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幻霊戦記  作者: 鳶沢龍
第一章
2/5

異世界召喚

お待たせしました、続きです。

不定期かつ投稿数も決めていないのですが、よろしくお願いします。

 片腕で顔を庇い、目を瞑っていたハルトは、ざわざわと騒ぐ音を耳にして、恐る恐る目を開いた。


 隣にいた和斗とアイコンタクトを取り、薄暗い部屋を見回し、最初に目についたのは……巨大な壁画だった。縦横十五メートルはありそうなその壁画には、金色の後光を背負う薄紫の髪をした中性的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを讃えるように両腕を広げている。美しい壁画だ。しかし、ハルトは何故か無意識に嫌悪感を抱き、壁画から目を逸らした。


 周囲を見渡してみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいことがわかった。大理石のような光沢を放つ白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が掘られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。


 ハルト達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りにはハルトと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。


 ハルトはチラリと背後を振り返った。そこには、やはり呆然としてへたり込む美咲の姿があった。怪我はないようで、ハルトはホッと胸を撫で下ろす。


 そして、おそらくこの状況を説明できるだろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。


 そう、この広間にいるのはハルト達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、ハルト達の乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。


 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。


 その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。


 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音でハルト達に話しかけた。落ち着いてはいたが、ハルトは背筋を舐め回す様な声に、何とも言えない寒気を感じた。


「ようこそ、エルキアへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、アルヴ教公理教会にて教皇の地位に就いております、ラフマディ・サンドバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」


 そう言って、ラフマディと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。



~~~~~~~~~~~~



 現在、ハルト達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。


 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。恐らく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に遠山優子先生(教室にいたので巻き込まれたのだろう)と勇輝達四人が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。ハルトと和斗は最後の方だ。


 ここに案内されるまで誰も大して騒がなかったのは、未だ身の回りの現実に、自分たちの認識が追いついていないからだろう。ラフマディが事情を説明すると告げた事や、カリスマレベルMAXの勇輝が落ち着かせた事も理由だろうが。


 教師より教師らしく生徒達を纏めていると優子先生が涙目だった。


 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。


 こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……


 そんな中、ハルトは傍に来て飲み物を給仕してくれたメイドに目もくれず、ラフマディに目を向ける。全員に飲み物が行き渡るのを確認するとラフマディが話し始めた。


「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」


 そう言って始めたラフマディの話は実にファンタジーでテンプレ、それでいて実にどうしようもないくらい勝手なものだった。


 要約するとこうだ。


 まず、この世界はエルキアと呼ばれている。そして、エルキアには様々な種族が存在するが、その中でも力が最も強い者たちが、大きく分けて二つ存在する。人間族と魔人族である。人間族は北側地域一帯、魔人族は南側地域一帯を支配しており、人間族と魔人族がここ二百年近くも戦争を続けている。魔人族は、数では人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差を人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近になって異常事態が多発しているという。それが、魔人族による魔物の使役だ。


 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れたことで変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体に関しては分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。


 今まで本能のまま活動する彼等を使役できる者などほとんど居なかった。たとえ魔物を使役できたとしても、せいぜい一、二匹程度だという。しかし、その常識が覆されたのだ。これの意味するところは、人間族側の“数”というアドバンテージが崩れたという事と道理。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。


「あなた方を召喚したのは“エルド様”です。我々人間族が崇める守護神、アルヴ教の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。恐らく、エルド様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エルド様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エルド様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」


 ラフマディはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。ラフマディによれば人間族の九割以上が、その創世神エルドを崇めるアルヴ教の信徒らしく、度々下される神託を聞いた者は例外なくアルヴ教の高位の地位につくらしい。


 ハルトが“神の意思”を疑い無く、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の持つ“歪さ”に言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。


 薫先生だ。


「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」


 薫先生がぷりぷりと怒る。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットで右側の三つ編みを荒ぶらせながら、生徒の為にとあくせく走り回る姿は何とも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられた生徒は少なくない。


 “薫ちゃん”と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ぶと直ぐに怒る。何でも威厳ある教師を目指しているのだとか。


 今回もまた、理不尽な召喚理由に怒り、ウガーッ! と立ち上がったのだ。「ああ、また薫ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでラフマディに食ってかかる薫先生を眺めていた生徒達だったが、次のラフマディの言葉に凍りついた。


「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」


 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に乗りかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でラフマディを見る。ハルトは何となく予想していたことなので、余り驚いていなかった。


「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 召喚できたのなら帰せるでしょう!?」


 薫先生が叫ぶ。


「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエルド様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエルド様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」


 薫先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。


「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! 何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」


 誰もが狼狽える中、ラフマディは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。だが、ハルトは、何となくその目の奥に侮蔑が込められているような気がした。今までの言動から考えると「エルド様に選ばれておいて何故喜べないのか」とかなんとか思っているのかもしれない。


(この人、いわゆる狂信者だ……)


 ハルトはそんなことを思った。未だパニックが収まらない中、勇輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。生徒達はその音にビクッとなり注目する。勇輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。


「皆、ここでラフマディさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない……ラフマディさん? どうですか?」

「そうですな。エルド様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」


 ギュッと握り拳を作りそう宣言する智樹。無駄に歯がキラリと光る。


 同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。勇輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。


「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……俺もやるぜ?」

「廉太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「椿……」


 いつもの三人組が智樹に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。


 美咲は黙って何も言わなかったが、その表情からは恐怖が浮かんでいることに、この場にいた全員の中でハルトだけが気づいていた。


 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。ハルトは和斗と目を合わせ、呆れたように肩を竦ませた。


 ハルトはラフマディに目を向け、実に満足そうな笑みを浮かべているのを見て、あることに対して確信を得た。


(完全に羽山君は利用されてるなぁ……)


 ハルトは気がついていたのだ。ラフマディが事情説明をする間、それとなく勇輝を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。正義感の強い勇輝が人間族の悲劇を語られた時の反応などは実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話をしていた。話をしているときの表情を見る限り、恐らくラフマディは見抜いていたのだろう。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。


 世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、油断ならない人物だと、ハルトはラフマディどころか、アルヴ教を警戒すべきだと判断し、今後の行動を考えるのだった。


(まずは情報収集かな……)


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