第105話
メンテナンスが昼までに終わり、フィリスはアサギを連れて街へと出る。途中買い物をし、所々買い食いもする。歩きながら食べる風習のないミカヅチ王国の出身だが、フィリスの真似をして串焼きを頬張るアサギを見て、フィリスは笑顔になる。と、フィリスがある一件の店の前で立ち止まる。
「フィリス殿?」
「忘れていた。お土産の事を…」
フィリスは立ち止まった店に入っていくと、数分後に出てきた。手には…沢山のパンがあった。
「それは?」
「この店、前には無かったので。目新しい物を買って帰れば、マリアーナが作ってくれるよ。」
「…そうですか。」
フィリスはパンの一つをアサギに渡す。そして…二人で噴水の前に座って食べる。勿論、別の店で購入した紅茶も忘れていない。
「アサギさん、ガデル王国はどうですか?」
「ミカヅチ王国と比べて…栄えているように感じます。しかし…疎外感が否めません…」
「…?」
「フィリス殿、我々ミカヅチ王国の人間は、やはり…ミカヅチ王国にいるべきなのではと…」
そこまでアサギが話したとき、アサギの服の裾を引っ張られた。アサギが其方を見ると、小さな女の子が指を咥えて泣きべそをかいている。
「ママ…何処?」
「え…?」
「迷子の女の子だね。お腹は空いているかい?」
フィリスはそう言うとパンを一つ差し出す。女の子は受け取ると、食べ始めるが直ぐに詰まらせてしまう。
「こら…慌てて食べることはない。もっとゆっくりと…」
そう言って、アサギは飲み物を渡し、口の周りの汚れを拭いてやる。
「フィリス殿、この子の親を探そう。」
「えぇ。」
そう言うと、フィリスは女の子を肩車して、三人で歩き始める。
女の子の母親は直ぐに見つかった。何度もお礼を言われ、照れた様子をみせるアサギ。その様子を見て、親子が去った時、フィリスが言う。
「アサギさん、さっきミカヅチ王国から出ない方がいいと言っていましたね。」
フィリスはアサギの肩に手を乗せる。
「でも…アサギさんがいなかったら、あの子はお母さんと会えていなかったかもしれません。」
「そんな…大袈裟な…!」
「アサギさんにとって何でもない事が、その人にとって特別な事かもしれないんですよ。」
「…」
そう話していると、女の子が戻ってきた。その手には…小さな花があった。
「お姉ちゃん…有り難う!」
しゃがんで花を受け取り、女の子の頭を撫でるアサギを見て、フィリスはやはり連れてきて良かったと思った。
その後、フィリスとアサギは騎士学校へと向かった。丁度テッドがコールのクラスの運動を見ていると校長に就任したジンガ・セルディンに言われ、グラウンドに出る。そこでは…凄まじいまでの気迫の籠ったランニングが行われていた。先頭を走っているのはテッド、その次にコール、その後ろも呼吸は荒いがしっかりと着いていけているようだった。と、そこでテッドが気付く。
「ん…?フィリスじゃねぇか!」
「兄さん!」
「へ…!?」
「あれがフィリス先輩!?」
ランニングをやめて、全員が近付いてくる。フィリスとアサギも其方へ向かうと、テッドが握手を求めてきた。それにフィリスも応える。
「久しぶりだな、親友!」
「あぁ。アサギさん、彼はオルステッド・ヴァーミリオン。私の親友の一人です。」
「アサギ・アマツカと申します。オルステッドさん…」
「テッドって呼んでくれよ、アサギさん。」
「解りました。」
「悪いなぁ…フィリス…ティファはここにはいないんだ。」
「…何で?」
「あれ?コールから聞いてなかったのか?実は…子供が出来たんだよ。今は産休をとってるんだ。」
「そうなんだ。」
「すみません、兄さん。伝え忘れてました。」
「仕方ないよ。アサギさん、ティファも私の親友で、テッドの奥さんです。」
「なる程…」
「そうだ!フィリス、久しぶりに手合わせしてくれよ!」
「…全力は無しだよ?」
「勿論だ。俺だって死にたくない。」
笑いながらそう言うと、テッドは距離をとり構える。フィリスもそれに応えて構えをとる。と、テッドが一気に距離を詰めて右上段回し蹴りを放つ。が、フィリスはそれを読んでいたのか、残像を残したまま、テッドの残っている左足に足払いをかける。テッドが驚いて後方にバク転をするが、フィリスはテッドが着地するより早く後ろに回り込んでいた。
「…へっ、やっぱり勝てねぇよなぁ…」
降参の印として両手を上に挙げるテッド。フィリスも構えを解いて、笑顔になる。
「まあ、この子達の刺激になったかな?」
「何の参考にもならないかもよ?」
殆どの者が口をあんぐり開けて棒立ちしていた。唯一、コールとアサギだけが普段と変わらない様子で立っていた。
フィリスとアサギはそのあとテッドとティファの家へと向かう。家にはティファとテッドの母親がいて、テッドの母親がお茶を淹れてくれた。
「まったくもぅ…フィリスはいつも突然なんだから。」
「御免よ、ティファ。」
「申し訳ない…」
「アサギさんのせいじゃないですよ。悪いのはフィリスですから。」
「まあまあ、ティファちゃん。お腹の子に響くわよ。」
「でも…テッドとティファの子供かぁ。きっと強くて優しい子に育つだろうな。」
「はぐらかさないでよ…」
ここにくる前に、買い物をして、赤ちゃんに必要な物をある程度買ってきたのだが…ティファが少し不機嫌なのは、その量にある。
「いくらなんでも貰いすぎよ…」
「赤ちゃんにはお金がかかるだろう?私達全員からのお祝いだよ。」
「有り難く貰うけど…そう言えば、ティル先生はお元気?」
「勿論だよ。」
「私達も会いたいけど…ね。どんどん遠くなっていく気がするわ。」
「そうかな?私は…テッドやティファ、ハーヴィの皆の事は忘れたことは無いけど?」
「はぁ…どことなく抜けてる所は変わらないわね、フィリスは。アサギさん、こんな人だけど…宜しくね?」
「…?何を宜しくされるのか解らないが、全力でお手伝いはするつもりです。」
そう話しているとテッドも帰ってきたので、そのまま夕食を頂いて、ハーヴィ家へと帰った。
読んで下さっている方々、有り難う御座います。




