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愛犬彼女。  作者: まさき
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プロローグ 第1章



「え・・・えぇ・・・ええぇぇぇぇ!?」


すがすがしい朝日がカーテンの隙間から差し込むいごごちの良さそうな部屋に場違いな悲鳴がこだまする。


「なにコレ!?・・・なにこれぇぇぇぇ!?」


鏡の前で絶叫を繰り返すのは、この部屋の主、はるかだ。


いつものように朝日が顔に当たり、気持ち良く目覚めた。

うーんと伸びをして、伸ばした手を頭に乗せる。

そこに違和感を感じて、鏡の前へと移動したのだ。


「ちょっと待って、え・・・耳!?」


鏡の中に写っている自分の頭には、まるで愛犬のコーギー、ぽぽちゃんのような耳がついていた。

そのぽぽちゃんは、飼い主の絶叫に飛び起きると、鏡の前へで絶叫するはるかの周りを戸惑ったようにウロウロと歩き回っている。


『どうしたの?どうしたの?』


そう問いかけてでもいるように、心配そうな瞳を向けてくる。


そんなぽぽちゃんの視線に気づく余裕もなく、はるかは耳を握りしめながら頭を整理しようと呟き続ける。


「えぇと・・・・なにが起こった・・・・夢・・・・?でもなさそうだし・・・え、わたし生きてるし・・・意味わかんない、なに、これ・・・・」


整理もなにも、状況が状況だけに頭がついていかない。


「昨日・・・?寝る前なにしてた・・・・?」


必死に良くない頭を回転させた。






第1章


わたしは一体何のために生きているんだろう。


いじめを受けて自分の部屋に引きこもるようになってからはや3年。

ずっと考えていた。


もともと感情を表に出すのが苦手だったはるかが学校でいじめのターゲットにされたのは高校2年、17歳のとき。

本当なら青春を謳歌している年だ。

親の庇護の元、お金の心配もなく、ただ生きていることを楽しめる年齢とし

はるかは違った。


いじめのきっかけとなった原因は定かではない。

なぜか突然、理由もわからないままいじめが始まり、はるかは学校へ行かなくなった。

だが、正直、はるかにとってそれは別にどうでもよかった。


学校では常に浮いた存在だったし。

友達と呼べる友達もいず。

大学に行こうとも考えてなかった。

はるかのことにまるで興味を示さない両親も、自分の価値を見出せない人生も。

どうでもよかったのだ。


ただ何となく生きる。

大好きな愛犬ぽぽちゃんと。

毎日意味もなく顔を出しに来る5歳年上の幼馴染、紘がいればそれだけで他にはなにもいらない。

そんな日々。


物心ついた頃から隣に住む幼馴染の紘は、他人も自分もどうでもいいと思っていたはるかにとって唯一大事な存在だった。

紘は、感情を表に出すのが苦手で、周りに誤解されやすいはるかを常にそばで見守ってきた。

そんな紘に恋をするのは必然だった。

はるかは彼を愛していた。

が。

それを表現することができない。

笑顔を見せることもできなければ、素直に気持ちを伝えるなんて夢のまた夢。

いつも無表情に見ているだけしかできないのだ。

心の中では、彼の一挙一動に一喜一憂していたのだが。


昨夜。


自室のベランダにぽぽちゃんを抱いて座り、ストロベリームーンなる現象を目撃しようと、月見を洒落込んでいた。


と。


目撃してしまったのだ。


紘が知らない車で帰宅し、その運転席から降りて来た女性とキスをするところを。


そのまま車に乗り込み走り去って行くその女の人を見送る紘の姿に、胸にナイフを突き刺されたような激痛がはるかを襲った。


紘はいつもそばにいてくれた。

まだ両親が仲の良かったずっと昔から、気づけばいつもそばにいた。

両親がはるかに興味をなくし、仲が冷めきり、それぞれ外に相手を見つけ・・・・。

はるかが部屋に引きこもるようになり、家にほとんど帰ってこなくなり、完全に放置されるようになってからも。

紘は常にはるかのそばにいた。


自分は紘の特別なのだと思っていた。


はるかが部屋に閉じこもっている間に、紘が社会人になり一緒に居られる時間が減り・・・・。

最近では朝晩にちらっと顔を覗かせる程度になってしまっては居たが。

それでも紘だけは自分のそばにいてくれると信じてたのに・・・。



「でもきっと・・・・紘くんにとってわたしは、妹みたいな存在でしかなかったってこと・・・だよね・・・」


ぽぽちゃんを抱きしめて、涙に霞む目でピンク色に輝く大きな月を見上げた。



もしもわたしが素直に笑顔を見せられる子だったら。

両親に可愛がってもらうことができたのだろうか。


もしもわたしが素直に感情を表せる子だったら。

いじめにあうことはなかったのだろうか。


もしもわたしが素直に紘くんが好きだと伝えることができてたら。

わたしは彼に愛されただろうか。



頬に伝う涙をぽぽちゃんの暖かい舌が拭ってくれる。

ぽぽちゃんに目を落とすと、心配そうなつぶらな瞳がわたしをじっと見つめていた。

耳を少し垂れさせて、シッポを遠慮がちに小さく降って。


『どうしたの?大丈夫?』


そう問いかけるようにはるかの顔を見つめていた。


「・・・ぽぽちゃんは・・・すごいね・・・・」


小さくて暖かいぽぽちゃんをそっと抱きしめながらはるかがつぶやいた。


言葉を話せない獣であるはずのぽぽちゃんですら、こんなに気持ちを表現できるのだ。


わたしは・・・人間なのに。

言葉が話せるのに・・・。

気持ちを伝えることができない。


「いっそのこと・・・わたしぽぽちゃんになりたいよ・・・」


月を見上げて呟いた。

「神様お願い・・・わたし・・・ぽぽちゃんになりたいよ・・・」



と。

巨大なピンクのストロベリームーンがまばゆいほどの光線を放った・・・ような気がして。

そのあとのことは覚えていない・・・・。





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