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好きな異性のタイプは? そう聞かれたらきっと私はこう答える。

『私を、私の病気を理解してくれる人。それは個性だと、笑い飛ばしてくれる人がいい』

 恋愛なんてものを碌にしてこなかった。恋人いない歴=年齢で、恋といえば画面の向こう側の人のみ。生身の人間を好きになる勇気はない。根っからの地味女。全部を病気のせいにする気はないが、顔も大して可愛いわけではなく、性格もあまりよろしくない私にこの欠陥は大きい。

 過呼吸、パニック、鬱症状。人間関係を築くのが下手くそで、空気が読めない。

 病院で病名を告げられてもなお、家族の理解を得るのは叶わなかった。

 だから私は頑張る。怒られないように、呆れられないように、嫌われないように頑張る。

 本当はずっと「助けて!」と叫びたいけれど、もう何年も口にしていない。誰も助けてくれないことを知っているから。だから、今日もゲームの中で疑似恋愛をする。そこでなら安心して甘えられる。ヒーローは必ず助けてくれる。

 ――私はここでしか恋をしない。

 


「櫛川さん、あの水野君に告ったらしいよ。彼女いるに決まってるのにさぁ」

「あ、2組の望月さんでしょ? モデルやってる子! よく張り合おうと思ったよね~、絶対無理。勇者だわぁ」

 モデルの彼女がいるイケメンに告白して玉砕した世にも痛い女。学校中の嘲笑の的になっているのは、紛れもなく私だ。

 今までの空気扱いより遥かに居心地が悪い。学校中の人間が私を嗤っているのだから、まぁ当然か。

 こんな地獄のような状況には大きな誤解があるのだが、きっと解けることはないだろう。


 まず、私は水野君に告白なんぞした覚えはない。


 その日私は、朝から体調が優れなかった。下校途中に後ろの車が鳴らしたクラクションが引き金でちょっとしたパニックを起こし、過呼吸の発作に陥った。いつもなら人が来る前に人気のない場所に避難して落ち着くまで格闘するのだが、運悪く現れた水野君によって私の悪夢は始まったのだ。

『大丈夫? ここじゃ危ないから移動しようか。立てる?』

 私は大丈夫だと言った。放っておいてくれと言った。それなのに紳士な水野君は譲らずに落ち着くまで介抱してくれやがった。それがモデルの彼女さんの取り巻きに目撃され、事実無根な噂が拡散され現在に至る。

 私は悪くないでしょう!? 

ただでさえ持病のせいで損しがちなのに、なぜ苛められなければならない。慎ましやかに生きてきたのにこの仕打ちはなんだ。

 冗談じゃない! というか水野君も水野君だ。自分の一挙一動が周りに与える影響力を知らないのか。王子さまは画面から出てくるな!



「ねぇ櫛川さん。自分のレベル知っててそういうことしてるわけ? 水野君は優しいから本当のこと言わないと思うから私たちが教えてあげてるの。櫛川さんみたいな地味ぃな子はね、水野君みたいな皆の憧れに近づくことすら認められてないわけ。それを告白だなんて」

「水野君がOKするなんて誰も思ってない。問題はあんたごときが身の程もわきまえずに告白したこと。だからみんなの気がすむまでせいぜい叩かれることね」

 クラスの一軍女子に囲まれ、全校生徒のサンドバック宣告。

 ほんと、私が何をしたというんだ。なぜ、私ばかり不幸な目に遭う。

 私は教室から逃げ出した。もともとメンタルは最弱なのに、魔女と化した女共に囲まれ続けられるほど神経図太くない。

 まぁ、かといって行く当てなどないのだが。どこにいても誰かしらの視線がある。それに保健室には死んでも行きたくない。養護教諭は苦手なのだ。家にも帰れない。母に何を言われるかは分かってる。

 ほら、やっぱり。助けなんてどこにもない。

 苦しい 怖い 泣きたい

 ――誰もいない

 あぁ、また発作だ。もうやだこんな自分。

 手と足が痺れてきた。中庭を行き交う生徒の目が気になるし、とりあえずどこかに隠れたい。

「櫛川さん! 動かないでそこで待ってて!」

 二階の窓から諸悪の根源、水野君が顔を出す。彼は走り出したからきっとここに来るのだろうが、言うことを聞く義理はない。また目立つことをしてくれやがって。

 すでに動かなくなりつつある足を引きずって逃げる。学校から出よう。家に帰らなきゃいい、公園とかで時間潰せば……。

「櫛川さん! 薬は? とりあえずベンチに座ろう?」

 よほど急いできたのだろう、息を切らせながら捲し立てる。

「別にっ、いい。も、帰る、から」

「分かった。でも、もう少し落ち着いてからにしよう。ほら、座って?」

 水野君に腕をひかれベンチまで連行される。力が入らなくて抵抗できない。

「ごめんね、俺のせいだよね」

「分かってる、なら、余計なこと、すんな」

「ごめんね、無理だと思う。櫛川さんが困ってたら、助けに行くと思う」

 は? 助ける? どうやって? 

「うる、さいっ。そんな、こと、軽々しく、言うなっ!」

 あぁ、泣きたくない。こいつの前で泣きたくないのに。

「助け、なんか、いらないっ。誰も、いらないっ。呼んだって、来ない、くせに! 怒る、くせに!」

「怒ったのは、お父さん? お母さん?」

「二人、ともっ」

「そっか」

 水野君は携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。

「あ、浩太? 2-1の教室から櫛川さんの荷物取ってきてほしいんだけど。そう、中庭まで」

 よろしくー、と言って電話を切った。

「そろそろきついよね? 横になる?」

 もう、喋るのもしんどくて、倒れるようにベンチに横になった。

「もうすぐ櫛川さんの荷物が来るから、そしたら薬飲もうね」

 なんなんだこの男。なんだって私に構うんだ。

「おい、楓! 持ってきたぞ」

「ありがとう浩太。櫛川さん、起きれる?」

 水野君の手を借りて起き上がり、薬を飲む。即効性のある薬だから、10分もすれば落ち着くだろう。

「ありが、と。でも、もう、私に関わら、ないで」

「でも――」

「楓。櫛川の言う通りだ。お前のせいで櫛川は晒し者じゃねぇか」

 援護してくれた浩太さんとやらに視線を向けると、生徒会長だった。あ、そういえば水野君も生徒会だったか。

「それは生徒会が責任を持って鎮静化させる」

「望月のことはどうするんだ。お前がいつまでも放っておくからこうなるんだよ馬鹿」

 頭がぼーっとする。この薬、すごい眠くなるから厄介なんだよなぁ。

「櫛川さん? 眠いの?」

「別に」

 もう目も開かない。水野君の声が遠くなっていく。

「大丈夫、僕が守ってあげるからね……」

 

 守るとか、そんな言葉信じるほど私は馬鹿じゃ、ない。


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