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『また体調悪いの? 学校は? また休むの?』

『過呼吸? どうせ狂言なんだろ。学校に行きたくないだけなんだろ? いい加減甘えるのはやめろ』

『また手首切ったんだってな。そんなに死にたいなら俺がお前を殺してやるよ。包丁持ってこい』

―ごめんなさい。違う。死にたいんじゃない。生きるのが苦しいだけ。発作も嘘なんかじゃない。ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい。

「……なさい」

『勉強ができてもそんなんじゃ社会に出てやっていけないんだよ。調子に乗るなよ』

『もっと強くなりなさい。すぐに泣くのはやめなさい、みっともない』

―できることを頑張ろうとしたの。できないことが沢山あることはちゃんとわかってる。調子になんて乗ってない。強く、なれない。どうしたらいいかなんてわからない。何もかもが怖いの。切らなきゃ前に進めないの。

「……っ」

「櫛川さん」

 何かが髪に触れた。

 私は、寝ていたのか。

「櫛川さん。大丈夫だよ。もう怖くないよ」

 目を開けると水野君がいて。まるで小さな子供をあやすように私の頭を撫でていた。

「なんで……」

 ここに水野君がいるのか。その前になぜ私がここにいるのか。

 そう問いたかったのに、寝起きで頭も舌も回らない。

「まだ少し眠そうだね。薬が残っているのかな。今水もらってくるね」

 水野君はカーテンの向こう側へ出ていった。

 どうやら私は保健室にいるらしい。高校に入ってからは保健室を避けていたので、このベッドに寝るのは初めてだ。

「入るね」

 水野君はコップに入った水を手渡した。

「はい。もう少し眠ったほうがいいのかもしれないけど。櫛川さん、苦しそうだったから」

 起こしちゃってごめんね、と水野君は眉を下げて謝った。

「水、ありがとう。薬も、飲ませてくれて。でも、本当にもう、私に関わらないでほしい」

 きっとただの良い人なのだと思う。それでも「得体のしれない」優しさは怖い。周囲からの反感を買うのも嫌だ。私はできるだけ波風を立てずに、平和に生活したいのだ。

「それは、できない。ごめんね。櫛川さんを放っておけない」

 水野君はまっすぐに言葉を放った。

 優しい物言いではあるが、強い言葉に感じる。

「だから、なんで。私は、目立ちたくないの。それに、水野君の助けも必要ないの。全部、自分で解決するから、構わないで」

 強い語気で訴える。

 助けなど、要らない。私は強くならなきゃいけない。一人で、全部乗り越える。誰の力も借りてはいけない。

「櫛川さんは強い人だから、僕の助けなんかなくてもきっと大丈夫なんだろうと思う」

 水野君はそう言って表情を緩めた。

―私が、強い? 何にもできないのに。怖いものだらけなのに。この人は一体何を言っているのだ。

「ただ僕が、櫛川さんのことを勝手に心配しているだけ。僕が、不安になりたくないからそばにいたいだけ。だから、ごめんね。櫛川さんのお願いは聞けない」

 さっきから、訳のわからないことばかり。寝起きの頭ではついていけない。いや、寝起きでなくともついてはいけないだろうな。

 それでも水野君の言葉に感じる切迫感や不安感は無視することができなくて。

「水野君はさ」

 この人も何か重たいものを抱えているのかもしれない。

「私の何を知っているの。なぜ、そんなに私に構うの。私の何が水野君を不安にさせているの」

 水野君の目をじっと見つめる。

 一瞬苦し気な表情を見せて、口を開いた。

「……櫛川さんがご両親と上手くいっていないことを知ってる。薬を飲んでいることも知ってた。僕が櫛川さんに構うのは……」

 水野君の顔色が悪くなっていく。

 これは、いけない。私は今、水野君を傷つけようとしているのかもしれない。

「待って! いい。言わなくていい」

 思わず制止した。人を傷つけたくはない。自分が傷つきたくないのと同じくらい。

「でも……」

「水野君を苦しめたいわけじゃないから。苦しいなら、言う必要はない」

 ハッと息をのんで、水野君は弱々しく笑った。

「やっぱり櫛川さんは格好いいね」

「水野君の感性にはついていけない」

 私がそう言い返すと、今度は先ほどより晴れやかに笑った。

 調子が戻ったようで良かった。

「あのね。櫛川さんは僕の兄にそっくりなんだ。強くて格好良くて優しい。繊細で誠実でとても真面目なところとか」

 水野君は深く息を吸った。

「兄はね、頑張りすぎて、死んじゃったんだ」

 寂しく笑いながら、水野君は涙をこぼした。

 こんな涙は、初めて見た。

「……そっか」

 私に重ねてしまったのか。危なっかしい私を見て、不安になったのか。

「僕ね、何もできなかったんだ。知ってたのに。お兄ちゃんが苦しんでるの、知ってたのに。間に合わなかった。もっと早く、手を伸ばして掴まえておけばって……」

 涙が次から次へと流れる。

 水野君の握りしめた拳が震えていた。

「苦しかったね。私水野君に、怖い思いさせてたんだね。ごめんね」

 さっきとは反対に、私は水野君の頭を撫でた。

 水野君が小さな子供のようで。不安で怖くて心もとない自分のようで。

「大丈夫。私は死なないよ。大丈夫だよ」

 私に撫でられながら水野君は静かに涙を流していた。

 一体どれくらいの間、一人で抱えていたのだろう。堪えていたのだろう。

「ごめんね、櫛川さん。なんか、涙、とまらなくて」

 自分の感情を持て余しているように、水野君は泣きながら困り顔で笑った。

「いいよ。我慢しないでいいよ」

 私の言葉に水野君はベッドの端に伏せて、子供のように泣いた。

 相当、神経をすり減らしたのであろう水野君が泣き疲れて眠るまで、私は彼の背中をさすっていた。

 

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