第35話
フィリスとマティーナは6人と別れた後、全速力で走り、遂にフレデリックの城の謁見の間の扉の前に到着した。
「ここにゼノヴィス君が…?」
「行きましょう、先生。」
そう話すとフィリスは扉を蹴り破った。奥にある国王が座る椅子に、一人の男が座っていた。
「良く来たな。ん…?マティーナ・ティル…か?」
「ゼノヴィス…君?」
ゼノヴィスは椅子から立ち上がり、部屋の中央までゆっくりと歩きながら、
「久しぶりだな。何も変わらない…昔のままだ。」
そう話す。マティーナは少し震えながら、
「君は変わったね…年齢を重ねた上に、人から魔神へと変わった…」
そう告げる。ゼノヴィスはニヤニヤしながら、
「そうだな、貴様の元から卒業して、早35年。様々なことが、俺をここまでにしたのだ。」
そういって右手をフィリスとマティーナに向けて、魔法を発動させる。次の瞬間、フィリスとマティーナは体が重くなり、地面に跪く。
「ぐっ!」
「こ、これは…!?」
「俺の固有魔法、サイキックの力だ。様々なことが出来る。今は重力を操り、貴様達の体感しているのは約50倍の重力だ。動けまい?」
そう言うと、ゼノヴィスは再びゆっくりと近付きながらマティーナに質問する。
「マティーナ・ティル、俺と一緒に来ないか?一緒に愚かな人間共を駆逐しようではないか?」
「…何を…言って…?」
「長年生き続けて、最早人間などくだらないと思わないのか?」
「思った事なんて無いよ!」
「そうかな?どんな人間にも良いところはある、まだそんな夢物語に捕らわれているのか?」
「勿論だよ!人間にも悪い人はいるかも知れない。でもね、その悪い部分が出ないように教育する、そうすることで人の世が良くなると…」
「クックックッ、ハアッハッハッ!」
それを聞いて高笑いをするゼノヴィス。
「くだらん。貴様の説教など聞く気は無い。何が悪い部分だ。人間にはな、悪の部分しか無い。善の部分があるならば、何故リリアナを残酷な方法で殺すことが出来るのだ…?」
「まさか…リリアナ君は…」
「…リリア…ナ?」
リリアナという名前を聞いて、マティーナが驚愕の顔をするが、フィリスには何の話か解らない。
「そう、俺の後輩で、貴様の可愛い教え子だったリリアナ・モーリンだよ。」
「彼女が…如何したって言うの…?」
「ふん、18年前に殺されたよ。貴様が信じる人間共になぁ!」
「なっ…!?」
「あの日、俺は彼女に美味いものを食べさせるために狩りに行っていた。その間に、俺達が住んでいたこのフレデリック王国領の小さな村は、隣の村の住人共に襲撃を受けたのだ。その年、作物が不作で食料に困り、俺達の村に強奪に来た。…俺が村に帰ったとき、既にリリアナも、村の人々も惨殺されていたよ。その時解ったんだよ。人間などくだらないとな。自身が助かるためなら平気で他人を殺す、下等な生物だとなっ!」
そう言うと、ゼノヴィスはフィリスに近付き、その首を掴んで持ち上げた。
「ぐぁ…」
「フィ、フィリス君!」
「どうだ、マティーナ・ティル。俺と取引をしないか?」
「なっ!?」
「このガキを助けたければ、俺の忠実なる下僕になれ。」
「なんだって!?」
「このガキが可愛いんだろう?そうだな、見せしめにここにもうすぐやってくる、四龍を殺せ。残りの2人はお前の生徒だろう?そいつらの命は見逃してやる。」
「四龍に…勝つことが…私に出来る…訳無いだろう?」
「いいや、出来るね。このガキは押さえつけておいてやる。そうすれば、奴等も抵抗できまい。その間に貴様が四龍にトドメを刺せば良い。簡単だろう?」
クククッと笑うゼノヴィス。しかし、それまで黙っていたフィリスが言う。
「駄目だ…マティーナ…先生!こいつの…言うこと…を…聞いては…」
「五月蠅いガキだな!」
フィリスの言葉を遮るように、ゼノヴィスはフィリスを掴んだまま壁に向かって走り出すと、思いっきり壁にフィリスをぶつける。
「がッ!?」
「フィリス君!?」
「ふん、所詮は人間のガキ。魔神王である俺に勝てるわけが無い。死にたくなければ、黙っていろ!」
そう言うと、ゼノヴィスはフィリスを掴んだまま今度は地面に叩きつける。
「如何なんだ、マティーナ・ティル!」
「くっ…!」
見ていられない、そう言わんばかりに首を横に振り、目を背けるマティーナ。そこでフィリスが笑い出した。
「クックックッ。」
「…?」
「はははははは!」
「頭がおかしくなったか?」
「…おかしいのは、貴様だ!」
次の瞬間、フィリスが膝蹴りをゼノヴィスの顎に叩き込んだ。不意を突かれたのもあり、首を掴んでいた手を離してしまうゼノヴィス。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「まさか…、俺のサイキックから抜けただと!?」
