国という立場
う~ん、サブタイトル、思いつかない。
気づけば、最初に子どもたちと会った勉強部屋に戻ってきていた。扉を開けるとカミルと彼を囲む子どもたちと目が合う。
「アリシャ、おかえり」
それは優しい声だった。その優しさがなぜか少しだけつらく感じてしまう。まっすぐ目を見ていられなくて、頭を下げることで視線を逸らした。
「…ただいま、戻りました」
「カミル様、ちゃんと案内してきたよ!」
「そうか。ふたりともありがとう。リカはライモンドと手合わせにいくのか?」
「はい。いきたいと思います」
「おう。行ってこい」
小さくはにかむと、リカルドは右手の拳を握り、体の前でクロスした。小さく頭を下げる。カミルが手を挙げ、了解を示すと、小走りで部屋から出て行った。そんなリカルドの行動がカミルに忠誠を誓っている軍人のようにアリシャには見えた。
「ねぇ、カミル様、まだ勉強するの?」
「まだって、ミヤは勉強してないだろう?」
「そうだけど…でも、アリシャお姉さんを案内したもん!」
胸を張って言うミヤがかわいくて、カミルは笑い出しそうになるのを堪えた。
「うん。そうだった。ありがとうな。それじゃあ、勉強はこれくらいにして、俺たちは遊ぼうか!」
カミルの声に子どもたちは待っていました、とばかりに持っていたペンを置き、上に手を伸ばす。
「やったー!!」
「アリシャお姉さんも遊ぼう」
「え?私も?」
「だめ?」
「ううん。だめじゃないよ。じゃあ…何して遊ぶ?」
「う~んとね、えっと、かくれんぼ!!」
小さな男の子に手を引かれ、アリシャも子どもたちの輪の中に入っていった。大きな笑い声が響く。子どもたちの笑顔もカミルの笑顔もどちらも輝いていて少しだけまぶしかった。
しばらくの間、童心に返り、子どもたちと一緒に遊んだ。ずっと子どもたちと一緒にいたかったがそうもいかない。戻らなければいけない時間になり、ライモンドが声をかけた。子どもたちは少しだけさみしそうな顔を見せながらも、4人に手を振る。
「カミル様たち、また来てね!!」
「ライモンド様、また手合わせお願いします」
「レイラさん、今度はバックの作り方教えて」
「アリシャお姉さん、また遊ぼうね!」
馬車に乗り込んだ4人に聞こえるように子どもたちは精一杯叫ぶ。そんな彼らに手を振りながら、馬車は発進した。子どもたちの笑顔につられたように全員の表情が柔らかい。
「アリシャ、どうだった?」
カミルは向かいに座ったアリシャに尋ねた。
「…純粋にすごいなと思いました」
「すごい?」
「はい。…私は、自分がとても恵まれた環境にいると改めて思いました。けれど彼らは厳しい環境の中、前を向いて笑っている」
「そうだね」
「私は、彼らより年が上なのに、自分がどうしたいのかも考えられていない。まだまだ大人になんてなれていません。けれど、彼らは、自分がどうしたいのか、どうすることが一番いいのかをきちんと考えている。だから、すごいなと思いました」
「確かに立派だと俺も思います」
アリシャの言葉にライモンドが同意を示す。レイラも数回、うなずいて見せた。それに背中を押されたのか、アリシャは言葉を続ける。
「それに、この国や、国王、王子たちのために、自分たちはどうすればいいのか、それをきちんと考えています。私が話をしたのはミヤとリカだけですが、他の子たちも同じだと言っていました。一般的な15歳はきっとそんなこと考えられないと思います。自分がどうしたいか、自分の家のためにどうするのか考えられても、国のために、なんてそんなこときっと考えられない。だから、本当に立派だと思います」
「俺も同じだよ、アリシャ。あの子たちは本当によくやってくれてる。まあ、国のためにっていうは、そう仕向けてるんだから、そうなっててくれなきゃ困るんだけどね」
「…え?」
予想もしなかった言葉に反応が一拍遅れた。けれど、そんなアリシャに気づかずに、カミルは言葉を進める。
「貴族なら目の前の不幸に手を差し伸べれば済むけど、国は違う。国民が汗水流して働いて得た税金で成り立っている。だから、子どもたちに衣食住を与えるだけじゃない。あの子たちが将来この国に忠義を尽くすための教育、そのための立派な教師たちだ。国が行う事業だからただ目の前の子どもたちを救うだけじゃだめだからね。成長した彼らがこの国の国民を救う、それが大事だ。剣術が得意な子どもは軍に、読み書きができる子どもは執事や侍女として仕事をしてもらう。女の子にも剣術を教えているからレイラみたいに護衛もできるようになる」
「…」
「あの子たちは身寄りがないから国に忠義を尽くしやすい。この国にとってこれほどの人材はないと思っているよ。それに、あの子たち自身がこの国のためにどうしたいのかを考えているならなおのこと成功しているってことだ」
カミルの笑顔は先ほど見た笑顔と同じだった。成長を喜ぶようなそんな顔。なんと返せばいいのか、アリシャにはわからなかった。
貴族の子どもが「家のため」と思うのなら、彼らが「国のため」と思うことも当然の結果なのかもしれない。それだけじゃないにしても、親は家の繁栄を願って子どもを育てている。少なくともそういう親は確実にいる。アリシャも家のために結婚するのだろうと思っていた。それなら、国が育てているあの子たちを「国のため」にと思うカミルの言葉は間違っていないのかもしれない。人は善意だけでは動けない。けれど、頭に今まで見てきた子どもたちの笑顔とまっすぐなリカルドの顔が頭に浮かび、胸が苦しくなる。
「…」
本当に自分は何も考えてなかったのだな、とアリシャは思う。第一王子の婚約者という意味も、背負うものの重さも、何も考えてなかった。目の前に困っている人がいれば、一緒に悩み、自分にできることがあれば手を差し伸べる。それだけでいいと思っていた。けれど、それだけではいけない立場が存在する。そんなこと考えたことすらなかった。
「アリシャ?」
「…はい」
「どうかした?」
「いえ…何も…」
明らかに様子が変わったアリシャにカミルは首を傾げる。生まれてからずっと王子であるカミルにはきっとアリシャの葛藤は理解できない。そう思うと自嘲的になった。
「…ねぇ、街に寄っていかない?」
「え?」
「アリシャ、ずっと外に出てなかったし、街の様子知らないよね?買い物だってしてないし。うん、そうだ。そうしよう。…なぁ、いいだろ?」
ライモンドに視線を向けた。護衛をするのは主にライモンドになるため、確認をしているのだろうが、それは確認という名の決定だった。ライモンドはあきれたようにため息をつく。
「反対してもいいのか?」
「だめに決まってる」
「なら、聞くな」
「アリシャ様、きっとカミル様が何でも買ってくれますよ。護衛には兄がいますし、安心してください」
「いえ…そんな」
「ぱーっと楽しんじゃいましょうよ、ね?」
アリシャの気分が落ち込んでいることがわかったからこその明るい声。それがわかるから、アリシャは自分にできる限りの笑みを浮かべた。
遅くなりましたが、少し進みました。
ゆっくりですが、前に進んでいきます。
。。。なんか、めっちゃ長くなりそう