無能の仮面
皆様、大変お待たせして申し訳ありません。
学業と就職活動などに追われ、作品制作に使える時間を確保できず、あまりにも時間がかかってしまいました。
現在は少し落ち着いているので、こうして投稿できたわけでありますが、お待たせして本当に申し訳ありません。
――ピチョン
雫が落ちる音とともに、波紋が広がる。
ここは、この世とは違う何処か。しかし、確かに存在する場所でもある。
ハルトはその闇の中を漂っていた。
水の流れに身を任せるように。無重力の中にいるように。
すると……
『まだ、目覚める時ではないか……』
ハルトはその中で、誰かの声を聞いていた。しかし、目を開けることが出来ず、誰の声なのか、声の主が何者なのかを知るすべはなく、身体を自由に動かすこともできない。
だからこそ、声の主が何者なのか、どうしても知りたいと思った。
しかし、ハルトは声の主が誰なのかを知っているような気もした。
勿論、これはただの予感であって、それが合っているのかはわからない。単なる気のせいかもしれない。しかし、合っている自信はないのに、確信めいたものを感じていた。ハルト自身にもうまく説明できないが、疑いつつも確信している妙な気分。
だが、やがてハルトは知ることになるだろう。己に課せられた使命、仕組まれた運命を。
それを知った時、選択を迫られるだろう。
『さて……君はどうする?』
そこでハルトの意識は遠のいた。
ハルトはまだ知らない。
この世界に来たことで、今まで動かなかった歯車が動き出したことを。
何れ、自分が何者なのかを知る時が来るだろう。
だが、それを知るのも、内なる者が目覚めるのも、まだ先の話。
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訓練や座学などが始まって二週間が経過。
ハルトは〝最弱〟で〝無能〟だと言うことが判明した。
理由は、位階が戦闘系であるにもかかわらず、ステータスやレベルの成長が周囲に比べて圧倒的に遅い事だ。
時速六十キロメートルで走る乗用車と、それを追いかけようとしているカタツムリの差と考えれば、わかりやすいだろう。大げさな表現かもしれないが、とにかく、クラスメイト達が成長して力をつけているのを後目に、ハルトは一向に成長が見られなかった。
現在、ハルトは訓練の休憩時間を利用して、王宮内の図書館で調べ物をしている。その手にはこの世界の歴史に関する分厚い本がある。そして、その周りには大陸に生息する魔物の図鑑、地理、鉱石・植物の図鑑が山となっており、ハルトはそれら全てに目を通している。
何故本を読んでいるのか。
それは、この二週間の訓練で周囲の足を引っ張っているからこそ、自分なりにできる事を考えた結果、知識でカバーできないかと考え、訓練の合間など空いた時間で勉強と〝調査〟をしているのだ。
ハルトは、エルキアの成り立ちや創世神話を読んでいるうちに、自分のステータスを見て感じたものとは違う違和感を覚え、何度も読み返している。
アルヴ教とは、創世神であり最高神でもあるエルドを始めとしたアルヴ神族を信仰する多神教で、エルド神だけを信仰しているわけではない。しかし、他の神はフォレア山の中枢教会以外の土地で崇められている為、事実上の一神教となっている。
遥か昔、創世神エルドが世界そのものを創造し、神代と呼ばれていた時代の始まりに人を生み出したところから始まる。エルド神を始めとしたアルヴ神族が地上に降臨し、それぞれの神が海を作り、陸地を作り、山や森を作り、人に知恵を与え、文明を築かせたという。
そこから新たに生まれた亜人種や魔人族との対立によって起こった戦争によって、多くの国が生まれては滅び、現在の状態が形成されたのだと言う。
創世神話は現在のこの世界の歴史と繋がる形で記されており、一見すると違和感はない。
しかし、ハルトは創世神話の文章中に、不都合な事実を覆い隠そうとしているような何かを感じた。恐らく、それが違和感の正体なのだろう。
ハルトは自身の覚えている違和感が本当だったことを仮定し、ある仮説を立てた。しかし、確証がなく、誰かに話すわけにはいかない。もし言いふらしたら、余計に立場が危うくなり、クラスメイトも巻き込みかねない。ハルトはそう考え、自身の胸の内に仕舞うことにした。
本を閉じたハルトは、未だに成長が見られない自分のステータスが記されたタグを取り出し、自身のステータスを表示する。
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天宮ハルト
Lv.1
位階:軽剣士
体力:50
魔力:50
敏捷:50
筋力:50
耐性:50
耐魔:50
〈スキル〉
剣術[+軽法]/言語理解
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もう一つ判明したのは、ハルトは魔法全てに対する適性がないことだ。
魔法とは、この世界において「人為的に神秘を引き起こす術」で、〝術式〟を干渉させることで事象を発生させるのだという。ここでいう術式とは、いわば「起こす神秘を定義する」プログラムのようなもので、これの構築や起動が出来なければ魔法は行使できない。
術式が事象に対して干渉するには、事象に対し干渉する性質を持つ魔力を、術者自身の体内から外側へ放出する必要がある。
ハルト自身に魔力はある。あるにはあるが、ハルトは術式の構築そのものが全くできず、属性によって分類・体系化されている魔法、その全てに対して適性がないのだ。
属性には、術者の得意不得意があり、火・水・土・雷・氷・風・光・闇の八種類の中でも最も発動効率が良く、尚且つ威力や規模が大きい属性は適性があると判断される。
