それはまるで運命のように④
「娘さん・・・ですか」
店長には聞こえない程の小さな声でつぶやく。
そうして私はちらりと店長が胸につけたネームプレートを確認して理解した。
花野。
同じクラスの陽キャラと同じ苗字だ。
つい、なんでこんな穏やかな店長からあんなやんちゃそうな娘が育ったのだろうと思ってしまったし、普段のイメージとはかけ離れているそれに私は驚いた。
「あの花野・・・じゃなかった、秋さんはここで働いてないんですか?」
私と花野秋は決して親しいと呼べる仲ではない。
不仲、とかそういうわけではなく、基本的にはお互いの生活圏?がかぶっていないだけだ。
私がこんな質問をしたのは要するに気まずいから、である。
「秋は他の子が休みの時にたまに手伝うくらいだからあまりここにはいないかな?もしかして秋の友達かい?」
「あーいやー」
友達。それは違う。
だけどそれを馬鹿正直に伝えても変に反感を買う可能性もあるし、仮にうそをついて友達だというと、アレとエンカウントする機会が増えそうで少しばかり言葉を詰まらせる。
「まあ・・・クラスメイトです・・・」
結局私はそんな風に当たり障りのない返答をして、そのまま喫茶店を出た。
夕焼けが微かに赤く染めるアスファルトを歩きながら私は一人考える。
どうか平穏でありますように。と。
「まあどうせ明日には本人に伝わってるんだろうなー」
愚痴をこぼすようにつぶやいてそのまま帰宅すると、私は雑にカバンを部屋においてそのままベッドへ突っ伏した。
バイトが決まったことによる安心感と期待と、そしてわずかな不安を抱えた私の心の中はまるで渦のようにぐるぐると混ざり合い、その疲労を忘れるかのように気付けば私は制服のまま眠っていた。
「・・・・」
時計の針はゆっくりと進み、世界は今日も終わりを迎えていく。
私が目覚めたのはそれから何時間後だったか、仕事から帰宅した母の声ではっと意識を覚醒させた。
まだ重たい瞼をこすって目を開きぼやけた視界で壁に掛けた時計を確認すると、その針は夜の8時を示している。
やれやれといった様子で部屋へ私を起こしに来た母は、ソレを確認して部屋から退出した。
「もうご飯できてるからね」
制服のまま寝たせいか体がわずかに痛いが、その体を無理やり動かして立ち上がりリビングへと移動する。
テーブルの上を見ればひとり分の食事が用意されており、母はすでに食べ終えたのかキッチンで後片付けをしていた。
「お母さん。バイト決まったよ」
椅子に座って用意されたご飯を食べながら何でもないように私が言うと、母は食器を洗う手を一度だけピタリと止めて、すぐに洗い物を再開した。
僅かに何かを言おうとしたのは察しがついた。
だけど恐らくそれを言うことはないだろう。
それからありきたりな会話をいくつか繰り返し、食べ終えて使った食器類を流し台へと持っていくとそのままお風呂へと向かった。