力を貸して欲しい
ウラノスはカミルを見下ろすように見た。カミルは顔を上げ、ウラノスを見る。白龍と第一王子が見つめ合うその光景はとても異様だった。
「カミル…様…?」
アリシャがカミルの名を呼ぶ。けれど、カミルは、ウラノスから視線を外さない。
「力を貸してほしい」
「ヴー!!!」
唸る声があたりを包む。放たれる殺気に、ライモンドたち3人は剣を抜きかけた。けれど、カミルは振り返り、首を横に振る。3人は剣を抜かなかった。けれど柄から手は離さない。いつでも攻撃できる態勢でカミルとウラノスのやりとりを見守る。
「敵を倒して欲しいとは言わない。ただ、少しだけ力を貸して欲しい」
再びウラノスを見て、カミルは続ける。
「…俺は、チャルキ国とダージャ国との外交が間違っていたとは思わない。国を統べる者たちは、野心を抱えているだろう。けれど、兵士たちは、ナーリ国に大きな敵意はないのではないかと思う」
「…」
「自分たちが勝てない戦いはしないはずだ。だから、…俺たちと一緒に戦うふりをして欲しい」
「ふり…?」
カミルが何を言っているのかわからなくてアリシャは思わず声に出した。そのアリシャにカミルは頷いて見せる。
「チャルキ国とダージャ国は、数年かけてナーリ国の戦力を測ったのだと思う。ナーリ国の一番の武器は聖龍だ。その聖龍が軍にどのくらいいるのか。その数に、どう対応していくのか。それを一番に考え、武器と兵士をそろえたはずだ。そして、勝てると踏んだから今、攻めてきているだと思う。だからその逆をつくんだ」
「逆…」
「そう。勝てる戦いだから、兵士たちは武器を持つ。勝利が約束された戦いだから、自分たちの国の利益のために、攻め入ろうとしている。そこにあるのは、憎悪でも敵意でもないはずだ。…だからこそ、想定以上の聖龍を見れば、戦意を削ぐことができる」
「…」
「野生の聖龍を北と南の敵軍の上空に飛ばして欲しい。圧倒的な数の聖龍を見れば、兵士たちは武器を下ろすだろう。ウラノス…俺たちと一緒に戦って欲しいとは言わない。ただ、力を貸して欲しいんだ。…そのあとのことは、俺たちでなんとかする。だから、…お願いだ」
再びカミルが頭を下げた。ウラノスが人間の言葉を理解しているかわからない。それでも人に語りかけるようにカミルは言った。
「ヴゥ――――!!」
ウラノスは吠えながら、空に向かって火を吐いた。怒りを込めた視線がカミルに向けられる。カミルは、ナーリ国の第一王子だ。けれど、ウラノスにとって、それは何の価値もないこと。弱い人間が、龍を利用しようとしている。それは、逆鱗に触れるのには十分だった。ウラノスはもう一度空に火を吐く。そして、大きな翼を持ち上げた
「カミル!」
ウラノスからカミルに向かって放たれた殺気に、いち早く気づいたライモンドは剣を抜いた。ウラノスに向けて駆け出す。
高い金属音が響いた。剣と剣がぶつかり合う音に、ライモンドは目を見開く。
「手を、出すな!」
カミルの剣が、ライモンドを重い太刀筋を受け止めていた。背を向けた無防備なカミルに、けれどウラノスはその翼を振りおらさない。
「やめて…」
アリシャがウラノスの前足に抱きついていたから。その頬は涙で濡れている。
「お願い、ウラノス…」
「お前らも剣をしまえ!」
横目でアリシャとウラノスの様子を見ながら、カミルは剣を抜いたヤードとメイソンにそう告げる。ヤードとメイソンはカミルとウラノスを交互に見た。ウラノスは翼を持ち上げたまま、殺気を消してはいない。
「しかし…」
「命令だ」
「命令」その二文字に、ヤードは剣をしまった。その様子にメイソンは思わず声を上げる。
「ヤード隊長!」