……ハルトの場合、それ以前の問題だった。
魔法を行使するためにはいくつかの方法があり、一つはアーティファクトやその劣化版である汎用魔道具などを介する方法で、この方法は魔法を得意とする位階を持つ者や正面戦闘に特化した位階を持つ者に限定される。次に、呪文を詠唱する術者自身を一つの媒介とすることで発動する方法で、これが最も多くの人々に利用されている。そしてもう一つは、魔法陣を構築するものだ。
魔法陣とは、いわば術式を簡略化したもので、円と文字、図形で構成される。魔法陣における円は「力の循環」を意味し、円の内側に刻まれる文字は発動する魔法の属性や規模を定義する。そして図形はその魔法に対し、補正や何かしらの効果を付与する意味があるのだと言う。
ハルトの場合はこの方法しかできないのだが、各属性の最も基本的な魔法、特に魔法専門の位階を持たない者でも簡単な詠唱で発動できるような魔法ですら、半径一メートル以上の円で構築し、更にそこへ詠唱をする必要がある為、実戦では役に立たない。
よって、ハルトに遠距離攻撃は無理。支援など全く期待できない。
ハルトの位階である軽剣士は、簡単に言えば側面からの攻撃に特化した前衛型なのだが、ハルトのステータスがあまりにも壊滅的なため、できたとしても一撃離脱戦法だけで、それも弱い相手との一対一なら何とかなるが、集団戦でしかも強い相手と戦うとなると、ハルトがまともに戦えるわけがない。
こうしてハルトは、最初の一週間ですっかりクラスメイト達から〝無能〟のレッテルを貼られてしまった。憂鬱な事が多すぎて、教室にいた頃よりも溜息が増えた。
ハルトは引き出した本を所定の位置に戻し、自分の武器として選んだ片刃の直剣を腰に差して訓練場へ向かう。そろそろ訓練を再開する頃合いだからだ。
ハルトの位階である軽剣士は軽さによるスピードが売りの為、武器や装備品もなるべく軽量なものを使う。故に、ハルトの持つ剣の刃渡りは短めで、幅も細め。
訓練場では、それぞれの得意な方向性に合わせた訓練が行われている。勇者である勇輝は椿の使う東道流を修めているため、〝神装〟の扱い方を集中的に特訓していた。
神装とは、アーティファクトの一種であり、勇者専用の武器を指す。勇輝は光属性魔法の出力を向上させる〝聖剣デュランダル〟という神装を使用する。神装が使用者を選ぶため、一度使用すればその勇者専用の武器となり、手から離れても、使用者が呼べば飛んでくるのだとか。
和斗の位階は盾戦士であり、バリバリの壁役だ。タワーシールドを装備し、防御と盾による攻撃を行えるように複数の敵を想定した立ち回りの特訓をしている。そのはずだったが、今は休憩を取っているのか、訓練場にはいないようだった。
その時。
(げっ……)
不意に後ろから近づいてくる人物に気付き、顔をしかめながら背後を振り返ったハルトは、予想通りの面子に心底うんざりした表情になった。
そこにいたのは、進藤啓介率いるチンピラ四人組だった。訓練が始まってからというもの、ことあるごとにハルトにちょっかいをかけてくるのだ。ハルトが訓練を憂鬱に感じる半分の理由でもある。(もう半分は自分の無能っぷり)
「よぉ、天宮。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、進藤言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」
「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ!」
「なぁ、啓介。こいつさぁ、なんかもうかわいそすぎるから、俺らで稽古つけてやんね?」
一体なにがそんなに面白いのかわからないが、進藤達はゲラゲラと笑う。
「あぁ? おいおい、拓斗ぉ、お前マジ優し過ぎね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん、それ。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。天宮ぁ~感謝しろよ?」
そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み、人目につかない方へ連行していく。それにクラスメイト達は気づいたようだが、見て見ぬふりをする。
「別にいいよ? 君たちの時間を取らせるわけにはいかないし、僕の相手は他にいるから、気にしないで?」
一応、ハルトはやんわりと断るが……
「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに、何言ってんの? マジで有り得ないんだけど。お前はただ、皆様ありがとうございますって言えばいいんだ、よっ!」
そう言って、進藤が脇腹を殴る。ハルトは「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。
進藤達も段々暴力にためらいを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば舞い上がるのは仕方ないこととはいえ、その矛先を向けられては堪ったものではない。かと言って反抗できるほどの力もない。
やがて、訓練施設からは死角になっている人気のない場所に来ると、進藤はハルトを突き飛ばした。
「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」
進藤、沢木、藤崎、臼井の四人がハルトを取り囲む。ハルトは悔しさに唇を噛み締めながら立ち上がった。
