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僕と曽根崎さんの大晦日

 大晦日です。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 僕は今、雇い主兼上司兼債権者兼同居人である曽根崎さんとスーパーマーケットに来ています。関係性の数が尋常じゃないことになっているのは見逃してほしい。僕だってこんな未来が訪れるとは思いもしなかったのだ。

「かなりの人出だな……」

 高身長を活かしてぐるりと辺りを見回した曽根崎さんが呟く。その声色からは暗に「これならわざわざ今日出かけなくてもよかったんじゃないか?」という不満が聞き取れた。

 だが、今日ここに来たのには当然理由がある。

「おせちを用意するって言ったでしょうが。三が日は極力引きこもって過ごしたいんですよね? 断食するわけにもいかないし、食材を買い込んでおく必要があります」

「非常食なら家にカップ麺があるだろう」

「日本人たるもの、お正月ならではの料理をいただきたいじゃないですか!」

「……まあ、保存食としてうってつけではあるな」

 わかってくれて何よりだ。ということで、本日のメインターゲットはおせち料理である。

 実は僕、今までおせちなるものの恩恵に預かったことがほぼなかったりする。おせちは家の慣習によって大きく差が出るもののひとつだと思うけれど、我が家はそもそもお正月そのものの意義が薄かった。親戚の家でお年玉をもらった、凧揚げをした、たくさんの人とおせち料理を食べた……なんて話は、冬休み明けに聞く友達の体験談でしかない。

 だけど今は違う。曽根崎さんの食費という大義名分のもと、ついに僕はおせちが食べられるのだ! 幸いにしておせちは和食をメインとしたメニューだと聞く。和食はヘルシー、ヘルシーは正義。つまり曽根崎さんにおせちを用意するのは、彼の生活を預かる者として紛れもなく正しい! 証明完了! QED! 

「なんとなくだが、君いま、とんでもない暴論を打ち出さなかったか?」

 直感が鋭い曽根崎の意見は無視する。とにかくおせちコーナーにレッツゴーだ!!!!




 僕は世の中を舐めていた。具体的にいうと社会を知らなかった。

「おせち料理って……高いんですね……?」

 今にも震えそうになる声を必死で抑えながら曽根崎さんを振り返る。彼は鷹揚に「うん」と頷いた。

「大前提として縁起物だ。ケチるだなんてもってのほか。それに見ろ、ちゃんと高い品質の食材が使われている。普段食べているものとは大いに差があるだろう」

「でも僕……普段黒豆食べない……」

「そういう庶民こそ正月に黒豆を食べるべきだろうな。あとは、そう、物価高」

「おのれ物価高」

「どうだ、わかりやすくて憎しみをぶつけやすい言葉だろう」

「どこからの視点でもの言ってます?」

 僕で遊ぶのはやめてほしい。でもここまで来たんだし、経費で落ちるんだし、なんとしてもおせちは確保したい。でもさっきから値段がチラチラする。お重の中身が宝石に見えてくる。もう何がなんだかわからない。

 僕はいったん人混みから出ると、柱に体を預け、うなだれた。

「……無念です」

「おせちコーナーに負けている人類初めて見た」

「一庶民には刺激が強すぎました。なぜみんなあのラインナップを前に正気を保てるんですか」

「一庶民を名乗るには君は少々貧乏性が過ぎる気がするが。君を銀座三越に連れていったらどんな反応するか、見てみたくなってきたな」

「ふふ……僕はデパート一階の化粧品売り場の匂いだけで縮こまれる人間ですよ?」

「小物だな……」

 なんとでも言うがいい。僕の庶民感覚のおかげでどれほど曽根崎さんの家計が引き締まっているか、ヤツは知らないのだ。まあ曽根崎さんの総資産を思えば、多少の節約なんて誤差程度にしかならないかもしれないけれど。

 そんな話はいいのだ。僕はおせちを買って帰りたい。だけど今の僕は、金額に目が眩むあまり信じがたいトンチキおせちを買ってしまう可能性がある。五人用でこの値段は安いとか言って、肉類しか詰まっていないおせちを買いそう。いや、それはそれでおいしそうだな。

 となれば、解決策はひとつだ! 僕は曽根崎さんに向き直った。

「曽根崎さん! どうか最適なおせちを選んでくれませんか!」

「えー? 断る」

「露骨に面倒くさそうな顔!! なんでですか!!」

「私はおせちに興味がないんだよ。そもそも食自体に意欲が薄い」

「今日だけ! 今日だけ発生させてください!」

「おせちへの意欲をか? 無茶言うな。それに私に任せたら全品流動食になるぞ」

「正直大いに需要はあると思いますが、スーパーでは対応できていないかもですね……」

「いいから君の好きなおせちを買いなさい。あとであれこれ言わせてくれたら私はそれでいいから」

「口は出すんだ」

「君と話すのは愉快だからな」

 相手が気に入らないから、とかじゃなくて愉快だからという理由で難癖つけてくる人いるんだ。好きな子にいじわるする小学生男子みたいだな。この人三十路な上に、小学生男子と並べるには偏屈にもほどがあるけど。

 だけどそうやって背中を押してもらえたなら、僕でもおせち料理が買える気がしてきたのだ。僕は最後に曽根崎さんに向かって頷いてみせると、再びおせちコーナーの渦の中へと飛び込んだのである。




曽根崎「……で、買ってきたのがこれか」

景清「すいません……! 重箱にこんなに唐揚げやフライドチキンが詰まってこのお値段はお買い得だと思って……!」

曽根崎「衝動買いしてしまったのか」

景清「冷凍すればしばらく僕のお弁当にスーパーの唐揚げが登場するって考えたら嬉しくなってしまって……!」

曽根崎「三が日どころか一月まるまるもたせようとしてないか?」

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