第22話
フィリスは不思議な感覚の中にいた。それが夢なのだと気付くまで、暫く時間がかかった。目を開けて、周りを見渡すと、真っ白な空間の中にいた。
「…ここは?」
何処かで見たような空間の中、後ろから声をかけられた。
「お久しぶりです。」
フィリスが後ろを振り返ると、そこには運命の女神が立っていた。
「女神…様?」
「覚えていてくれたのですね。」
ニコリと笑顔になる女神。しかし、直ぐに真顔に戻ってしまう。
「御免なさい。貴方が望んでくれた通り、私は幸せですが、貴方には辛い人生を歩ませてしまっています。」
「…?」
「両親を亡くしたこと、魔人との戦い、その全てが私がもっとしっかりしていれば防げた事なのに…」
そこまで話すと、女神の目から涙がこぼれた。フィリスは立ち上がり、女神に近付くと、その涙を指で拭った。
「女神様、気にしないで下さい。それが私の運命ならば、受け入れて行動するのみです。」
「でも…」
「それに、あの時両親が亡くなっていなかったら、魔物との戦いが無かったら、私は今の家族や恩師に会うことも無かったはずです。勿論両親がいてくれれば幸せだったかもしれません。しかし、今も幸せなのです。女神様を恨んだりしたことはありませんよ。だから…笑顔でいて下さい。」
フィリスのその言葉に泣くことをやめて笑顔を見せる女神。そして、目を瞑って暫く考えた後、フィリスに告げる。
「貴方には更に過酷な運命が待っています。しかし、貴方の運命を変えるのは、貴方自身の力でもあります。良き人生を。」
「有難う御座います、運命の女神、ファーリス様。」
「えぇ、フィリス。」
そう告げると女神ファーリスは遠ざかって行った。フィリスが目を瞑ると、不思議な感覚に包まれて、再び目を開けると見知った部屋の中にいた。上体を起こして右手で髪を掻き上げると、
「運命を変える…必ず成し遂げますよ、ファーリス様…」
そう1人呟いた。
さて、魔人ザナックの襲撃事件から3か月程経過した頃、明日から夏休みに入る前の日、フィリス、テッド、ティファの3人はマティーナの仕事の手伝いをしていた。急いでいる仕事があるから、手伝ってと言われたからだ。書類整理、夏休み明けの遠征訓練、やることは多かったが、色々こなしているうちにやることも片付いていき、夕方前には全てが終わった。
「皆さん、お疲れ様でした。これで夏休みを無事に迎えられそうです。」
カリナが皆に告げると、マティーナ、フィリス、テッド、ティファは脱力した。
「やっと終わったぁ!」
「あー、疲れたぁ。」
「皆、有難うね。カリナ、お茶を淹れてくれるかい?」
「はい、校長先生。」
カリナが校長室を出て行くと、それまで黙っていたフィリスが口を開く。
「マティーナ先生、何故こんなに大量の仕事が?」
「うーん、最近君達生徒の成長が目覚ましいんだよね。特に、以前君達が付き添った子達のね。」
「そうなんですか?」
「だからカリキュラムを少し変更して、上級クラス並みの授業を考えていたんだよ。休み明けには告知されるから、彼等が休みの間も頑張っていればついてこられる内容なんだけどね。多分、過去最高の優秀な生徒達が今この学校に集まっているよ。」
「その筆頭は間違いなくフィリスですね。」
マティーナ、テッド、ティファがフィリスを見ると、腕を組んで考え事をしている。
「…如何したの、フィリス?」
「…」
「フィリス君?」
「いや、ちょっと…」
「何だよ、勿体ぶって。何でも話せよ。」
「…実戦訓練もあるこの学校なら問題は無いんですけど、下手をすると数年後には死者が出かねないと思って。」
「どういう事?」
と、そこでカリナがお茶を持って入ってくるが、フィリスは続けた。
「自身の実力に見合わない相手に対して喧嘩をふっかける、そんな人が出てきそうです。例えば、スピード自慢の学生ならトロールなど動きの遅いモンスターは倒せると思い込む可能性があります。確かにスピードで翻弄することは大切ですが、奴等の堅い皮膚に、果たして攻撃が通じるでしょうか?そう言ったことを学ばせた方が良いと思います。」
