ここにいる意味
「いかがいたしましょう、カミル王子」
「国王は、判断は王子に委ねると」
その言葉にカミルは目を開き、しかし、すぐに小さく息を吐いた。
「…軍の指揮を任されているのは、俺だ。それに、…父、いや国王は、政は得意だが、軍事に関しては不得手としている。俺の方が、国民にとって有益な判断が出せると踏んだのだろう」
重圧がカミルの肩にのしかかるが見えた気がした。カミルはもちろん第一王子だ。けれど、まだ「青年」と呼べる年齢。それなのに、全国民の命と財産への責任を背負わなければならない。アリシャにはそのつらさを想像することもできない。胸が苦しくなって、息をするのがやっとだった。何もできない自分がもどかしい。
「龍軍を使い、国境近くにいる者に指示を出してあります。北と南双方に、いくつかの部隊を配置させました。ただ、全部隊に指示を出しましたが、数的に不利な状況にあることは変わりません」
「ああ」
「ここにいる者も2部隊に編成を終えています。指示があれば今すぐにでも北、南に向かう準備はできています」
焦げ茶色の長い髪を一つにまとめ上げているヤードと呼ばれていた隊長の一人が端的に説明した。カミルは考えるように腕を組む。ここにいる兵士たちを北と南に配置したところで状況は大きく変わるわけではない。そもそも聖龍の数は限られており、全員が聖龍で戦地に向かうことはできない。馬で向かえば、たどり着くのに数日かかってしまう。現状では、この戦争を勝ち取る手段はないように思えた。
パサッ。
翼が空気を切るような音が聞こえた気がした。アリシャは顔を上げ、空を見る。同じように数名が空を見た。
「カミル王子!」
一人がカミルの名を呼ぶ。青い空に浮かんでいたのは、水色がかった白だった。首に国の紋章をかけた聖龍がこちらに飛んでくる。見知った龍より一回り小さいその龍の上に、1人の若い兵士がしがみつくように乗っていた。カミルたちから少しだけ離れた開かれた場所に着陸する。若い兵士は転がるように聖龍から降り、もつれそうになりながらカミルの前まで来ると膝をついた。
「で、伝令でご、ございます!」
肩で息をするその姿に、どれだけの焦燥なのか感じ取れた。あたりに緊迫感が増す。
「発言を許す」
「ダージャ国はすでに国境付近に到着し、侵入を防ぐための壁を取り除こうとしています。ファルム隊長の見立てでは、一刻持つか持たないかというところ。攻撃か、降伏か。今すぐに王のご指示をいただきたい」
若い兵士の言葉にカミルは顔を上げた。あたりを見渡す。
「ライモンドと隊長2人を残し、その他の者は、すぐに北と南に向かい、抗戦の準備をせよ。龍軍はすぐに着くだろう。すでに待機している部隊に手を出さぬよう伝令を頼む。…攻撃か、降伏か。判断するのに、少しだけ時間が欲しい。だからこそ、お前たちはすぐに向かい、あらゆる状況に備えて欲しい」
「はっ」
声が重なった。すでに部隊が編成されていたこともあり、綺麗に北と南に分かれていく。数名が聖龍に乗り、それ以外は馬に乗った。砂埃を上げて、離れていく背中を、けれどカミルはもう見ていなかった。
「今後どうするか、今一度話し合う。お前は、すぐに飛び立てるように準備をしておいてくれ」
「御意」
伝令に来た若い兵士は膝を折り、頭を垂れた。
しばらくすると、先ほどと同じように聖龍に乗った若い兵士が転がるようにカミルの前に膝をついた。北のチャルキ国の状況を伝えるその伝令の内容はほとんど同じである。
「ど、どうするのですか!?やはり、国王の指示を…」
「トリス宰相、国王は私にすべてを任せるとおっしゃった。ここに残るヤード隊長、メイソン隊長、それからライモンド、そして私で策を考える。だから、あなたは少し黙っていてください」
苛立ちを抑えきれない声で、それでも声を荒げることなくカミルは言った。
「な、なんですか!?私は国王の右腕ですぞ!」
「国政に関しては、国王も貴殿も優れている。それは承知しています。けれど、軍事に関しては我らの方が上だ。貴殿が口を挟む必要はない」
ヤードがトリスを睨んだ。40代後半であろう彼の頬にはいくつも傷がある。おそらく、服を脱げばその身体にはいくつもの戦いの跡が残っているのだろう。ヤードの鋭い視線に、トリスは開いた口を静かに閉じた。
カミルは目の前にいる3人の目をしっかりと見る。皆、同じように緊張が浮かんでいた。圧倒的に不利な状況。それでも打開策を見いださなければいけない。かすかな絶望と不安。自分もこの目をしているのだろうな、とカミルは思った。息を一度大きく吸い、ゆっくり吐き出す。
「南にいるファルム隊長が言ったように、選択肢は2つだろう。攻撃か、降伏か。王族全員の首を差し出せば、おそらく降伏は受け入れられる。あちらも無意味な血が流れることは避けたいはずだ。降伏すれば、国民の血が流れることはない」
「…」
「けれど、血は流れずとも男は奴隷、女は慰み者にされるのが戦争敗者の常だ。それは時として死より苦痛を伴う」
