ごめん
ここが一番修正して変わりました。
それは小さな声だった。少し吹けば消えてしまう火のように細くて、はかない。
「自信が、ないんです。覚悟もない」
「…」
「私は、ウラノスとの絆ができました。この国が聖龍と崇める龍をまとめると言われている白龍が私のことを大切に思ってくれています。けれど、…それだけです」
アリシャは考えながら、ゆっくりと自分の気持ちを声にする。カミルは口を挟まず、アリシャの言葉を聞いていた。
「貴族の令嬢として、必要最低限のことを学んできました。けれど、…『国』を思って行動することはきっとできません。この国に生きる人々の命を、人生を、背負う覚悟が、私には、持てないんです」
「…うん」
「そんな私は、きっと、カミル様の隣にふさわしくない」
そう言い切ったアリシャの目をカミルは視線を逸らすことなく見つめた。掴んでいる両手に無意識に力が入る。
いつもいたずら混じりに見つめれば、耐えられなくて逸らすのはアリシャの方だった。けれど、今は、逸らすことなくカミルの目を見つめている。力強い思いがそこにあることがわかり、場違いだと思いながらもカミルは少しだけ悔しくなった。
「私は、…きっと、目の前の人を助けたいと思ってしまう。この国のことを考えて行動することよりも、自分の感情を優先させてしまう」
「そっか。…確かに、それじゃあ、王族としてはだめだね」
「…」
「この国のトップに立つものとして、自分の感情よりも優先させなければならないものがある。…目の前にいる1人の命を救うより、その後ろにいる100人の命を救う。それがどんなに残忍に見えてもそうする必要があるし、第一王子として、そうしなければならない。それは第一王子の婚約者も同じだ」
「はい。私には、……きっと、できません」
「……でも、もし」
「え?」
「もし、…それでもいい、と言ったら、…そばにいてくれる?」
それはどこか懇願するような声だった。なぜか、アリシャは泣きそうになる。浮かんでくる涙を必死に堪えて、精一杯笑みを浮かべた。その顔が美しすぎて、カミルは小さく息を漏らす。
「ずるいな。こんな時に、そんな風に笑うなんて」
「……」
「ねぇ、アリシャ」
「はい」
「アリシャはずっと妹と比べられてきたんだよね?」
「…はい。双子なので、顔もスタイルもほとんど同じで、でも、私は何一つルシアに敵いませんでした。だから、みんなルシアを見ていました」
突然の質問に一瞬反応が遅れた。けれど、事実を端的に話す。
「アリシャの周りの人たち、みんな馬鹿だったんだね」
「…?」
「俺は、こんなに強くて、優しくて、かわいい人を知らないよ」
カミルは繋がれていた両手を離した。伝わっていた熱がなくなる感覚に、さみしさを覚える。けれど、カミルはすぐにその両手をアリシャの背中に伸ばした。自分の気持ちが伝わるように強く抱きしめる。
「…カ、カミル…様?」
「俺、いつも、ライとかレイラに自分勝手でわがままだって言われるんだ」
「…え?」
「ごめん。やっぱ、俺、わがままみたい」
「カミル様?」
「アリシャのこと、離せそうもないや」
「…」
「聖龍に選ばれた貴族の娘。大人しそうで、面倒なこと言わなさそう。結婚相手にはちょうどいいかな、ってそれくらいだった」
素直なカミルの言葉にアリシャは頷く。ルシアに何一つ敵わない自分を選ぶ人なんていないとずっと思っていた。けれど、抱きしめてくるカミルから熱が伝わる。その熱で胸が灼けるようだった。心臓がうるさく音を立てる。
「でも、今は違う。聖龍に乗って、勝手にどこかに行ってしまう大胆さも、相手のことを純粋に褒められる素直さも、子どもたちと話すとき、しゃがんで目を見る優しさも、自分の意見を変えない頑固さも」
「…」
「ごめん、アリシャ。悪いけどさ、俺、アリシャの全部が好きみたい」
カミルは抱きしめていた両手で今度はアリシャの頬に触れた。目の前のカミルはどこか悔しそうに苦笑を浮かべている。それでも幸せそうで、胸が締め付けられた。
「アリシャは、目の前で困っている1人を助ければいいよ。俺が、後ろの100人を助けるから」
「…」
「2人で補え合えば、みんなを救える。そうでしょう?」
「…でも、私よりふさわしい人が…」
「いないよ」
アリシャの言葉尻を奪い、カミルがそう言い切った。
「俺に、アリシャよりふさわしい人なんていない」
「…」
「アリシャにも、俺よりふさわしい人がいないといいなって、俺は思うんだけど、…どう?」
『ずるいな。こんな時に、そんな風に笑うなんて』そう言われた言葉を、そのまま返したいと、アリシャは思う。こんなにまっすぐ、自分だけを見つめてくれる瞳に何も思わないわけがない。気遣ってくれる優しさも、誰にでも分け隔てない態度も、国を思う強い心も、全部、惹かれないわけがないのだ。頷く以外の選択肢なんてないことをわかっているのに、こちらに問いかけるなんて、ずるい。
アリシャは自身の手を持ち上げ、自分の頬に触れているカミルの手に重ねた。一瞬カミルの目が開く。けれどすぐに、笑みを浮かべた。
敵わない、そう思った。それはいつもルシアに対して思っていた感情。けれど、なぜだろう。カミルにそう思うのは、嬉しくて、くすぐったかった。
「ずるいです」
「どうして?」
「…わかってますよね?」
とぼけるような表情を浮かべるカミル。悔しくて、嬉しくて、なんだか楽しくて、アリシャは笑みを浮かべて、目を閉じた。その合図に気づき、カミルがその端正な顔を近づける。
「ご報告、申し上げます!!!」
けれど2人が触れあうことはなかった。突然開かれた扉にカミルとアリシャは顔をそちらに向ける。必要以上に近い2人の距離。けれど、部屋に入ってきた兵士はそんなことを気にしている余裕はなさそうだ。
「…何があった?」
怪訝そうな表情を浮かべてカミルが問う。
「チャルキ国とダージャ国が手を組み、我が国へ攻め入ろうとしております!!すぐに戦いのご準備を!!」
予想外の言葉に、2人は言葉を失った。




