敵か味方か
ウラノスは猛スピードで南へ南へと向かった。飛び出してすぐに、先に馬で向かった仲間たちを見つける。彼らが国境沿いにたどり着くのは、どれだけ急いでもおそらく数日後。戦闘が始まった場合の後方支援となるはずだ。
空を飛ぶ聖龍と地を走る馬の速さの違いは明白だった。聖龍が飛ぶスピードを考えれば、龍軍の方はすでに到着している。カミルの命令を遂行していれば守りに徹し、敵軍に手を出していないはずである。けれどそれも、時間の問題であった。防戦は時間を稼ぐことはできても勝つことはできない。味方がどれほど耐えているか、それが鍵となる。
「ウラノス、頼む。速く、速く…!」
これ以上スピードが上がれば、背中にしがみついていられなくなるかもしれない。そう思いながらもそう言わずにはいられなかった。
ドン!!
鈍い音が耳に入った。かすかな火薬の匂いが風に乗って飛んでくる。大砲が撃ち込まれたのだろうことがわかった。
「カミル様、あそこ!」
アリシャがかろうじて顔を上げながらそう叫ぶ。アリシャの顔が向いている方向に目を向ければ、ちょうど壁が崩れるところだった。砂埃が立ち上る。国境を塞ぐ大きな壁が、バラバラと崩れていくのが見えた。
「ファルム隊長!もう、限界です!攻撃の許可を!!!」
敵にライフルを向けながら、一人の兵士が叫ぶ。その表情には焦りが浮かんでいた。
ナーリ国軍は、国境の壁から数キロ距離を取って、待機していた。近くの住民の避難は終えたが、安全が約束されたわけではない。今後の自分たちの動き次第では、この国全体が危険にさらされる。
けれど、王宮に向かわせた龍軍が持ってきた命令は「待機」であった。今回の戦いのすべての指揮を任された第一王子の命令は絶対である。
「待機だ」
ファルムの指示は変わらない。部下が苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたが、それを無視し、敵の動きを注視した。
敵は武器を持ちながら、壊れた壁を越えようとしている。入り口を広げようと壁にもう一発、大砲が撃ち込まれた。音と振動がこちらまで伝わってくる。自分たちに攻撃が及ぶのも時間の問題だった。今にでも飛び出しそうな部下を制止しながら、ファルムは握った拳に力を入れる。どうせ死ぬのなら、戦って死にたい。それは自分も同じだ。けれど、軍に入ったからには命令に背くことはできない。
数時間前に、ダージャ国、チャルキ国の同時侵攻の情報が入り、南にいた兵士たちはファルムを中心に国境沿いに集まった。龍軍に敵の状況を探らせながら同時に、近くの住民を避難させ、武器を集めた。そして状況を整理し、すぐさま龍軍を伝令として王宮に送ったのだ。これは兵士と兵士の戦いではなく、国と国との戦い。和平を結んであるはずの両国からの侵攻に、攻撃をすべきか、降伏すべきか。それは政治的判断であり、一介の隊長である自分が判断すべきものではないと判断した。だからどちらの命令が入っても対応できるよう部隊を編成し、攻撃に備えていた。しばらくすると数人の龍軍が応援に駆けつけた。「待機」という命令を持って。だから、ファルムはただ、崩れゆく壁を見ていたのだ。
「もう無理です!」
「俺は行きます!」
「待機だ」
「ファルム隊長!!」
「待機せよと、王子の命令だ」
「命令って…そこまで敵が迫ってきているんですよ!?ダージャ国やチャルキ国の残酷さは王子よりも我らの方が知っています。降伏しても、誰も助かりません。ならば、少しでも敵を殲滅すべきです!!」
「待つんだ」
「待って、何になりますか?王子に何ができるのですか?…待ったところで何も変わりません。それならば、敵を一人でも殲滅させた方がこの国のためです」
「…」
部下の言葉に、ファルムは何も言えなかった。
「ヴル――――!!!!!」
そのときだった。突然、大地が揺れんばかりの音が鳴り響いた。ファルムは剣に触れながらしゃがみ込む。大砲が打ち込まれたのならばひとたまりもないが、その音ではない。
あたりを見渡す。太陽の光が不自然に半分、隠れていた。ファルムは不審に思い、空を見上げた。
「な、なんだ、あれは!」
自分の気持ちを代弁するようなそんな声が耳に入る。
青い空を覆い隠すほどの聖龍がこちらに飛んでくるのが見えた。国軍で育てている聖龍より遥かに多いその数に、何が起こっているのか理解できなかった。野生の聖龍は決して人に懐かない。この聖龍たちが敵であるのか、味方であるのかすら、ファルムには判断できなかった。
ファルムは聖龍の集団の先頭を見る。そこにいるのは、見知った聖龍に比べ、ずっと白く、大きい聖龍だった。