「何をしている、メイソン。早く剣をしまえ。王子の命令だぞ」
「…」
メイソンの視線がカミルに向く。カミルは、頷いて見せた。
「御意」
鞘にしまう小さな音が、響く。同じようにライモンドも剣を鞘に収めた。
その音に、ウラノスは持ち上げた翼をゆっくり下ろす。そして、涙を拭うようにアリシャの頬を舐めた。
「ウル」
心配そうな表情を浮かべながら、先ほどとは違う優しい声でウラノスが鳴く。アリシャだけに向けるその声に、アリシャは胸を締め付けられた。
ウラノスに手を伸ばす。意図が通じたようにウラノスはアリシャに顔を寄せた。アリシャはウラノスの顔を包むように触れた。そして、目を合わせる。ウラノスの丸く大きな瞳にアリシャが映った。
「ウラノス…ありがとう」
「ウルッ!」
「……どうして、私なんかの言葉を…聞いてくれるの?」
アリシャの問いかけに意味がわからないとばかりにウラノスは首を傾げた。そしてもう一度アリシャの頬を舐める。
「…」
「ウ~ル!」
「ねぇ、ウラノス…私、お願いがあるの」
「ウル!」
「でも…それは、あなたたちの誇りを傷つけるかもしれない」
「ウ~ルッ!」
「……」
ウラノスは頷くと、嬉しそうな表情を浮かべた。絶対的な信頼と愛情を向けられ、アリシャは胸が苦しくなる。涙が流れないように、大きく息を吐いた。
「ウラノス…」
野生の龍は、尊く偉大だ。一部の例外を除いて、決して人と交わることはない。それは何十年もかけてナーリ国が経験した事実であった。それがアリシャの言葉で変わるかもしれない。聖龍の誇りを傷つけることになるかもしれない。そんな恐怖がこみ上げ、アリシャは思わず目を閉じた。
ずっと妹と比べられてきた。勉強も運動も人付き合いも、何もかも妹に劣る自分が嫌いだった。誰も自分を見てくれないそんな中、ある日突然、ウラノスが自分の元に舞い降りた。ウラノスに好かれたことで、アリシャの人生は大きく変わった。
結局、自分は何もしていないとアリシャは思う。ただ、偶然、ウラノスが自分を見つけてくれた。愛してくれた。それだけだった。それだけで、何も取り柄がないことは変わらない。それなのに、そんな自分が、この国で神と崇められる聖龍の誇りや尊厳を傷つけていいのか。アリシャにはわからなかった。
けれど、今、この国を救えるのは、自分しかいないのだとアリシャは思う。だから、アリシャは目を開いた。その目にウラノスを映す。ウラノスの優しい目がアリシャの言葉を待っているように見えた。
「この国を、助けてほしいの。だから、お願い、カミル様に力を貸して」
「…」
「とても勝手だけど、都合がいいってわかっているけど、でも、私、…誰にも傷ついて欲しくないの。誰にも…死んで欲しくないの」
「ウル」
「…ねぇ、ウラノス。私、今からきっと、とても残酷なことを言うわ」
「ウ~ル」
「……お願い、誰も、殺さないで。でも、あなたたちも、傷つかないで。…そして、この国を、守って」
堪えきれず涙が流れた。慌てて服の袖で涙を拭う。泣いている暇などない。
「無理を言っているのはわかっているわ。…どれほど大変なことを言っているのかも。でも、…お願い」
ウラノス、頭を下げた。そして、自分の頭にアリシャの手を乗せる。そのまま持ち上げ、その手をアリシャの耳元に持って行く。
「ウラ…ノス…?」
同じように左手も耳元に誘導された。
「耳を塞げってこと…?」
「ウルッ」
一つ鳴いたウラノスに、アリシャは頷き両手で耳を塞ぐ。
「ヴォ――――!!!!!」
次の瞬間。地を這うような声が国中に響いた。
う~ん。終わらせたい。あともう少しのはず!ここから展開早いと思います。
はやく、いちゃつかせたい!!笑




