第17話
「えっ!?テッドさんとティファさんも特別クラスに入ったのですか!?」
晩御飯を食べているときに、フィリスが皆の前で今日あったことを話すと、コールがそう言った。
「うん。実力的には申し分ないと思うけど?」
「そうですね。フィリス兄さんの訓練を受け続けているんですから。」
ネーナも頷いてそう言う。
「2人の実力は解らないけれど、フィリスと一緒に教育を受けるなら、私も安心だわ。いい友達を持ったわね。」
マチルダはそう言うと、スープを掬って口に運ぶ。皆でそんなことを話しているが、カーマインだけが塞ぎ込んだ様にスープ皿を見つめていた。
「…カーマインさん?」
フィリスがそう言うと、ハッとするカーマイン。だが、溜め息をついていた。
「まさか…スープがお気に召さないのですか?」
リースがカーマインに尋ねると、カーマインは首を横に振る。
「いや、そうじゃないよ、リース。とても美味しいよ。」
「あなた、ならば何故、そんな顔をしているの?」
マチルダがカーマインに説明を求める。するとカーマインも今日あったことを話し始めた。全てを話し終わった後、
「それでフィリス。今週末に私と城へ行って欲しいんだよ。」
カーマインが申し訳無さそうにそう言う。
「やはり…アリシア第2王女の顔を焼いたことでしょうか?」
「それもあるだろうけど…実は10年前のあの日のこともあるだろうね。」
「10年前?」
カーマインの言葉に反応したのはネーナだった。
「うん。10年前、フィリスは魔物を倒したことがあるんだ。」
「えぇ!?」
「そうなんですか、フィリス兄さん!?」
「…それは私も初耳だわ。」
皆が驚いていたが、カーマインが続ける。
「この国において、魔物を討伐するのは勲一等に値するからね。皆が驚くのも無理は無いよ。」
「あの時は…相手は油断していましたし、私もカッとなっていて、余り覚えていません。」
フィリスが俯きながら話す。
「それで、どうしようかと悩んでいたのだよ。フィリス、国王と対談してくれるかい?」
「カーマインさんに不利になるようなことはさせられません。行きます。」
「そうか…行ってくれるか。」
「父上、私達も…」
「一緒に行きたいです!」
フィリスが行くことを承諾した途端、コールとネーナも声をあげた。
「今回呼ばれているのは、フィリスだけだ。」
「えー、久しぶりにマーガレット様と会いたいです。」
「そうです、そうです!」
「…マーガレット様?」
テンションをあげる2人が口にした言葉の中に、聞き慣れない名前が出て来たので、フィリスが尋ねた。
「マーガレット・ガデル。第1王女様の事よ、フィリス。」
マチルダが説明してくれた。
「はい!何時でも遊びにいらっしゃいと言ってくれていましたが、中々会えないのです!」
ネーナがそう言うと、コールもうんうん頷いていた。
「確かに。私も中々会わせてあげられないのは忍びないと思ってはいたが…」
「カーマインさん、2人も一緒に連れていきましょう。」
「…そうだな。マーガレット様には伝えておこう。」
「やったー!」
「マーガレット様に会える!」
コールとネーナの喜ぶ顔を見て、カーマインは普段の顔に戻った。そしてその後はゆっくりと食事をして、夜は更けていった。
さて、約束の週末になり、フィリス達は城へと向かった。門番にカーマインが話をして通して貰い、城へと入っていく。すると、入り口でドレスを着た女の人が一人立っているのが見えた。とても美しい女性だった。
「あっ、マーガレット様!」
コールがそう叫んで、ネーナと共に走って行く。マーガレットと呼ばれた女はすこしかがんで2人の頭を撫でる。
「コール、ネーナ。久しぶりね。元気だった?」
「はい!」
「マーガレット様もお元気そうで、良かったです!」
挨拶を済ませて、マーガレットがフィリスとカーマインの方を見て、近付いてくる。
「カーマインさん、その子がフィリス君ですか?」
「はい、その通りです。」
「初めまして、フィリス・ハーヴィです。」
「初めまして。私はマーガレット・ガデル。貴方が顔を焼いたアリシアの姉です。」
真剣な顔付きでマーガレットが言う。それを見て、フィリスは、
「そうですか。その件については謝罪はしませんよ。アリシア様の落ち度です。」
と、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ちょっ、フィリス!」
「フフフ、アハハハッ!」
カーマインがフィリスを止めようとすると、マーガレットはいきなり笑い出した。
「カーマインさん、良いのです。フィリス君が言ったことは正しいですわ。私も呆れていますし、民を守るべき王族の恥曝しですから、あの子は。」
そういって、マーガレットはフィリスに更に近づいて、
