6.かなしい、ということ
「ばけもの……!」
だれかがそうさけびました。
「ばけものがいる……!」
だれかが鉈をもってきました。
「腕を切り落とせ! ばけものの腕を切り落とせ!」
「やめてください!」
そういうと、乳母と瑠璃が人々をおしのけ、石の腕を守るようにおおいかぶさりました。
右側からは乳母が、左側からは瑠璃が。
ふたりは石の腕にふれることもかまわず、左右の腕にしがみつきました。
「瑠璃、乳母や……はなれて」
真っ青になって、石の腕はつぶやきましたが、すでにその制止は遅く、ふたりの足はみるみるかがやく石になっていきます。しかし、ふたりはその手をはなしません。
切り落とそうにも、石の腕のきらきらした腕は、完全にふたりの宝石に守られています。
自ら石となりながら、必死に石の腕を守ろうとするふたりのすがたを見て、人々はようやく自分たちの行為のおそろしさに気づきました。
にぎられていた鉈がとり落とされました。
ひとりがあとずさるようににげだすと、のこりの人々もわれ先にとあとを追いました。
そして、ひどく荒らされたお城の奥の奥の部屋には冷たい石の像とたったひとり生きている石の腕がのこされました。
温かかった人の体温が、かたい石になると同時にひんやりとしたものにかわりました。
あんなにたくさんの人がいたのに、今はただしんとして、耳が痛いくらいでした。
もともとうすぐらかった部屋も、灯火は倒され消えてしまい、夜になってすっかり暗くなりました。しかし、きらきらとした宝石達のおかげで部屋の中はところどころぼんやりとかがやいています。
ふたりの宝石の腕の中で、石の腕はどれだけぼうぜんとしていたことでしょう。
長い長い時間、ずいぶんたって、石の腕はつかれきってしまいました。
ゆっくりと身じろぎして、守るようにそばにいた乳母と瑠璃の宝石たちからそっとぬけだしました。
くたくたで、それ以上動くことはできませんでした。
その場にうずくまるようにして、石の腕はようやく、泣きました。
石の腕がうずくまった床はどんどん宝石となっていきました。
やがて、それは壁に達し、柱を水晶にかえ、天井までいたり、室内なのに無数の星がきらめく夜空のようにいろどっていきます。
石の腕はお城を金銀財宝でかざられた宝石の城にかえてしまいました。
石の腕は今まで、かなしくて泣いたことはいちどもありませんでした。
本の中にでてくる「かなしい」というのはどんなことだろう、と石の腕は思っていましたが、それが今ようやくわかりました。
打たれた傷とはちがう、まるでおしつぶすような、息もできないような重いものがただ胸の中にありました。
――こんな気もちは知りたくなかった。かなしい、なんて、いらない。
石の腕は声をあげることなく、ただ泣きつづけました。