2.神さまからさずけられたもの
元気な赤ん坊の泣き声がひびいたのに、産屋から産婆がでてきません。
いても立ってもいられず、大工は妻と子がいるはずの部屋のとびらをたたきました。
「無事、産まれたのだろう? ここを開けてくれ!」
はやくわが子に会いたい一心で、大工はよびかけます。
すると、中から産婆の細い声がひびきました。
「すまないが、自分で入ってきておくれ。わたしは、もう、動けそうにない」
産婆の声に違和感を感じましたが、疑問に思う前に大工はとびらを開けました。
臥所のそばにおくるみにつつまれた赤ん坊をだいて産婆が立ちつくしておりました。
産婆の腕の中で、赤ん坊は元気に泣いています。
ほっと大きく息をはいて、大工は産婆に近づきました。
赤ん坊をうけとろうとして、産婆の奇妙な様子に気づきました。
「あんた……、その腕はどうした?」
どうしたことか、産婆のむきだしの腕と手はまばゆい光をはなっていました。
金、銀、翠、赤、黄、藍、紫……さまざまなかがやきがそのしわだらけのはずの手から、こぼれていました。
「……いいかい。時間がない。注意だけはしておくよ。おまえさんの赤ん坊はひかる腕をもって産まれた。素手でふれればふれたものを石にかえる。けっして、素手でさわってはならない。それから、ぴっちりと腕を布でおおい、けっして人の目にふれさせてはならない。見つかれば、さいごだ。赤ん坊はおまえさんの元からつれさられるだろう。この子は、わざわいをよぶ……けっして、けっして、ふれては、なら、ない……」
産婆がはなすうちにも、きらきらとしたきらめきは産婆の体をおおっていきます。
大工があっけにとられて見つめるうちに、きらめきはあっという間に首筋をかけ上がり、産婆の口を開けたままの形にかため、さらに鼻、目、耳、額、頭のてっぺんまでのぼりつめて、産婆をきらめく無数の宝石にかえてしまいました。
見開かれた目は水晶、真っ白だったはずの髪はまるで金糸のようにかがやきました。
それきり、産婆は声を発しませんでした。
大工はふらふらと近づき、宝石になってしまった産婆の腕から泣く子をだきあげました。ほあぁ、ほあぁ、と真っ赤な顔をしわくちゃにし、赤ん坊は元気に泣いています。
ぼうぜんと、産婆を見つめていた大工は、はっとして、この部屋にいるはずのもうひとりの人をさがしました。
部屋には赤ん坊の声しかしません。
立ったまま、おそるおそる臥所に目をやります。
そこには、かわりはてた妻のすがたがありました。
やわらかだった林檎のような真っ赤なほほは、つるりとして冷たいかがやきをはなつ、硬質な紅玉にかわっていました。小麦色の日に焼けた手や腕は黄金と銀になり、爪には翠玉がかがやいています。しずかにほほえんだようにわずかに開いた唇は琥珀。そこからこぼれる歯は真珠の白。
――大工の妻はきらきらした腕の子どもを産み落として宝石となってしまい、二度と大工に笑いかけることはありませんでした。
大工の妻が見た夢は正夢でした。
大工の子どもはふれたものをなんでも金銀宝石にかえてしまう、きらきらした腕をもって産まれたのでした。