「ぐっ!」
その瞬間、背後から背中を強打された。臼井が剣の鞘で殴ったのだ。前のめりに倒れるハルトに、更に追撃が加わる。
「ほら、なに寝てんだ? 焦げるぞ~。ここに火気を生ず――〝火弾〟」
沢木が火属性魔法〝火弾〟を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハルトは、ゴロゴロと必死に転がりなんとか避ける。だがそれを見計らったように、今度は藤崎が魔法を放った。
「ここに風を生ず――〝風槌〟」
風の塊が立ち上がりかけたハルトの腹部に直撃し、ハルトは仰向けに吹き飛ばされた。咄嗟に後ろに下がって衝撃を逃がしたとはいえ、中途半端だったため少なくない衝撃が体に響く。
魔法自体は一小節の初歩的なものだ。それでもハンマーに殴られるくらいの威力はある。それは、彼等の適性の高さと魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。
「ちょ、マジ弱すぎ。天宮さぁ~、マジやる気あんの?」
そう言って、進藤は蹲うずくまるハルトの腹に蹴りを入れる。ハルトは込み上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だ。
その後もしばらく、稽古という名のリンチが続く。ハルトは痛みに耐えながらなぜ自分だけ弱いのかと悔しさに奥歯を噛み締める。本来なら敵わないまでも反撃くらいすべきかもしれない。
だが、そうすれば向こうを余計に刺激するだけだということも分かっている。
今のハルトはただ、耐えるしかなかった。
その時、
「何してんだ?」
唐突に発された声に、四人の動きが固まった。そして、血の気が引くように顔が青ざめ、進藤達の視線が声のした方、四人の背後に集まる。
「お、大川……」
そこには、進藤達よりも筋肉質でガタイがよく、身長180メートルもある男、ハルトの親友である大川和斗が立っていた。
まるで、汚物を見るような目で、進藤達を見下ろしている。
「もう一度聞くぞ? 俺のダチに……何してんだ?」
「あ、いや……その……」
進藤が何を言おうか考えるように視線を彷徨わせるのを見て、和斗はわざとらしい溜息をつく。
「まぁ、おめぇらの言い訳なんざどうでもいいけどさぁ……そんなに暇あんなら……俺が相手してやるよ」
「い、いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、天宮の特訓に付き合ってただけで……」
「特訓ねぇ。にしちゃあ、随分と一方的だなぁ?」
「いや、それは……」
「さっさと失せろ。邪魔だ」
和斗の気迫に圧倒された進藤達は、誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。
ハルトは少々ふらつきながら立ち上がり、口の中の血を吐き出して口の端の傷口を拭う。
「ふぅ……大丈夫か?」
「うん」
「お前、これ初めてじゃねぇだろ……これ以上放っておくと、アイツらもっと調子に乗るぞ?」
「いいよ、別に。彼らに興味はないから」
「けど……あ~」
痛みにはある程度慣れているし、小心者が何も言おうがハルトにとっては大した問題ではない。だから、ハルトは好きにさせておくことにしている。それに、いちいち細かいことを気にしていたらキリがない。
だからハルトは、かなりドライな性格をしている。
特に対人関係では、接する相手を大きく分けて四つのカテゴリに分類している。
一つは、自分が気を許せる人物。この場合、友人や多少なりとも会話を弾ませられる人がこれにあたる。
二つ目は、警戒すべき人物。これは自分やその周辺に害を成そうとする可能性がある人物を指す。
三つ目は気に留めておくべき人物。少々言い方が悪いかもしれないが、自分やカテゴリ1の人物にとって都合のいい相手がこれに該当する。
そして四つ目は、関心を向ける必要のない人物。……カテゴライズする必要があるのか、少々疑わしいが。
ハルトは自分に必要だと思うこと以外にはとことん興味がない。興味がないことは余り記憶には留めないし、興味のない相手が何をしていようと、それがたとえ自分に対することだったとしても、その相手に殺されそうになるほどの事態でもならなければ気にしない。
もし、興味を向けていなかった者が自分やその周囲に致命的な害をなすのなら、ハルトは容赦なくそれを叩き潰す。
しつこい相手だったら嫌でも記憶に残ってしまうが、ハルトの基準で害ではない彼らは、別に放置していても問題ないのだ。
和斗はそれを知っているからこそ、ハルトのセリフに思わず納得してしまった。
だが、
(自分すら切り捨てるところが、こいつの欠点なんだよなぁ……)
そう。
必要なら自分すら捨て駒に含める計算をするほどの冷酷さを、ハルトは秘めている。
自分の目的を果たすために、自分が大切に思っている人を突き放すだろう。大切に思うがゆえに、巻き込まないように、自分のせいで傷つかないように、悲しませないように。
だが、それに心を痛める人がいることに、ハルトは気付いていない。
だからこそ、
心の内で親友の身を案じながらも、自分ではハルトを変えることができないという思いに、悔しさを覚える和斗であった。
新年、あけましておめでとうございます。
令和二年になりましたが、最近は不穏な事件のニュースをよく耳にします。平穏な日常が続くことが一番だと思っている自分は、悲しい気持ちになることもあります。
皆様、健康管理や安全に気を付けて、今年を良い一年にしましょう!
次も不定期でいつになるかはわかりませんが、読んでいただければ幸いです。