「…悪い、フィリス。言っていることが解らん。」
テッドは頭を搔きながらそう言う。それを見てティファが口を出す。
「テッド、フィリスはね、得意なことよりも苦手を伸ばす事の方が重要じゃ無いかと言っているの。そうよね、フィリス。」
「一概には言えないけど…」
「うん。フィリス君の指摘はもっともだよ。でもね、いきなり別のカリキュラムを入れると、多くの生徒が困惑するだろうからね。まあ、ゆっくりと訓練させるさ。まだまだ時間はあるんだから。」
そうしていると、夕方になってしまった。暗くなる前に帰ろうと、3人が帰ろうとすると、マティーナが止める。
「そうそう。3人は休みの間、予定はあるかい?」
「先生からの課題をやって、後は自主訓練ですかね?」
「家族旅行には行かないのかい?」
「さあ、予定はありませんが?」
「なら私と旅行に行かないかい?家族も連れてきて良いよ。」
「本当ですか!?」
「やったー!」
テッドとティファが大はしゃぎする。が、フィリスには何が何やら解らない。
「2人は何を喜んでいるんだ?」
「ははは、フィリス君は知らないけど、私はこう見えて、とあるリゾート地のある街の長でもあるんだよ。ここから馬車で半日位の場所のね。」
「バーデンの街って言ったら有名なんだぞ!」
「何年かに1回行けたら良いくらいに人気が高くて、宿とか予約出来ない位なのよ!?」
「その街に招待してくれるんですか?でも…」
「大丈夫、私の家に招待するから泊まるところは心配ないし、プライベートビーチもあるから。楽しいよ?」
「フィリス、行こうぜ!」
「こんな事滅多に無いわよ。」
そこまで言われてフィリスは少し考えて、
「明日、マティーナ先生は学校に来ますか?」
「勿論だよ。」
「じゃあ明日、結論を出して報告します。」
「なんでだよ?」
「家族に説明して、皆も行くか確認、しかる後に人数の報告しなきゃ先生も困るだろう?」
「あっ…」
「そっか…」
「ははは、まあゆっくりで良いよ。一週間後に出発するからね。まあ向こうで更に一週間は滞在すると、家族には伝えてよ。因みに旅費は私が全て持つから。お土産代位で良いよ。」
「解りました、それでは失礼します。」
そんな話をして、フィリス達は家へと帰った。
その夜、カーマイン達にマティーナ先生からバーデンの街に誘われた事を話したフィリス。家族の反応は凄かった。
「本当かい、フィリス!?」
「まあ…あなた、是非行きましょう。」
「わーい、旅行だ!」
「久々に行ける!」
その反応を見て、フィリスは少し驚いた。
「そんなに嬉しいんですか?」
「勿論だ!何せあの街は隠居した人が、療養の為に行く場所でね。普通は入れないのだよ。」
「人が余り来ないし、絶好の観光地なのだけれどね。」
「お年寄り優先なので、僕達もお爺さんがいたときは行ったことがあるんですけど…」
「お爺様が亡くなってから行ってないので、4年ぶりなのです!」
グイグイ話してくる家族を見て、フィリスもたじたじだった。
「それで一週間後から翌週までの予定で行くことになっていますが…」
「解った。私も陛下に休みに行くと伝えて参加するから。」
「騎士団長が休んで大丈夫なんですか?」
「実は2週間程休みを取れるのだ。その時に決めて、私も行くよ。」
「楽しみね。」
皆喜んでくれたので、フィリスも嬉しく思っていた。
次の日、フィリスはテッドとティファを連れて校長室へ行き、旅行へ行くことをマティーナに伝えた。マティーナも良かったと言ってくれたが、急な仕事が入ったらしく、忙しそうにしていたので、フィリス達も手伝って素早く終わらせた。
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