第110話
フィリスが先ず行った事は、シンガ村への避難勧告だった。村の人達は保証もあるので直ぐにヴォルファー王国に避難をしてくれた。その上で、ヴォルファー王国の鍛冶職人に頼んで、前々から作って貰っていた鋼鉄製の鉄板を持ち込み、巨大な壁を作った。勿論、一部扉を着けたり、壁の上から攻撃できる砲台のような監視所をいくつも取り付けた。そこまでかかっても半月で出来上がったので、フィリスはアサギと共に騎士、兵士を鍛え直していた。自身の防御のあり方を重点に置いた訓練で、その上で魔法をしっかりと学ばせた。そして、約ひと月経った頃、シンガ村の北から大軍勢が現れた。
「フィリス様、報告です。」
アサギの部下の1人、レンカがフィリスの元へとやってきた。
「敵の軍勢、約十万、現在此方へ向かって前進中です。」
その報告を聞いて、フィリスは頷き、騎士、兵士に通達をする。
「皆、聞いて欲しい。我が国の精鋭とはいえ、数は圧倒的に不利。此方には一万にも満たない戦力しかない。」
それを聞いてざわめく者達。しかし、フィリスは続ける。
「我等の後ろには、愛する家族、民がいる!その者達の為に、我等はここにいるのだ!臆するな!正義の為などと思うな!生きて帰る!それだけだ!」
フィリスの喝を受けて、皆が咆哮を挙げる!
「手筈通りに陣形を組め!」
「我等の底力、見せてやるのだ!」
各騎士団団長達の声で散開する兵士の顔は、皆思いの外穏やかだった。
「フィリス殿、私達も出陣します!」
アサギが声をかける。
「アサギさん、皆さん、無理はしないで下さい。」
労いの声を受けて、アサギ達6人も頷く。
さて、フィリスは大軍の前方が見える、壁の最も見晴らしの良い場所に陣取る。
「さてと…挨拶代わりに攻撃するか。」
そう言うフィリスに、ジャンが声をかける。
「フィリス様、遠すぎです。この距離では…」
確かに敵陣までまだ7キロ程ある。如何にフィリスでも無理だと思っている兵士達の前で、フィリスはスナイパーライフルのレミントンを召喚し、スコープを覗いて如何にも偉そうに馬に跨がっている男の額に目掛けて一回、引き金を引いた。ズドンッと凄まじい音と共に発射された弾丸が、男の額を撃ち抜くと同時に、その弾丸が炸裂、周囲に爆風を引き起こした。
「なっ!?」
「これは!?」
何も知らないジャン達はあんぐりと口を開けていた。
「流石フィリス様ですね。」
シンガ村に派遣されていたエンレンがフィリスに言う。フィリスはレミントンを肩にかけて叫ぶ。
「無理に追いかける必要はない!生きてこその戦だ!」
その声に更に奮起する騎士と兵士達。
「フィリス様、どうします?皆を呼びますか?」
「そうだね…エンレン、マリアーナを連れて来て欲しい。」
「解りました。ヴォルファー王国の守りは?」
「恐らくマティーナ先生がやってくれると思う。」
「では、スイレン達には念話で伝えておきます。」
「頼んだ。」
そう言うとフィリスはエンレンの頭を撫でて見送った。
さて、フィリスの一撃を受けたバリロッサ帝国の方は、兵士達の指揮は滅茶苦茶になっていた。
「何をしている!」
ジオルグの罵声が飛ぶ。
「しっ、しかし、国王!あんな距離から撃ってくるなど…」
「言い訳するな!肉壁を作り、兎に角接近戦に持ち込め!数は此方が上だろう!」
焦ってものの道理もわからない、無知な総大将もあったものだ。と、3人の男女がジオルグに声をかける。
「なら、俺達の出番だな。」
「まあ、これでも勇者だからねぇ。」
「食事の分は働かなきゃ。」
そう言うと、3人は戦場に出る。
