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聖龍

 ナーリ国では龍と呼ばれる生き物が生息している。翼は大きく、うろこのような肌と長い尻尾を持つ。鋭い牙を持つ口から火を吐くそれは、子どもでも2メートルほどの大きさをしている。

 知能が高い龍は、人の言葉を理解していると思われる行動もとった。凶暴であるが、愛情をこめて育てれば、心を開いてくれる。だからこそ、ナーリ国は国を挙げて龍との関係性を築くことに力を注いでいた。その結果、国軍は独自で龍を育て、馬ではなく龍に乗って戦いに行く。空を飛ぶため移動速度は早く、火を吐くため攻撃力は高い。

 ナーリ国はいくつかの国に囲まれている国である。北に位置する好戦的なチャルキ国は国土を広げるために、南に位置する野心的なダージャ国はナーリ国にある豊富な資源を狙い、長い歴史の間、何度も侵略が繰り返されてきた。しかし強力な戦力である龍との共存もあって、今ではそれらの国と和平条約が結ばれている。

 ただし、龍との共存は、初めから順調だったわけではない。山を生息地とする野生の龍は、決して人間の手に負えない存在だ。資源を取るため山に入った屈強な男たちを、龍は一瞬のうちに灰にしたのである。少しでも敵意を見せれば襲われた。ナーリ国と龍との戦いの歴史もまた長い。

 しかし、ある日、物事は好転した。森に住む老夫婦が親を亡くした生まれたばかりの2匹の子龍を拾い、懇切丁寧に育てたのである。その2匹の龍は決して老夫婦を襲うことなく、穏やかに過ごしていた。龍は、愛情をこめて育てれば、決して人を襲うことなく、従順であることを人々は初めて知った。

その話を聞きつけた国軍は、その龍を買い取り、軍で育て始めた。老夫婦ははじめ龍を渡すことに渋ったが、チャルキ国とダージャ国の長きにわたる侵攻に対抗するため、この国のためだと説き伏せ、愛情を込めて育てることを誓った。そして誓いどおり愛情を込めて育てながら、長い年月を経て、繁殖させていったのである。それは、国を挙げての事業であった。

 龍の有能さ、戦闘力を知った国の上層部は野生の龍を捕えようとした。けれど人が龍にかなうはずもなく、多くの尊い命が失われた。だからこそ、国は龍を神格化した。野生の龍に近づくことは禁止され、龍が生息していると思われる山に入ることすら禁止した。

 人々は龍との距離を学び、共存している。ナーリ国にとって龍は神であり宝だ。だからこそ、人々は敬意をこめて「聖龍」と呼ぶ。


 空に飛ぶ白は、まさに聖龍であった。大きく翼を広げ優雅に飛ぶ龍をアリシャは見惚れるように眺める。聖龍は国の宝だ。だからこそ、軍に関わっていない一般人がそうそう見られるものではない。だからこそ、若干の恐怖を感じながらも、アリシャはしばらく聖龍を眺めていたのである。

 ふと、目が合ったような気がした、次の瞬間。

「…え?」

 聖龍が一気に高度を下げてきたのである。大きく白い聖龍が猛スピードで向かってくる。

「…」

 驚きで呼吸をするのさえ忘れた。

 大きな白龍は、地面に近づくと、速度を落とし、湖のほとりにゆっくりと降り立った。風圧で湖の水が波を立てる。アリシャのドレスのスカートが水に濡れた。アリシャとの距離は2メートルも離れていない。

 白龍は翼をバサッと一度大きく広げ、器用に折りたたんだ。そんな白龍に、アリシャは違和感を抱く。そしてすぐに分かった。紋章がないのだ。軍で飼われている聖龍は、一目でそうとわかるように首に国の紋章をかけている。けれど目の前の白龍は何もつけていない。

つまり野生の聖龍だった。

『野生の聖龍には近づくな』

それは、小さいころから耳にタコができるほど聞かされてきた言葉。野生の聖龍に近づけば殺されてしまうと何度も何度も教えられた。その聖龍がアリシャの目の前にいる。理解はしているが、それでも、アリシャに不思議と恐怖は芽生えなかった。

 目の前にいる白龍は、アリシャが両手を広げても足りないほどの大きさだった。見上げるようにアリシャは白龍を見る。白龍の大きく丸い目がアリシャを映した。どこか潤んでいるその瞳から親愛を感じ、アリシャは気が付けば足を踏み出していた。

 一歩、一歩と近づいていく。目の前の白龍は、動くこともせず、じっとアリシャを見ていた。ずっと昔からの友に会ったような不思議な感覚に、アリシャは笑みを浮かべて、ゆっくりと白龍に向かって手を伸ばした。

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