「面白い上に、格好いい、しかも強い。どうかしら?私のフィアンセにならない?」
いきなりそんなことを言い出す。
「私はまだ騎士学校の学生です。」
「今じゃ無いわ。貴方が卒業してから…」
「それに、そんなことを言っていると、後ろにいる、マーガレット様の本当のフィアンセが泣きますよ?」
フィリスの言葉を聞いて、マーガレットが後ろを振り返ると、今にも泣きそうな顔をした男が一人立っていた。
「バーンズ…フィリス君、何故彼が私のフィアンセだと?」
「私の方を睨みつけていましたから。」
「マーガレット様、本気なのですか…?」
「バーンズ、冗談よ。貴方と私の仲でしょう?」
そう弁明するマーガレット、冗談を本気で捉えるバーンズ。なるほど、2人はお似合いだとフィリスは思った。するとバーンズがフィリスに近付いてくる。
「君は…いったい誰なんだ?」
「初めまして、フィリス・ハーヴィです。」
「ハーヴィ…カーマイン先輩の…?」
「義理の息子だよ、バーンズ。」
カーマインが口を出すと、ようやくカーマインがいることに気付いてバーンズは、
「せ…先輩!?」
と、悲鳴に似た声をあげた。その様子を見てフィリス達は笑っていた。
その後、マーガレットはバーンズ、コール、ネーナを連れていき、カーマインとフィリスがその場に残る。そしてカーマインがフィリスを謁見の間に案内した。謁見の間の扉の前につくと、
「フィリス、失礼の無いように頼む。」
と、カーマインが告げた。そして大きな扉を開くと、真ん中の通路の向こうに椅子に座った国王マディソン・ガデル、その近くに大臣、騎士が3人、扉の近くに衛兵が2人立っていた。カーマインとフィリスは通路を歩き、中程で止まり、膝をついた。
「陛下、カーマイン・ハーヴィ、息子のフィリス・ハーヴィと共に参りました。」
カーマインが挨拶をする。頭を垂れているので、前は見ていないが、威圧感がある。フィリスは油断なく行動をしていた。
「頭を上げよ。楽にして良いぞ。」
と、声がする。マディソンが2人に言った事だった。カーマインとフィリスは立ち上がり、マディソンを見た。
「其方が…?」
マディソンがフィリスに向かって言う。
「お初にお目にかかります、陛下。私がフィリス・ハーヴィです。」
表面上、落ち着いた表情を見せていた。
「其方が我が娘の顔をあんなにした男か?…もっと外道の顔かと思っていたが、優しそうな良い男では無いか。」
マディソンがそう言う。すると周りの大臣、騎士達、衛兵が笑った。と、次の瞬間、フィリスは殺気を出した。その殺気は恐ろしく強い。全員が凍り付くほどに。
「…フィリス、止めなさい。」
カーマインに止められて、殺気を消したフィリス。そして告げた。
「失礼しました。しかし、笑いものにされるために私はここに来た訳ではありませんので…」
一礼しながら平然とフィリスは言ってのける。
「むぅ…あのマティーナ先生の教え子…流石だ。」
マディソンが納得したように言い、更に続ける。
「其方の顔を一目見ておきたかったのでな。今日こうして来て貰ったのだ。まずは先日の我が娘、アリシアの非礼を詫びる。済まなかった。」
「へっ、陛下!?」
頭を垂れて詫びるマディソンを見て、大臣達が慌てる。その様子を見てフィリスは、
「謝られる事はありません。むしろこの場合、謝らなければならないのは私の方では?再起不能、容姿の破壊について。」
そう言ってのけた。
「うむ…其方に頼みがあるのだが?」
「なんでしょうか?」
「其方ならば、あの子の顔を元に戻せるのではないか?」
そうフィリスにマディソンは聞く。
「外交問題にも発展しかねないのだ。あの子の顔を治してはもらえないか?」
「それは一国の王としての命令ですか?それとも1人の父親としての頼みですか?」
今度はフィリスがマディソンに聞く。
「貴様、不敬では無いか!」
騎士の1人が憤慨し、腰の剣を抜こうとする。が、マディソンは右手をあげてそれを止める。
「1人の父親としての頼みだ。フィリス、頼めないか?」
その言葉を聞いて、フィリスも納得し、
「…アリシア様をここへ。」
そう言った。衛兵の1人が急いでアリシアを呼びに行き、短時間でアリシアが顔に包帯を巻いてやって来た。
「お父様、何用で…貴方は、フィリス・ハーヴィ!?」
あの時の恐怖が蘇ったのか、アリシアは驚き、その場にへたり込む。フィリスはそんなアリシアに近付き、
「アリシア様、貴女の顔を治します。」
そう告げて、更に言った。
「ただし条件があります。」
「なっ、なんですの?」
「貴女が脅し、被害を被った人達に全霊をかけて詫びて下さい。それが条件です。」
それを聞いて、アリシアは涙を流して、
「…解りましたわ。」
そう言った。フィリスは納得して、アリシアの包帯を解くと、ヒール、キュア、リカバリーを同時にかけた。