誰かが唾を飲んだ音が聞こえる。アリシャは耳を塞がないで聞いているだけで精一杯だった。
「攻撃すれば、おそらくは勝てない。両国の多少の不満は国王も俺も感じていた。しかし、話し合いを重ね、妥協点を見つけたつもりでいた。国王も俺も両国と比較的良好な関係が結ばれてきていると思っていた。だから、ここまで大規模な抗戦は正直、想定してきていない。…武器についても和平条約のもと、新たな武器の製造はしていない。つまり、持つ武器の性能、心構えが圧倒的に違う」
「どうして今になって、ナーリ国に攻め入ってきたのでしょうか?しかも仲がよいとは言いがたい2つの国が手を組んで」
もう一人の隊長であるメイソンがそう尋ねた。短い髪は黒く、顔には傷があるものの、端正な顔立ちをしている。歳は、30歳後半と言ったところであろうか。彼の言葉にカミルは静かに首を横に振る。
「わからない。自治も認めていた。災害があれば、物資の支援もしていた。良好な関係を築いていたつもりだった。それでもこうして攻め入ろうとしているのには、我々にはわからない考えがあるのだろう。…もしかしたら、先祖代々の夢だったのかもしれないな」
「先祖代々の夢?」
「ああ。長い間引き継がれてきた想いがあったのかもしれない」
「…」
「ナーリ国の方が両国に比べ、資源が豊富であり、土地も広大だ。だからこそ、機会があれば、ナーリ国を滅ぼし、それらを手に入れよ、と先人たちの教えが根強く残っているのかもしれない」
「それは…」
それはあまりにも身勝手で、意味のない行動のように思えた。せっかくの平穏な日々を脅かす行動は、国民も望んではいないのではないだろうか。それでも、国のトップに君臨する者として、領土を広げ、より豊かにしたいという想いがあることは理解できる。
「いずれにしても想像の範囲を出ないがな」
「…カミル王子、王子はどうお考えですか?」
ヤードが問う。
「多くの血を流すか、誇りを失うか」
カミルの一言が静かに響く。しばらくは誰も声を発することができなかった。トリスでさえ、騒ぎ立てることをせず、ただ呆然とカミルの顔を見ていた。
「…もし、両国の狙いがナーリ国の資源と土地だとしたら、両国が手を組むのは、ナーリ国が降伏するまで、ということになります」
沈黙を破ったのは、ライモンドだった。
「そうすれば、こちらの降伏後、おそらくナーリ国はダージャ国とチャルキ国の戦地となるでしょう。そうすれば、自ずと血は流れる。…誇りを取ったとしても、結局、血は流れるのではないでしょうか?」
「しかし、戦いには勝てぬぞ」
「我らが戦い、戦えぬ者の逃げ道を作れば…」
ヤードがライモンドの言葉に被せるように言う。
「逃げると言っても、どこに逃げる?南と北は敵で、東と西は山と海。逃げる場所などありはしない」
「…」
「戦って勝つ。それ以外に道はない。けれど、現状では勝つことは難しい。そういうことですね」
「いや、あります!ありますぞ!」
メイソンの言葉に、今まで黙っていたトリスが声を発した。カミルたちを見る。その視線が最後、アリシャに向かった。
いやな予感がした。けれど、アリシャは視線を逸らさなかった。
「私たちには、アリシャ様がいるではないですか!」
「…アリシャに何をしろと?」
地を這うような低い声だった。けれど、興奮しているトリスは気づかない。アリシャに手を伸ばし、その手を取った。
「聖龍を呼ぶのです!」
「聖龍…?」
「アリシャ様は聖龍の王を自在に操れるのでしょう?それならば、聖龍の王を呼び、奴らを殲滅させればいいのです!」
アリシャには、言われている言葉の意味がすぐには理解できなかった。ウラノスのことを言っているのだということはわかったが、今ここで自分にできることがあるとは思えなかった。思考が追いつかない中で、ただ呆然と目の前ではしゃぐように叫ぶ老人を見ていた。
「…アリシャに、ウラノス、いや、聖龍を呼び、人を殺せと命令せよと…?」
「人?いいえ、違います。敵です。この国に害をなす敵を殺せと命じて欲しいのです」
「…」
「……そ、そんなこと、私には…」
アリシャは首を横に振った。人を殺す、そんなこと自分ができるはずない。ましてや、ウラノスに誰かを殺させることなどできない。
否定を示したアリシャをトリスは睨むように見る。
「アリシャ様、あなたはなぜ、ここにいるのですか?」
「…」
それは低い声だった。責めるような声色に言葉が出ない。
「王宮でいい暮らしをし、高級なドレスを身にまとい、豪華な食事を食べる。それは、有事に、聖龍を使い、この国を守るためではないのですか。あなたは、国民の血税で裕福な暮らしをしているのです。だからこそ、つらい選択でも、国民を守るためにしなければならない。あなたはそのためにここにいるのです」
暗い…。そして、浅い(笑)
でも、楽しいからいいのだ!
もう少しで終わるはず。終わりにはいちゃいちゃするはず!
そこを楽しみに、進めていきます。
この2人のいちゃいちゃを一番見たいのは、俺です(笑)




