無ければなりませんの!」


私達は恵まれている。チャンスを与えて貰えるのだから。

世界中にはチャンスを与えられない者なんていくらでも居る。それを思えば、ここで退いてなんて居られない。


「結構。それじゃあ今から私と試合をしましょう」


「────え?」


「貴方達2人はチームよ。私に一撃、入れて見せなさい」


「いえ、あの、それは」


「手加減は苦手だから、下手をしたら死んでしまうかもしれないけれど、その時は許して頂戴。────言ったわよね、泣いても喚いても、拒否は出来ないわよ」



こうして私と純白ちゃんは、特訓初日にして高すぎる壁と向き合うことになった。

え、死ぬかもしれないんですか?・・・流石に冗談だと思いたいなぁ。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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