美しい薔薇
一番が好きな、小さい私へ
草木に囲まれた豊かな地に、1つの種が落ちました。その種はこの地にはない、真っ赤な薔薇の種でした。薔薇は珍しく、美しかったものですから、多くの人に優しくしてもらい、よく褒めてもらいました。
そんな風に育ったものですから、薔薇は自分が一番美しいと疑わず、薔薇の前を通った人には必ず、「私、美しいでしょう?」と聞くのでした。
ある時、栗色の髪をした少年が薔薇の前を通りました。
大抵の場合、「ああ、美しい」と言って去ってゆき、それで薔薇は満足するのですが、─例にもれずこの少年の前を歩いていた人もそうでした─この時ばかりは違いました。
「私、美しいでしょう?」
薔薇はいつものようにすまし顔をしながら、当然のことだろう、と言うように自信たっぷりの声で少年に話しかけました。
「ああ、美しいねぇ。」
と少年は言いました。
この言葉を聞くと薔薇は満足しました。
「しかし、」
少年が言葉を続けると、薔薇は目を丸くしました。
今までは、「美しい」と皆が口を揃えて言うだけで、「しかし」だなんて誰も言わなかったのです。
そんな薔薇の驚いた顔も気にせずに少年は言葉を続けました。
「君はいろんな人にその質問をしているんだね。」
「ええ、そうよ。聞いたところで答えは変わらないのだけれど。」
薔薇は一瞬言葉に詰まりましたが、努めて冷静に答えました。
「本当にそうかい?」
少年は薔薇に嘘はつかせないとばかりに真っ直ぐ見て言いました。
薔薇はそんな言葉が返ってくるとは思っていませんでしたので、また驚きましたが、最初に驚いた時よりはいくらかましでした。
「ええ、本当よ。だって私がこの世で一番美しいのですもの。」
やはり薔薇はすまし顔で、自信たっぷりに言いました。
「僕はそう思わないな。」
少年はその澄んだ瞳を薔薇に真っ直ぐと向けながら言いました。
「なぜそう言うの? 私が一番美しいのです。皆もそう言うわ。なのに、どうしてあなたはそんなことを言うの?」
薔薇は馬鹿にされたような気がして必死になって言いました。
「だって僕、今までたくさんの花に会ってきたけれど、どの花にも美しいところがあって、順番なんてつけられないのだもの。静かな美しさをもつ花もいたし、鮮やかな美しさをもった花もいた。優しい美しさをもつ花もいたし、儚い美しさをもった花もいた。小さくても強く生きる美しさをもつ花もいたし、大きくてしっかりとした美しさをもった花もいた。君も美しいけれど、やっぱり順番なんてつけられないよ。」
と少年は答えました。
薔薇は自分以上に美しい花なんているものか、と高をくくっていたものですから、少年のこの言葉に愕然としました。そして順番をつけて、一番、ということに悦に入っていた自分が猛烈に恥ずかしくなり、もとから赤い顔をさらに真っ赤に染めました。
「私、間違っていたみたいだわ。」
真っ赤な顔のまま、薔薇は目を伏せながら言いました。その様子に少年は何も言わず、ただ静かに薔薇を見つめていました。
「あなたの言う、美しい花たちに会ってみたいわ。連れて行ってちょうだい。」
薔薇は伏せていた目を開け、くっと顔を上げて言いました。薔薇の目には曇り一つ無く、代わりに、強い光が宿っていました。
それを見た少年は穏やかな笑みを浮かべ、
「もちろん。どこへでも連れて行ってあげよう。君に会ってほしい花がいっぱいいるもの。」
と楽しそうに答えました。
そうして少年と薔薇は賑やかな光の差す方へと、共に歩いて行ったのでした。
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