抱きしめさせて
アリシャは頬をウラノスの首につけた。暖かい温度が伝わってくる。許されるのならこのまま逃げてしまいたかった。戻ったところで自分に何ができるかなんてわからない。
「私は戻るの」
けれど、想いは簡単にウラノスに伝わってしまう。だから、アリシャは念じるように何度もそう口にした。
「ヴー!!!」
突然、ウラノスが唸るような低い声を上げた。アリシャは顔を上げる。
「ウラノス?」
ウラノスが威嚇をしている。その顔は下に向いており、アリシャも同じように顔を向けた。もうそこは王宮で、数匹の聖龍と武装した人々の姿があった。
ウラノスが警戒しながらも、ゆっくり高度を下げていく。
「最優先は人命の救助!必要ならば白龍への攻撃も認める!」
「カミル、少し落ち着けよ」
「落ち着いていられるかよ!…アリシャは白龍にさらわれたんだぞ!」
「わかってる。助けたい気持ちは俺も一緒だ。だからこそ、冷静にならないと」
「…わかってるけど!」
怒鳴るような大きな声が空まで聞こえた。国軍の聖龍は上から数えると5匹もいる。ウラノスに比べれば一回り小さいそれらは、しきりにこちらを見ているようだった。
「何があったのかしら?…ねぇ、ウラノス、降りられる?」
カミルたちがいるために、広場はウラノスが降りられるスペースが見当たらなかった。せっかく意を決して戻ってきたのに、とアリシャの声のトーンが少し小さくなる。
「ヴー!!!」
アリシャに向ける声より1トーン低い声が響いた。水色がかった色をした聖龍たちは一度翼を広げ、すぐに折りたたむ。そして、飼育係の言葉を無視し、移動した。周りの人々が動揺しているのが上から見るとよくわかる。けれど、そのおかげで広場にスペースができた。ウラノスは空いたスペースに優雅に降り立つ。
「な!」
「聖龍!!」
突然のウラノスの登場に、周りは騒然した。紋章をつけていない野生の聖龍を見たことがある人物など限られている。しかも初めて見た野生の龍は純白で、自分たちの聖龍がおびえを示しているのだから驚かないはずがない。
軍人たちは、距離を取りながらも武器を手に持った。アリシャは慌ててウラノスから降り、両手を広げる。
「やめてください!」
「アリシャ!?」
カミルが叫ぶようにアリシャの名前を呼んだ。目を丸くし、駆け寄る。けれど、近づくことはできなかった。ウラノスがまるで守るかのように前脚の間にアリシャを入れ、立ち上がったから。
「カミル王子、武器を降ろしてください」
「…」
「お願いします」
武器を向けられているというのに、アリシャの声に震えはなかった。まっすぐカミルを見て言う。カミルは少しだけ考えたように動きを止め、すぐに右手を上げた。そして降ろす。カミルの行動に反応し、周りは武器を降ろした。
「これでいいかい?」
「ありがとうございます、カミル王子。…ウラノス、大丈夫よ。あの人は私の味方だから」
「ウル?」
「ちょっと行ってくるわね」
アリシャはウラノスの頭を数回撫でると、カミルに駆け寄った。その光景にカミルは安堵の息を吐く。
「アリシャ、いろいろ聞きたいことはあるけどでも、……無事でよかった」
「…?あの、どういう意味でしょうか?それと、皆さんでどちらかに行かれるご予定ですか?」
「え?」
「…え?」
驚いたカミルの様子に、自分たちの間にかみ合わないものがあることがわかった。けれど、それが何なのかわからない。居心地の悪い沈黙。その様子に、ライモンドが苦笑いを浮かべながら言う。
「アリシャ様、私たちは、あなたが白龍に連れ去られたと思い、救出に行こうと隊を編成していたのです。でも、その様子からすると、違ったようですね」
「え?…私?」
「当たり前だろ!アリシャが白龍の背に乗って飛んで行くところを何人かが見てたんだ!アリシャは何も言っていかなかったし、それなら連れ去られたって思うだろう!!」
「あ、いえ…。その、少し、…空を飛んできただけなんです」
「………は?」
王子に似つかわしくない声だった。ライモンドはカミルに苦笑しながら、その場を離れ、他の者たちに持ち場に戻るように指示を出す。カミルと2人きりになったアリシャはどうすればいいのかわからなかった。自分のためにこんなにも人が集まってくれたのかと思うと申し訳なさでいっぱいになる。
「勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「…」
「王子?」
「…」
カミルは視線を合わせたまま何も言わない。いたたまれない空気にアリシャはカミルの名を呼ぶ。
「あの…王子?」
「…」
「カミル王子?」
「…」
「……カミル?」
「何、アリシャ?」
呼び捨ての自分の名前にカミルはしぶしぶといった様子で返事をする。やっと反応してくれたカミルにアリシャはほっとしたように笑みを浮かべた。
「もうこのような勝手な行動は慎みます。本当にすみませんでした」
アリシャは深々と頭を下げた。そんなアリシャの様子にカミルは一つため息をつく。
「…ごめん。俺も大人げなかった。…でも、本当に心配したんだ」
「はい。すみませんでした」
「だからさ…一回抱きしめさせて?」
「…へ?」
「そうしないと怒りが収まらない」
「…えっと…カミル王子、意味が…」
訳が分からず視線を左右に動かす。動揺しているアリシャに構わずカミルは一歩アリシャに近づいた。アリシャは慌てて背を向ける。けれど、カミルは構わずアリシャに腕を回した。