「さっきから黙って聞いていれば、ごちゃごちゃ五月蠅いんだよ、この糞野郎!」
フィリスがキレた。
「最愛の人を殺された?だから人は糞だと?巫山戯るなよ、糞野郎!私はな、貴様達魔物に最愛の家族、生まれ育った村を襲われたんだ!最早何も残っていなかった私に、愛情を持って接してくれた、大切な人がいるんだ!どんなに辛くても、人であることに変わりは無いのに、貴様はそれを放棄したんだ!そんな奴に、私は負けない!」
フィリスはそう叫ぶと、右手にコルトパイソンを召喚し、左手も添えて両手で構え、足を肩幅に開いて射撃体勢に入る。
「喰らえ、魔神王ゼノヴィス!」
フィリスは引き金を引いた。ズガンッ!と凄まじい音と共に発射された弾丸が魔神王ゼノヴィスの腹に当たる。思わず仰け反るゼノヴィスだが、少しの間俯いた後、正面を再び向いて、
「クックックッ、この程度か!」
全くダメージを受けていないようだった。そこへ、テッド、ティファ、エンレン、スイレン、ライファ、ランファが到着する。
「フィリス!」
「フィリス様!?」
「皆、逃げて!」
折角到着したが、相手には分が悪い。マティーナが下がるように叫ぶが、
「喰らえっ、サイキック!」
と、再びゼノヴィスが魔法を発動…出来なかった。
「なっ、何故だ!?サイキック、サイキック!」
何度も魔法を使おうとするが、ゼノヴィスは魔法が使えなくなっていた。
「貴様の魔法、サイキックは重力を誤魔化したり、人を操ったりする魔法だろう?」
「何故それを!?」
「恐らくそうだと私は判断し、貴様に最も効果的な弾丸を用意したんだ。」
「まっ、まさか…!?」
「固有魔法サイレント…以前マティーナ先生が魔人ダンジンを捕縛するときに教えてくれた、相手の魔法を使えなくする魔法だ。それを先程の弾丸に込めたんだ。」
「弾…丸?」
「私の固有魔法は、銃と呼ばれるこの武器を召喚し、様々な弾丸を撃てること。貴様は油断していたから、サイレントを撃ち込むには丁度よかった。」
「このガキ…!」
「もう終わりだ。今からでも遅くない!罪を償え、ゼノヴィス!」
「黙れ!黙れ黙れ黙れぃ!」
そういって、近くにあった甲冑から剣を抜き、フィリスに襲いかかるゼノヴィス。フィリスは胸元から短剣を取り出して応戦する。そう、親方がくれたオリハルコンの短剣だ。その切れ味は物凄く、ゼノヴィスが振り回す剣を容易く斬り裂いた。そしてフィリスはゼノヴィスの心臓にオリハルコンの短剣を突き刺した。
「ぐぁっ…!」
流石に心臓を突かれては終わりだと思ったのだろう。ゼノヴィスは両膝を着いて倒れ込む。その前にフィリスはオリハルコンの短剣を抜き、少し距離を取っていた。
「ぐっ…まさか…こんなガキに…!」
「…1つ聞きたい。ゼノヴィス、貴方は何歳ですか?」
普段の口調に戻るフィリス。
「…53だ。」
「私は転生者で、転生前は80歳、現在15歳だから合わせて95歳です。」
「なっ!?」
「まあ、合算しての年齢ですから、正しくないし、それでもマティーナ先生には劣りますけどね。」
「フィリス君、女性の年齢について話すのは失礼だよ!」
マティーナも立ち上がって近くまで来ていたが、その顔はぷっくり膨らんで、少し怒っているようだった。
「ちっ、どうなってんのかねぇ…世の中不思議なことばかりだ。魔法を封じられたら、得意のヒールも使えない…まあ…良い。貴様の名は?」
「フィリスです。」
「…貴様と話していて、倒されて解った。俺が間違っていたとな。だが、もう遅い…俺はもうすぐ死ぬだろう。だが、貴様に…言い残す…事がある…」
そう言うとゼノヴィスは血反吐を吐いた。
「この世界…は…不条理…だ。俺以上の…化け物も…多く…いるだろう。そんな奴等にも…負ける…な…よ…フィリ…ス…」
「えぇ。」
「マティー…ナ先生、済みません…でした…」
「ゼノヴィス君…」
「フィリ…スを…どう…か…正しい…道…へ…」
そう告げてマティーナに手を伸ばすゼノヴィス。その手を両手でしっかりとマティーナは握りしめて、
「大丈夫、彼を間違った方向へは行かせないから!」
それを聞いてゼノヴィスは安堵の表情を見せて、
「リ…リアナ…、俺も…そっち…へ…」
そう言い残して魔神王ゼノヴィス・ハンクは動かなくなった。フィリスは再びゼノヴィスに近付き、首を斬り落とした。
「…陛下からの特命、魔神王ゼノヴィスの首、このフィリスが討ち取った!」
そう高らかに叫ぶと、エンレン、スイレン、ライファ、ランファが拍手をくれた。しかし、テッド、ティファ、マティーナは浮かない顔をしていた。
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