第13話
時が経つのは早く、騎士学校武道大会の初日になった。武道大会は、参加人数にもよるが、4~5日で行われる。最初の2日で予選を行い、残りで本戦を行う。当初見込まれていた人数は、2、3年生総勢400人、1年生が10人程と思われていた。しかし、思いの外1年生の参加が多く、100人超にもなったので、今年は予選が3日、本戦が2日になった。実はこの武道大会、参加して結果を残せばクラス分けにも左右される、教師の間での協議会の要素がある。元々上級クラスから落とされる者、下級クラスから昇格する者が出るのだ。カリキュラムも、この武道大会を境に本気のプログラムが組まれるようになっている。それだけ重要なのに、今まで真面目にやろうとしない生徒が何故多いのか?それは危険性の問題だった。元々入学試験、参考パンフレットなどにも記載されているのだが、学校側は生徒が真剣に取り組んでいようが無かろうが、大怪我を負ってしまっても責任を負われるリスクは無いのだ。国民の税金で賄われ、入るのも卒業するのも自由だが、生半可な気持ちで入学しないようにと、国が定めた法でもある。ましてや人の命を救う、大切な仕事に将来着くのだ、優しい訳がない。しかしここ数年、本当に真面目な生徒が少ないのも事実である。フィリスのように特別クラスに編入されたのは、10年以上前の卒業生だそうで、フィリスのようになりたいと思ってくれる、そういう学生が増えればいいなと教師の間で話し合われて、フィリスに白羽の矢が立った。その経緯を知っているのは教師達だけで、生徒達は折角の機会だし、校長の特別クラスの実力をみてやろうと考えているのが殆どだった。参加しない生徒も見学だけはするので、1年目の実力や得意魔法などを研究する生徒もいる。大抵はSクラス、Aクラスの生徒がその類いで、下位クラスの生徒ほど大会に参加するのだが、今年はフィリスと戦いたい生徒が多いため、上級クラスからのエントリーが多かった。
「さて、予選の日になったけど、体調はどうかな、フィリス君?」
校長室でマティーナがフィリスに尋ねた。フィリスは体をグーッと上に伸ばしてから、
「そうですね、特別良いとは言えませんが、普段と変わっていませんよ。」
「そうかぁ。緊張してるんじゃないかって心配していたんだけど、私の気のせいだね。」
「決勝までいったらしますよ。」
「ふふふ、楽しみにしているよ。」
そうして時間になったので、フィリスはグラウンドへ向かった。
グラウンドには既に生徒や教師達が集まっていた。と、その中にテッドとティファを見つけた。
「やあ、テッド、ティファ。」
「お、フィリス。おはよう。」
「遅かったね、何処にいたの?」
「校長室にね。」
そう話していると、教頭のジンガ・セルディンが用意されていた台の上に乗った。
「皆、おはよう。さて、今日から武道大会だが、緊張はしているか?」
ジンガがそう言うと、全員押し黙ってしまった。
「緊張の中、戦うのもまた将来必要なことだ。だからこそこの武道大会はあるのだ。それでは、今すぐ2名1組を作れ、作ったらその場に座れ!」
ジンガの言葉に驚いて、直ぐに全員が動く。テッドとティファが1組になったが、やはりフィリスは組を作ることが出来なかった。そうして時間が経ち、ジンガが笛を吹いた。
「よし…残ったのは…フィリス・ハーヴィ、君だけだな?」
周りを見渡すと、全員が座っている中、フィリスだけが立っていた。
「ハハハッ、優等生は組を作ることが出来ないんだな。」
「何でも出来るようなやつに見えたけど…」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくるが、ジンガが話を続けた。
「よし、フィリス、君は2回戦に進んで良いぞ。」
「はぁ!?」
生徒の中から何とも言えない声があがった。
「セルディン教頭、どういう事ですか!?」
生徒の1人がジンガに説明を求めた。
「1人しか残らなかったのなら、彼の負けでしょう!?」
「…何の話だ?私は2人1組になれとしか言っていないぞ。なれなかったらどうとかも言っていない。」
確かにジンガは負けとかそんな話はしていない。ジンガは続けた。
「今作って貰ったのは、1回戦の対戦相手を決めるためだ。つまり、今一緒に居るのが対戦相手と言うことだ。それぞれこの後申告に来なさい。話は以上だ。」
そう告げてジンガは台を降りていった。そんな話の中、フィリスは既に近くにいた教師に話をして、観客席へと移動していた。
「まさか、テッドと戦うなんて…」
「訓練でならいつもやってるけど…」
エントリーが終わって2人がフィリスと合流すると、フィリスは観客席で腕を組んでいた。
「まあ、いつもの2人なら、良いところまで行くと思っていたんだけど。」
「やるからには、手加減はしない。」
「こっちこそ!」