「フィリス、その魔法は!?」
カーマインが驚き、声を出すが、
「静かにお願いします。」
フィリスがそれを止めた。約1分後、アリシアは元の美しい顔に戻っていた。
「おぉ、アリシア!」
「…お父様、私…私!」
そういって抱き合う親子。その様子を見て大臣達は泣いていた。
「うぅ…アリシア様!」
「良かった…本当に良かった!」
その様子を見ながら、フィリスはこうも告げた。
「約束に背いた場合、今度こそ容赦はしません。それをお忘れなきよう。」
「解っていますわ、もうあんなことは致しません。」
「アリシア、フィリス達とまだ話がある。部屋へ戻りなさい。」
マディソンにそう言われて、アリシアはフィリスに何度もお礼を言い、謁見の間を出ていった。
「さて、フィリス。あの子のこと、改めて礼を言う。有難う。」
再び頭を垂れて、マディソンが詫び、そして話を続ける。
「もう一つ聞きたいことがあるのだ。カーマインから聞いたのだが、10年前、其方は魔物を倒したと…それは誠か?」
「あの件…ですか。」
フィリスにとっては余り思い出したくない話だったが、マディソン達に説明する。魔物に村を襲われたこと、父が操られ、村の人々や母をその手にかけたこと、その父にトドメを刺したこと、魔物を殺したこと、その後カーマインに会ったこと、全てを話した。
「その後、カーマインさんに死体が欲しいと言われて渡したのです。」
「…にわかには信じられん。が、信じるほかないな。あのマティーナ先生の教え子なのだから。」
マディソンがそう言うが、騎士の1人が、
「陛下、そんな与太話、信じられるので!?」
「彼の実力は本物だ。この国において、マティーナ先生以外使えないあの魔法を使ったのだからな。」
「しかし!」
「…信じられないなら、戦ってみれば宜しいのでは?」
大臣がそう言った。残りの騎士2人もそうだと言う。それを聞いて、もう戻れないと思ったのか、
「小僧、俺と戦え!」
と、フィリスに挑んできた。
「…フィリスよ。その実力、余も見てみたい。」
そこまで言われて、フィリスはコクリと頷いた、そして、謁見の間の中央で、フィリスと騎士が睨み合う。
「小僧、一応名乗っておいてやる。俺はランドロフ・イシュカ。この国では5本の指に入る。陛下の護衛騎士隊長だ!」
「…私はフィリス・ハーヴィ。ただの騎士学校の1年生です。」
名乗られたので、フィリスも名乗り返す。はっはっはっ!と、笑うランドロフ。すると右手でいきなり殴りかかってきた。それを左手で止めるフィリス、しかし相手は更に左手でも殴りかかってきた。しかしフィリスはそれも右手で止めて、あろうことか後ろに体重を逃がして巴投げの要領で上に投げ飛ばした。
「うおっ!?」
投げ飛ばされたランドロフが声を漏らすが、フィリスは次の瞬間、右手をランドロフの鳩尾目掛けて突き出す。空中で何も出来ず、まともに拳を叩き込まれ、
「ぐふぇ!?」
と、変な声をあげてランドロフは気絶した。それを見ていたマディソン達は絶句していた。
「まさか…あのランドロフが!?」
「ふ…ふん、肉弾戦は出来るようだが、魔法はどうなのだ?」
そういって、もう1人、騎士が前に出て、下級魔法ファイアボールを出してフィリス目掛けて放った。が、フィリスはそれを左手で受け止めて握りつぶしてしまった。
「なにっ!?」
騎士は驚いたがフィリスはその騎士に目掛けて右手人差し指を突き出すと、下級魔法サンダーボルトを出した。光速の雷が直撃して、その騎士もまた沈黙した。
「まだ、やりますか?」
ふぅ…と、呼吸をしてフィリスが尋ねると、
「…いや、もう充分だ。」
マディソンがそうフィリスに告げた。
「ではもう帰って宜しいですか?いささか疲れました。」
「う…うむ。ただしカーマインは残ってくれ。良いな?」
「解りました。」
そう言われてカーマインを残してフィリスは謁見の間を後にした。城を出る前に、コールとネーナを見つけたが、2人はカーマインと一緒に帰ると言うので、1人城を出た。暫く歩いて公園についたフィリスはベンチに腰掛けると、ふぅ…と息を吐いた。
「…もう少し、手加減を覚えないとな。」
そう愚痴り、夕方までそこで時間を潰した。夕方、家に着くと、マチルダから遅いと愚痴られたが、落ち着くまで時間がかかったと説明して、許しを貰った。そして翌日の学校のために早めに眠りについた。
フィリスが去った城では、
「カーマインよ。」
「はい、陛下。」
「あの子の実力は、其方を既に越えているな。」
「はい。」
「…その力が暴走せぬように、充分気をつけよ。」
「解っております。」
そんなマディソンとカーマインのやり取りがあったが、フィリスの知ることではなかった。
読んで下さっている方々、有難うございます。