さて現在、フィリス達のいるシンガ村の鋼鉄の壁の1キロ先までやってきたバリロッサ帝国の兵士達は気味悪がっていた。というのも、フィリスの一撃以降攻撃が無かったからである。
「臆したか!」
「所詮は臆病者のヴォルファーだな!」
そう叫び、約一万の軍勢で、鋼鉄の扉を開けようとする。が、不思議なことに扉が開いている。
「騎士団長、どうします?」
「臆するな!突っ込め!」
そう言って、開いている扉から中へ入ると、扉の向こうにはヴォルファー王国の騎士、兵士達100人が待っていた。
「撃て!」
騎士団長の号令で、一斉に魔法を放つ。フィリス達に鍛えられ、練度の上がった四属性魔法が交わり、強力な魔法となってバリロッサ帝国の連中に当たる。鋼鉄の壁を破壊することは無かったが、それでも突入したバリロッサ帝国の者達を全て凪払うには充分だった。扉から突入した約一万は一瞬で殲滅された。その様子を、フィリス達は壁の上から見ていた。
「さて…エンレン、スイレン。」
「はい!」
「…御命令を。」
「壁を越えてくる敵を凪払って欲しい。」
「解りました!」
「…仰せの通りに。」
そう言うと、エンレンとスイレンは壁から飛び降りた。
「ライファ、ランファ。」
「お待ちしておりました!」
「何なりと!」
「左右に別れて、敵陣が近付いて来たら狙撃を頼む。」
「了解です!」
「おまかせ下さい!」
壁の左右に別れて散っていく。
「マリアーナ。君に頼みたい事がある。」
「改まって仰られるには、何かあるのでしょう?」
「アサギさん達の気配は…」
「妾には感じ取れております。」
「その守り…任せていいかい?」
「勿論じゃ。妾に任せられよ!」
マリアーナは一礼して直ぐに行動に移す。
「さてと…仕事をするかな。」
そう言うと、肩にかけていたレミントンを構えて、再び狙撃を開始する。
その頃アサギは敵陣に向けて突撃をしていた。既に何百という敵を屠りながら、どんどん進んでいく。
「敵総大将の首、我等で!」
そう言って突っ込んでいるのだが、流石のアサギの2本の小太刀も、大量の返り血で切れ味が鈍くなってきている。他の5人も、新しく覚えた魔法でアサギを援護しているが、数が数である。魔素が尽きる前に各々武器に持ち替えて攻撃していくが…
「アサギ様!?」
ルイが見ると、騎士の1人がアサギの後ろからハンマーを振り下ろしていた。
「死ねぇ!」
そう叫んだが、ハンマーはアサギに直撃…しなかった。アサギに当たる直前、障壁に当たって止まっていた。その隙にアサギは騎士の首を斬る。
「やれやれ…間に合ったの。」
アサギ達の後方から声がする。アサギ達が見ると、マリアーナが立っていた。
「マリアーナ殿!?」
「アサギ殿、フィリス様からの伝言じゃ。無茶はなされるな、焦りは油断を生む。そして…妾にお主らを守るようにと派遣してくれた。」
「助かりましたが…良いのですか?」
「妾は争い事は好まぬ。それはの、愛する人が傷付くのを見たくないからじゃ。フィリス様が守ろうとするもの、その全てを傷付けられること、妾はそれが許せぬ!そして…アサギ殿も皆もその中にある!このマリアーナ、皆を守るためなら戦陣に斬って立つ!」
凄まじい覇気と共に、アサギ達の体にオーラの様なものが立ち上る。
「アサギ殿、そなたは攻撃に集中されよ!守りは妾に任せられぃ!」
「感謝します、マリアーナ殿!皆、突っ込むぞ!」
アサギ達は更に猛攻撃を仕掛ける。
その間も、フィリス、ライファ、ランファの攻撃がアサギ達に影響の無い様に炸裂していく。と、フィリスが気配を感じてスコープを覗くと、男女3人が此方に接近している。もう少しでアサギ達とかち合う距離である。そこでフィリスは飛行し、アサギ達の元へと飛んだ。
そのすぐ後、アサギ達と男女が睨み合う。
