誕生パーティー
あの日は、ケリー伯爵家の双子の娘たちの誕生パーティーが開かれていた。
「ルシア、17歳の誕生日おめでとう!!」
「ルシア、そのドレス、とっても似合っているわ」
「ねぇ、ルシア、あそこのファール公爵家の次男もあなたの婚約者の座を狙っているって噂よ。本当に羨ましいわ」
主役は姉のアリシャと妹のルシア。お揃いのドレスは色違いで、アリシャは黄色、ルシアはピンクを身に付けた。色は違えど、ドレスは一緒。そして身に付けている宝飾品の数も、顔さえも同じであった。
けれど、聞こえるのはルシアを祝う言葉だけ。人に囲まれているルシアは華やかに笑い、アリシャは壁の花となっていた。どこか哀れみを含む侍女の視線に耐えられなくなり、アリシャはこっそりパーティーを抜け出した。
漏れてくるパーティーの音を聞きながら、屋敷のすぐ近くにある湖の周りを訳もなく歩く。座るにちょうどいい大きな石を見つけ、ハンカチを取り出し敷いた。その上に腰を降ろすと聞こえていた音が少しだけ小さくなった気がした。
しばらく耳を澄ませ、そして息を一つ吐いた。主役の一人であるアリシャが抜け出しても何一つ変わらないパーティーに、思わず自嘲的な笑みがこぼれる。
アリシャは少しだけ前かがみになり、湖に映る自分の顔を見た。そこ映っているのは妹ルシアと同じ顔。身長もスタイルもほとんど同じ。似すぎるから区別ができるようにとルシアは髪を短く切った。反対にアリシャの髪は背中が半分隠れてしまうほど長い。
けれど、それだけだった。見た目の違いは髪の長さだけ。それだけなのに、こんなにも違うのだなとアリシャは思う。明るく誰にでも好かれるルシアに、存在感のないアリシャ。それがみんなの当たり前であった。
ケリー家への婚約の申し出は、毎日のように送られてきた。しかしそれはどれもルシア宛のもの。身分も見た目も同じならば、明るいルシアと結婚したいというのはよくわかる。にこにこ笑うルシアはアリシャから見ても可愛いと思えた。同じ顔なのに、こんなに違うのかといつも思う。両親もルシアに期待し、大切にしていた。勉強やマナーの稽古もルシアには力が入っているように見える。もちろん、アリシャも大切にされていた。地味で存在感が薄いからと言って、ないがしろにするような両親ではなかった。同じように愛情を注がれている。
けれど、無意識に、期待はすべてルシアに集まり、アリシャには小さく失望していた。ふいにこぼれるため息や言葉の中にそれが現れる。胸に浅い傷を何度もつけられているようで、苦しかった。浅い傷も何度も受ければ致命傷になる。アリシャは次第に心を閉ざし、より存在感を消していった。
「やっぱ、誰も捜しに来ないのね」
家の方を振り返り、アリシャが小さくこぼす。ケリー家の歴史は浅く、とびきり裕福というわけでもない。けれどアリシャは伯爵家の長女だ。お世話係も護衛ももちろんついている。つまり、パーティーを抜け出したことを誰一人気づかない、なんてことはあるはずがない。それでも、誰も探しに来ないということは「いても、いなくても一緒」と言われていることと同義だった。むしろルシアの婚約者探しのためにいない方が好都合なのかもしれないと邪推までしてしまう。そんな自分がいやで、アリシャは一度目を閉じる。
穏やかな風がアリシャの長い髪を揺らした。それがあまりに心地よくて、だから余計に切なくなった。無意識にこぼれるため息に、アリシャは慌てて首を横に振った。
『アリシャ、あなたにはきっと驚くほど幸せなことが起こるわ。だって、私の占いでそう出ているんですもの』
3年前に亡くなった母方の祖母は会うたびにそう言った。祖父が亡くなり、スピリチュアルな世界に没頭していた祖母の言葉など誰も耳を貸さなかったが。けれど、アリシャは嬉しかった。ルシアと比べられては傷つく日々の中で、アリシャだけに向けられたその言葉。そして祖母はいつも続けて言った。
『だから下を向いてはだめ。前を向くの。私は幸せよって』
ため息をついたら叱られた。もちろん、淑女のしかり方は決して怖くなかったけれど。それでも、大好きな祖母に笑っていて欲しくて、アリシャはため息をつくことを止めたのだ。
それなのに、無意識に出てきたため息に苦笑する。前を向くだけでは足りなくて、アリシャは空を見上げた。青い空に白い雲が浮かんでいる。しばらく見ているとその雲は不自然な動きをしていた。アリシャは思わず目を細める。
「もしかして、聖…龍?」
「ウルー!」
アリシャの声に反応するかのように、そんな鳴き声が遠くから聞こえた。