視察
「アリシャ、やっぱ、そのドレス似合うよ。アリシャには水色が似合うと思ってたんだよね。さすが、俺」
「はい。ありがとうございます」
朝食を食べ終えた2人は馬車に乗り、視察先である国営の孤児院へ向かっていた。国が資金を出し運営している孤児院は国内で5つあり、今回は、その中でも一番大きい孤児院「ソレイユ」に行くことになっている。ソレイユでは、生まれたばかりの赤ちゃんから15歳までの子ども23人と教師14人が過ごしていた。ソレイユに預けられる子どもはいろんな事情を抱えている。生活苦で子どもを育てることができなくなった親が預けに来ることもあれば、玄関前に生まれたばかりの状態で放置されることもある。虐待から逃げてきた子どもも、疫病で両親が亡くなった子どもたちもいた。
ナーリ国は他国からの侵略もなく、比較的平和であるがどうしても貧富の差は生まれる。子どもを育てることのできない家、子どもを育てることのできない親はゼロにはならない。だからこそ国で孤児院を運営していた。もちろん5つでは到底足りないため、貴族が出資をしあい、運営している孤児院もある。ちなみに、アリシャの父親も孤児院の経営に出資している貴族の一人だ。
ソレイユでは、生活の支援に加え、子どもたちの学習に力を入れている。ソレイユでは、15歳になると「卒業」という形で独り立ちをしなければならない。そのために、子どもたちは基本的な読み書きに加え、手に職をつけるための技能学習の機会がある。子どもたちが悪事に手を染めず、生きていけるよう考えられたプログラムであった。国営であることもあり、カミルは定期的に子どもたちの様子を見に行っており、今回はそれにアリシャが同行する形である。
「何が、さすが、俺だよ」
「そうですよ。似合うのはアリシャ様が可愛いからです」
カミルの発言にライモンドとレイラがあきれたように言う。カミルとアリシャの前に同じように座る兄妹をカミルは睨むように見た。
「…なんでお前らいるんだよ。アリシャと2人きりがよかったのに」
「護衛なんだからしょうがないだろ?お忍びで行こうとするからこういうことになるんだ」
「でもさ」
「でも、じゃない。嫌なら次はちゃんと第一王子として出掛けろ。そうすれば周りを護衛で囲めるから馬車の中では2人になれるぞ」
「…俺がそれ嫌いだってわかってて言ってるだろ?」
「嫌いでもなんでもお忍びは守るこっちの方が大変なんだよ」
「わかってるけどさ」
「わかってるなら、ちゃんとしてくださいよ。今はアリシャ様もいらっしゃるんですから。ま、何があっても私が守りますけど」
「え?守るって、レイラさんが?」
予想外の言葉に思わずアリシャから声が上がった。アリシャは驚きに目を丸くする。そんなアリシャにレイラはただ微笑むだけだった。だからカミルが補足する。
「レイラ、女だけど、腕が立つんだ。ライに引っ付いていつも武術の訓練してたから。そこら辺の男よりよっぽど強いよ」
「そう…なんですね」
「うん。侍女が戦えるなんて普通、誰も思わないからさ、お忍びで行くときに重宝してるんだ。強さは俺も保証するから、安心していいよ。ま、うるさいけど」
「あ、いえ、うるさいなんて…」
「うるさいってどういうことですか!」
「それだよ、それ」
ライモンドは妹の大声に耳を押さえながら言った。
「兄さんまで!」
「あ~もう、うるさい。兄妹喧嘩ならほかでやってよ」
「誰のせいですか、誰の!」
「…ふふ」
3人のやり取りが面白くて、アリシャから思わず笑みがこぼれた。朗らかなその笑みはどこか場違いで、3人の頬も自然と持ち上がる。
「アリシャ、かわいい」
「…え?」
突然の言葉にアリシャはカミルを見た。そこにはどこか嬉しそうなカミルの顔がある。アリシャはたまらず、下を向いた。
「もう、カミル様、余計なこと言わないでくださいよ。かわいい顔が見られなくなっちゃったじゃないですか」
「俺のせいなわけ?」
「そうですよ!…それより、アリシャ様、見てください。目的地が見えてきましたよ」
レイラの言葉にアリシャは顔を上げ、窓の外を見た。そこには木々の緑が生い茂っていた。先ほどまで、にぎやかな雰囲気の街並みが見えていたはずなのに、いつの間にか静かで穏やかな場所になっている。自然が近いそこは、どこかアリシャの故郷と似ていた。落ち着ける雰囲気のその場所は子どもを育てていくのにはいい環境なのかもしれない。
「街から少し離れているけど、静かでいいところだよ」
カミルの言葉にアリシャは頷く。
「あ、そうだ。アリシャ」
「なんでしょう?」
「俺の事、孤児院では『王子』って呼ばないで」
「え?」
「カミルは親しみやすいようにと身分を明かしていなんですよ。だから、ただの金持ちの兄ちゃんで通してるんです。まあ、先生方は知っていますし、その反応を見て、感づいている子もいますがね」
「わかった?ほら、間違わないように練習してみよっか?」
「え?」
「じゃあ、俺の後に続いて言って。…『カミル』」
「…カミル、様」
「様、いらないんだけどな~」
「あ、いや、…でも」
困ったように眉を寄せるアリシャ。そんなアリシャにカミルは手を伸ばした。眉間のしわを軽く撫でるように触れる。アリシャの肩が思わず上がった。その反応にすぐに手を離す。
「せっかくかわいい顔が台無しだよ」
「……はい」
「わかったならよろしい。じゃあ、着いたみたいだし、降りようか?」
そう言われて馬車が止まっていることに気づいた。先にライモンドとレイラが降り、周囲の様子を確認する。
「カミル、いいぞ」
ライモンドに頷くとカミルはアリシャの手を握った。