4.かけがえのないともだち
石の腕が十歳になったころです。
石の腕はとつぜん、乳母にたずねました。
「本の中にはたくさんの人がいるのに、ぼくのまわりにはだれひとりいないね。世界にはぼくと乳母やしかいないの?」
「いいえ。このお城にもたくさんの人がすんでいますし、お城の外にはもっとたくさんの人がすんでおります」
「どうしてあうことができないの?」
「それは、若君さまをお守りするためです。そのきらきらした腕は、ほかのだれももたないものです。たとえどんなえらい大臣さまであっても王さまであっても、もっていないのです。ただの石くれを価値のある宝石にかえることができる、すばらしい力です。しかし、それはいろいろな悪い人がねらっているものでもあるのです。ですから、領主さまはあなたさまをたいせつにお城の奥でお育てしているのです」
石の腕は、おもしろくありませんでした。
こんなつまらない腕はいらない、と思いました。
この腕のせいで、物語の中にあるようなすてきな「ともだち」に会うこともできないのです。
「ぼくには、ともだちはできないの?」
物語の中のともだちはいつもたのしそうでした。
一緒に遊んだり、手をつないでかけだしたりしています。
つらいときにはなぐさめあい、困ったときには助けあいます。
石の腕はつらいこともかなしいこともありませんでしたから、なぐさめも助けも必要ないのでした。それでも、もしともだちがいたら、と思わずにはいられません。
乳母はそんな石の腕のことを不憫に思いました。
そして、お城で下働きを手伝っている、石の腕と同い年の自分の娘をともだちにしてあげたらどうだろう、と思いました。
領主さまからは乳母以外の人間を石の腕に近づけてはならない、ときびしくいわれておりました。それまで、約束をやぶったことはいちどもありませんでした。しかし、このときばかりはその約束にそむくことを決めたのでした。
乳母は、だれにも見つからないように、娘を石の腕の部屋につれていくことにしました。
もちろん、けっして素手で腕にさわってはならない、と何度も何度もいいきかせました。
かしこい娘は、ききわけのよい娘でした。
「わかっています、お母さま。わたしがおともだちになってあげます」
やせぎすで赤毛、低い鼻にそばかすが散った娘は乳母ににて、お世辞にも美人とはいえませんでした。しかし、その瑠璃色の瞳はだれよりも聡明でうつくしく、乳母だけは自分の娘が世界一の美人だと信じてうたがいませんでした。
娘は瑠璃色の瞳だから、瑠璃、とよばれておりました。
石の腕と瑠璃は会ったその日に、ひと目でおたがいをすきになりました。
「はじめまして、若君さま」
「はじめまして、瑠璃。君はぼくのともだちになってくれる?」
「もちろんです、若君さま。一緒に遊びましょう」
瑠璃と石の腕はにこり、と笑いあいました。
乳母は娘にも石の腕と同じ本を買いあたえておりましたから、おもしろいと思うことも、考え方もにていました。同じ乳を飲んで育ったので、どこか同じにおいがするような気もしました。あっという間に、ふたりはなかよくなりました。
石の腕にとって、瑠璃はなくてはならない人になりました。
世界は乳母と石の腕だけだったのに、そこにたいせつなともだちがふえました。
石の腕はひとりではできなかったたくさんの遊びを瑠璃と一緒にしました。
毎日がなんだか明るくなったような気がしました。石の腕は瑠璃に会うことがたのしくてたのしくて、しかたありませんでした。
ただひとつさみしいことは、瑠璃にふれることができないことでした。
石の腕がさわるものはなんでも宝石になってしまいます。それは人間でも例外ではありません。
ふたりはいつも手袋をした手をつないで遊びました。
石の腕も、まちがっても瑠璃に素手でふれることがないよう、とても気をつけました。
手をにぎりあうことはできませんでしたが、それでもふたりはなかよしでした。




