ラッキーアイテムは花②
授業は酷く退屈で、時折現れる睡魔に思わず負けそうになりながらも黒板に書き出される文字の羅列を明確にノートへ書き写していく。
そういうことを繰り返して気がつけばいつの間にか授業は終わりを迎えて、教師が退出するや否や私はそそくさとカバンに教科書を詰め込んで教室から抜け出した。
帰宅部が見れば間違いなく勧誘待ったなしのスピードで帰ろうとする私のような存在は稀なようで、教室にはまだいくらかの人が残って談笑していて、その教室を足早に出るものといえば同じボッチか部活動へ向かう者くらいである。
「ん?あ、やば」
下駄箱で靴を履き替えて帰ろうとして、ふと自身が忘れ物をしていることに気が付いた。
それはバイトの面接用に休み時間に書き溜めしておいた履歴書。
いくら学校はセキュリティ対策がされているとはいえど、住所や連絡先の記入されたものを置いて帰るには些か勇気が必要だろう。
悪用されることはないだろうと頭では思いながらも私は急いで靴を再び履き替えて来た道を引き返すと教室へと向かった。
「うわっ」
「きゃっ!」
教室のドアを開けようとして、しかし私が手をかけるよりも早く開かれた扉の向こうから現れた生徒とぶつかる。
とっさに避けようとしたが間に合わずそのまましりもちをついて、衝突した主を見上げた。
「あ、ごめん!大丈夫?」
声の主は少しだけ焦ったように私に手を差し出す。
下から見上げるとわずかに顔の一部が胸部で隠れているが、そのふわりと揺らいだ茶髪と差し出された手の几帳面に手入れされた指先を見てそれが誰であったかを理解した。
花野秋。私とはほぼ対極の性格の女子生徒である。
「こっちもごめん」
私は差し出された手を取って立ち上がると、空いた左手で軽くスカートを叩いて謝罪する。
だがその謝罪はちゃんと届かなかったのか、はたまた何かイレギュラーなことが起こったのか花野秋はまるで面を喰らったかのように固まっていた。
「あのさ」
「・・・え?」
「え?じゃなくて、手。起こしてくれたのはありがとだけど、いつまで握ってんの?」
何故か決して振りほどけない程ではないがしっかりと握られた手を指摘すると、慌てて手を離す。
「あー。ごめんごめん・・・」
「いや、別にいいけど・・・」
「・・・」
「・・・」
え?何この気まずい空間。普通「あ、じゃあねー」みたいな感じで解散の流れじゃないの?
教室の扉の前で立ち止まったままの花野秋は時折目を泳がせて何か言いたげにもじもじと指先を動かす。
これは果たして聞いたほうが良いのだろうか?そう思って声を出そうとして、不意に廊下の奥から別の声が聞こえた。
「おーい!!秋!何やってんの!!」
その声の主は陽キャーズの片割れ、七草冬子。
彼女は手を振りながら駆け寄ってきて、そして花野秋の腕に自身の腕を絡ませる。
「あ、ふゆこ、ごめん」
「ふゆこじゃなくて冬子!!それより何?なんか話してたの?」
七草冬子はそう言いながら、横目で私をまるで獲物を狙う猛禽類のような眼差しを向ける。
「あ・・・いや、何でもない!遊びいこっか!!」
少しだけ花野秋は考えるようなフリをして、ぱっと笑顔を作るとそのまま七草冬子を引っ張っていった。
私は結局何がしたかったのかと思ったが、これといって接点のない花野秋が私に用事などないだろうと思考に結論付けて、本来の目的である履歴書の回収を終わらせた。
「これで忘れものはない・・・そう言えば」
確かあいつも花だったな。
ふと今朝の占いを思い返して、しかしすぐに考えることを止めると私は歩き始めた。