いきなりいがみ合う2人、それに挟まれて居心地の悪い気分にフィリスはなっていた。と、そんな3人に近付いてくる集団がいた。
「ごきげんよう、貴方がフィリス・ハーヴィかしら?」
その中の先頭の女がそう話しかけてきた。
「そうですが?」
「校長だけで無く、教頭まで懐柔しているのね?」
いきなりそんなことを言われて、カチンときたのはフィリスではなくテッドとティファだった。
「何ですか、貴女達は?いきなり失礼ですよ?」
「あらあら、失礼なのはどっちかしら?」
ティファがそう言うと、女がそう返す。ティファとテッドの顔が青ざめていく。
「ア、アリシア姫…」
「そうよ。この私が直々に挨拶に来てあげたのに、その態度は何?」
更に顔を引き攣らせるテッドとティファ。しかしフィリスは気にも止めないのか、グラウンドで行われている戦いをみている。
「貴方、不敬ではなくて?こうしてこの国の第2王女である私が話してあげているのに…」
「…」
フィリスはずっと戦いを見ている。話もしない。テッドとティファは何も言わないが、固まってしまっていた。
「何とか言いなさい!」
持っていた扇子をフィリスに投げつけるアリシア。しかし、それを見もせずに左手で掴み取ると、地面へと叩きつけた。
「…テッド、ティファ、行こう。こんな所じゃ五月蠅くて見学出来ない。」
「待ちなさい、私を無視するの!?」
立ち去ろうとするフィリスに向かってアリシアがそう言うと、フィリスは立ち止まって、
「…セルディン教頭先生のことはよく知りませんが、校長先生のことを悪く言うなら、貴女と話をする気はありません。」
「なっ!?」
「貴女の事は知りませんし、大会に文句があるなら、学校側に言えば良い。私に言うのはお門違いです。」
そう言い残して、テッドとティファを連れて、観客席を後にした。
「し、心臓が…」
「全く…フィリスって…」
人気の無いところに来たテッドとティファは深呼吸をする。
「2人はあの人のことを知っているのかい?」
フィリスが2人に質問する。
「おいおい、フィリス、冗談だろう?3年生のアリシア第2王女様だよ。」
「才能もあるから、成績はトップクラス、容姿も良いから人気者なのよ。」
そう言ってくる2人に対して、ふぅんとしか返さないフィリス。
「ただ五月蠅いだけじゃないか…まあ、戦ってみないと解らないけどね。」
そう言うフィリスに驚きながら、テッド達が何か言おうとすると、アナウンスが響いた。どうやらテッド達の出番のようだった。
「この話はまた後で!」
「行ってくるね!」
2人は足早にグラウンドへ向かった。1人残ったフィリスは、
「…どうにも嫌な予感がするな。」
そう考えながら観客席ではなくグラウンドが見える所で見学を行った。
テッドとティファの勝負は、ティファの勝利で終わった。
「くそっ、肉弾戦では勝ってたのに!」
「搦め手を覚えなきゃね。」
「あぁ、そうだな。ん?フィリス、どうしたんだ?」
今は昼休みなので、食事を取っているのだが、普段と違って気配を殺していないせいでじろじろ見られている。
「私は動物園のパンダか?」
「…?」
「パン…ダ?」
つい前世の動物の名前を言ってしまった。たまに変なことを口走るやつだと2人は思っているらしく、普段はスルーしてくれるのだが、フィリスがイライラしているのでは無いか、心配になっていた。
「フィリスがこんなにイライラしているの、初めて見たな。」
「そうかな?」
「うん。色んな一面が見れて嬉しいけどね。」
そう言ってくれる2人の友人とゆっくり食事を取ったフィリスだったが、弁当箱を片づけていると、
「フィリス・ハーヴィ君、グラウンドへ。」
と、アナウンスがかかる。
「…済まないけど、弁当箱の事を頼む。」
そう言い残して、フィリスはグラウンドへと向かった。
既に対戦相手はグラウンドに来ていた。
「済みません、食事をしていました。」
「いや、早かったね?じゃあ準備は良いかい?」
審判にそう言われて、フィリスはトントンと軽く跳んで、体の調子を確認してから、
「私は大丈夫です。」
と、答えた。対戦相手も頷いたので、審判が合図を出す。合図の後、対戦相手はいきなり詠唱を始めた。が、それを悠長に待つフィリスでは無いので、一気に接近し、鳩尾に右拳を叩き込んだ。
「ぐぶぇ!」
蛙の潰れた様な声をあげて、対戦相手が吹き飛ぶと、審判が終了の合図を出した。無事に勝利した。食事をしていた所に戻ろうとすると、いつもより視線を感じる。どうやら、注目を集めすぎているようだった。中には殺気じみた視線も感じるので、フィリスは、
(もう少し、手加減して戦おう…)
そう考えていた。その中には、殺気よりも悪意が混じっている者もいたのだが、流石のフィリスでもそれには気付けていなかった。
読んで下さっている方々、有難う御座います。