現実
ちょっとぐだぐだしてきました…。
支えられて降りた先には立派な建物が見えた。白を基調としたそれは、豪華な装いで、「孤児院」には見えない。
「ここが、ソレイユ、ですか?」
「うん。孤児院ぽくないって思った?」
カミルの言葉にアリシャは頷いた。素直な反応にカミルは小さく頷き、視線を建物に移す。それに倣うようにアリシャも目を向けた。
「建物を立派にしてあるんだ。それから、警備も厳重にしている。どうしても孤児院っていうと迫害とかの対象になるからね」
「え…?」
「親がいないというそれだけの理由で、危害を加える人間がいるんだ。残念なことにね。そして、貧乏というだけでいじめる人間もいる。…ここにいる子どもたちは親と一緒に暮らせないってだけで十分苦しんでいる。親がいないという事実は変えることはできないけど、惨めな思いはさせないことくらいはできるからさ。まあ、少しくらいは効果が出ていると思うよ」
「…そんな人、いるんですね」
「いるよ。人は、自分より下の人に強く当たりたがる生き物だから。その人の外側だけを見て、勝手に自分を優位に立てて、そして危害を加える。直接的な暴力だけじゃない。言葉や偏見も多い。直接何かをしなくても、暴言一つで人は傷つき、悲しむということを理解できない人がいるんだよ、悲しいけど」
「…」
「でもそんな奴らばかりじゃないよ。国営だから、ソレイユは国民の税金で運営している。国民からの税金では必要最低限のことしかできないんだ。だからこんなに豪華な建物を作るのは国の力だけでは無理だ」
「なら、どうやって?」
「お金を持っている貴族や商人が出資してくれている。もちろん、慈善事業に力を入れることで知名度やイメージを上げたいっていう思惑はあるんだろうけど、それでも、人は捨てたものじゃないって思うよ」
「それは素敵なことですね」
かすかに頬を持ち上げるカミルにアリシャはそう言った。どこか城を彷彿させる建物は綺麗でそして、輝いているように見える。この中で生活する子どもたちが笑顔ならばいい、とアリシャは思った。
「カミル、警備に声をかけた。中に入っていいそうだ」
「ライ、ありがとう。アリシャ、行けそう?」
「ええ」
「じゃあ、入ろう。アリシャ、ライ、レイラ、ここから俺は、伯爵家の三男だからね」
「おう」
「はい」
「…承知しました」
頷くライモンドとレイラに少し遅れてアリシャは応えた。心の中で「カミル様」を2回繰り返す。
建物の中に入ると、白髪の年老いた女性と若い女性が4人を出迎えた。カミルの顔を見て、深々と頭を下げる。それに合わせて4人も頭を下げた。
「カミル様、お待ちしておりました」
白髪の女性がそう言う。見た目より声は若いように感じた。カミルに向ける視線はどこか優しい。
「サンドラ先生、いつもありがとうございます。お変わりはないですか?」
「ええ。子どもたちも元気でやっております」
「笑い声がここまで聞こえてきます。先生方のおかげです」
「いいえ。親のいないあの子たちのために、こんな立派な施設と生活に困らない物資を頂けるおかげですわ。だから、楽しい笑い声の出せる素直な子どもたちに育ってくれたのです」
サンドラと呼ばれた彼女は優しい顔で微笑む。つられるようにカミルも笑みを浮かべた。
「そう言っていただけて光栄です。中を少し見て回っても?」
「もちろんでございます。ミーナ先生、案内をお願いできるかしら?」
「はい。かしこまりました。それでは皆さんこちらです」
ミーナと呼ばれた若い女性はどこか緊張した面持ちで4人を案内する。施設の中に入っていくにつれ、子どもたちに笑い声が耳にはいてきた。サンドラが言うように笑い声は楽しそうで自然とアリシャの頬は持ち上がる。
「アリシャもここが好きになってくれたら嬉しいな」
周りには聞こえない小さな声でカミルが言った。
「はい」
きっとそうなれるだろう、その思いながらアリシャはカミルを見て頷いた。
国営の孤児院をカミルたちとともに視察する。アリシャにとっては、ただそれだけのことだった。ウラノスと初めて出会ったあの日から、日々は過ぎていったが、アリシャ自身にカミルの婚約者としての自覚はほとんどなかったと言っていい。
第一王子はいずれ国王になる。つまり、その婚約者はいつか王妃になる。そんなことは十分承知だった。最近では、アリシャにも王妃教育が実施され始めてもいた。覚えなくてはならないことは多かったが、誰かと比べられない勉強は楽しかった。家では、ルシアのスピードに合わせられた授業についていくだけで必死だったから。だからこそ、わからないことを素直にわからないと言える環境がアリシャには嬉しかった。王妃を育てる教育は、決して簡単ではない。けれど、厳しくも優しい教師陣に恵まれた。カミルも忙しい公務の隙間に様子を見に来てくれた。来るたびに優しい言葉をかけてくれるカミルがいるから耐えられた。
進みは遅いかもしれないが、マナーも教養も着実に身についている。王宮では、レイラをはじめ侍女たちはアリシャに優しくしてくれた。聖龍の関係で軍の人たちと話す機会もあったが、みんなアリシャを第一王子の婚約者として認め、丁寧に扱ってくれる。頻繁に顔を出してくれるカミルとの距離も着実に縮まってきていた。ウラノスが来てくれたあの日から、すべてが順調に進んでいるように思えた。
けれど、ここにきて、アリシャは自分が何も考えていなかったことに改めて気づかされる。