「散々滅茶苦茶にやってくれたなぁ。」
「まぁ、烏合の衆相手によくやるよ。」
「でも…私達はどうかしらね?」
アサギ達が対峙して、その余裕の表情を浮かべる3人に警戒をしていると、フィリスが飛んできた。
「フィリス殿!?」
「アサギさん、奴らは恐らく…ルイさんとレイさんの報告にあった勇者だ。」
フィリスがそう言うと、男女は笑った。
「そうだぁ、俺達が勇者様だぁ!」
「今なら泣いて謝れば、優しく殺してやるぞ?」
「フフフッ!」
「ふざけるな、攻めて来たのは其方ではないか!」
アサギが呼ぶと男の1人が、
「うぜぇ…てめぇらの相手はこいつらだ!」
そう言って、右手を地面に着ける。すると、地面に魔方陣が出来上がり、その魔方陣から男が3人出てきた。
「…なんだ、ここは?」
不思議がっている男達に、召喚した男が言う。
「お前ら、そいつらを殺せ!」
そう言うが、召喚された男達は動こうとしない。と、不意に男の1人、巨大な戟を持った、頭に触角の様な羽根飾りを着けた男が、召喚した男の胸倉を掴んで投げ飛ばした。
「俺に命令するな、この小童がぁ!」
「ソウタ!?」
召喚した男はソウタというのか、後の男女が様子を見に駆け寄るが、頭を強く打ったのか既に事切れていた。
「ふん…この呂布に命令するな!」
「呂…布?」
「フィリス殿…?」
「ふむ…この関羽も、命令されるのは好かん。」
「ほぅ、奇遇だな。この本多忠勝も、主君以外に命令されたくはない…が、奴らは敵なのだろうなぁ。」
その睨みに、フィリス以外が凍りつく。が、フィリスが言う。
「三國志最強の呂布奉先、三國志の武神関羽雲長、戦国最強の本多忠勝か…?」
フィリスの言葉に3人が反応する。
「ほぅ、俺を知っているのか?」
「ふむ…この関羽も有名になったものだ…」
「如何にも、我が本多忠勝なり。」
「アサギさん、皆、私の後ろに…」
フィリスは皆を下がらせる。
「赤兎馬が無くては本領発揮とは言えんが…小僧、見せしめに殺してやろう!」
そう言って、呂布は方天画戟を振り回す。フィリスは落ち着いて、その間合いへと近付く。呂布が一撃を繰り出すと、フィリスはその一撃を…右手一本で受け止めた。
「なっ!?」
呂布は驚いたが、体勢を建て直そうと方天画戟を引くが、フィリスは元々の身体能力に加えて、アサギから教わった忍術による強化も行っている。生半可な力では絶対に負けはない。
「くっ!」
呂布は方天画戟から手を離し、徒手空拳で襲いかかる。が、フィリスは方天画戟を空に投げ、呂布の頭を掴み、地面に叩きつけた。
「ぐふぇ!?」
フィリスは手を離し距離を取るが、怒り狂った呂布が立ち上がろうとする。その瞬間、フィリスは上を指差す。
「なんだ!?」
呂布が上を見ると、高々と投げ捨てられた方天画戟が降ってきて…呂布の頭を突き破った。断末魔も挙げず、呂布は息絶えた。
「ほぅ…あの呂布をこうもあっさりと…小僧、名前は?」
「フィリス・ヴォルファー。」
「知っているようだが名乗らせて貰おう。名は関羽、字は雲長だ。尋常に…参る!」
そう言って手に持った青龍偃月刀を振りかざす。が、フィリスは臆すること無く一瞬で間合いを詰めると関羽の顎に飛び膝蹴りを放ち、よろけたところを立派な顎髭を毟る様に本多忠勝目掛けて投げつけた。
「うおっ!?」
巨体を投げつけられた忠勝は、一瞬たじろいだが体勢を戻す。が、フィリスはその時既に漆黒と純白の銃を構えていた。
「お前達の相手をしている暇はない!」
フィリスは関羽、忠勝の額に目掛けて引き金を引いた。額を撃ち抜かれ、2人とも動かなくなった。
読んで下さっている方々、有り難う御座います。




