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ジークリンデ公爵令嬢専属メイドの受難  作者: ねぎぬた
一章 見習いメイド
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メイドと婚約

 私やリクハルドが公爵家に勤めて二年目に突入した年の夏のこと。後に私の人生を揺るがすことになるある取り決めが行われた。お嬢様、私、リクハルドが九歳の頃の話だ。


「え、り、ぃ、ちゃーんっ!」


 例の如くお嬢様より課題を終わらせ、お茶の準備をしていると、背後から陽気な声が聞こえた。それは子供の声ではなく、もっと大人の女性の声だ。となると、この声の主は……


「奥様、いかがされましたか」

「嘘、見ないで分かったの!?すごいねえエリーちゃん」


 いや、あなたが分かりやすいんです……とは口に出さずに、私は曖昧に微笑んだ。

 後ろにはお嬢様と同じ白金色の髪をした美女。

 サファイア・シリル・ジークリンデ。

 ヴィオレッタの母であり、社交界の華と呼ばれるジークリンデ公爵夫人だ。

 とんでもない美人だがしかし、この儚げな外面とは裏腹に、良くも悪くもお嬢様と同じく変人である。


「また抜け出しているのですか?パドマさんが泣きますよ」


 パドマさん、というのは奥様専属メイドだ。自分も彼女とは何度か話をしたことがあるが、なかなかの苦労人だったと記憶している。私がお嬢様専属メイドだと知ったパドマから、

「奥様そっくりのお嬢様のお世話係……? 大変だと思うけれど、頑張って……っ!」

 と、割と本気で心配された。その気持ち、今は身に染みて実感している。


「いいのよぉ、黙っていればバレないから!」

「よくないです……」


 うふふ、と可愛らしく笑っているが、使用人からすれば全く笑えない。


「奥様……パドマさんが泣きますよ」


 奥で机の準備をしていたリクハルドが、一部始終を聞いていたのか苦笑しつつ口を挟んできた。


「そうねぇ、そうかも?」

「奥様って人は……」

「只でさえ今の時期は大変なのですから、大人しく部屋で待機してた方がいいのではないですか?」

「イヤよ、つまんないじゃない!」

「奥様……」


 思わず苦笑が漏れる。本当に、奥様がこれでは旦那様も気苦労が絶えないだろう。

 大変な時期__妊娠中でも、前と変わらず出歩いていらっしゃるのだから。


「もう奥様一人の身体ではないのですよ」

「あらまあ、エリーちゃんてばあの人と同じことを言うのね」

「……奥様」

「もう、冗談よぅ。でもここでお話することくらいは許して?」


 私はしばし、このままここでお話をするか、帰らせるかを脳内でシュミレーションする。ここでお話をしている分には、どちらかがパドマさんを呼んでくればいい。そして帰らせれば、恐らく他のところに寄り道でもして真っ直ぐ部屋に変えることはないだろう。



「……そうですね、それなら」



 ふらふらされるよりはましだ、と結論付けて、私は頷いた。


「それにしても」


 奥様は、今し方リクハルドが整えた席に座り、私達二人を見ていった。


「二人は本当に優秀なのねぇ、あの子より全然早い」


 感心した、という風に呟く奥様に、私はそっと付け足す。お嬢様より出来がいい、と言外に言われては気分が悪い。それはリクハルドも同じようだ。私のあとに続けて言う。


「お嬢様と並んで終わらすようでは、碌なお茶も淹れられませんから、無理をして急いで終わらせているだけですわ」

「僕も、しっかりと場を整えるにはそれなりの時間を要しますから」


 そう二人で顔を見合わせて苦笑しあえば、奥様は一変、楽しそうににやりと笑った。


 あ、これ碌でもないこと考えてる時のお嬢様と同じ顔だ……と気付いて後ずさるが、遅い。目をきらきら輝かせた奥様に即刻捕まる。


「あなたたち……仲、いいのねぇ」

「え、あ……まあ、境遇も似ていますから」

「う、うん、そうそう、そうですよ!」


 隣のリクハルドは珍しく焦ったように言葉を紡いだ。そんなに慌てると奥様に付け込まれるよ、と注意しようとしたが、それよりも奥様のほうが早かった。


「ね、ね、二人とも優秀だしずっと家に仕えない?」

「はい、そのつもりですが」

「なら手っ取り早く、ふたりが婚約しちゃおうよ!」


 そういって奥様が、私の手とリクハルドの手を握らせて、「ね?」とにっこりとほほ笑んだ。



「は、はいいいっ!?!」



 __この日、公爵家に若き執事見習いの絶叫が響いたという。


「ふたりが夫婦になって、夫婦そろって臣下にしちゃって、その子供も公爵家に努めてもらって、代わりに一家丸ごと公爵家が安全を保証する!よくない?」

「な、んっ、なに名案だって顔してるんですか!!」

「え、だっていいでしょう?」

「……い、いい、とかそういう話じゃなく!エリーが嫌がるでしょう!」

「ね、どう?エリーちゃん」

「そうですね。なかなかいいかと」

「ほらっ、奥様!聞き……え?」



「ええええっ!?!」



 __この日二度目の絶叫が屋敷に響いた。


 慌てふためくリクハルドを横に、エレノアは割と真剣に考えていた。

 私が臣下としてずっとこの家に住みたいといっても、いつか結婚しなければいけないのならば、絶対に出ていかねばならない。しかし、相手がリクハルドであるのなら、仕事に理解はあるし、同じように同じ主に忠誠を誓っているし、自分の子供を公爵家に仕えさせることもできるだろう。同じ使用人というのは盲点だったが、なかなか良物件ではないのか。


「ね、ほらエリーちゃんだって納得してるわよ!」

「え、ええ!?本気なの!?」

「私は構いませんよ、お嬢様にお仕えできるのなら。リクハルドが嫌ならばいいですが」

「ぼ……僕も、嫌じゃ、ないけど……!」

「やったぁ!なら決定ね!」

「でも、それは……!」

「あー、ようやく終わった!って、お母様もいたの!?」

「あ、ヴィーちゃんお邪魔してるよ〜!」



 こうして大分熱中して話していた婚約話は、お嬢様の訪れによってなあなあで終わり、てっきり消えたものだと思っていたのだが。



***



「いやぁ、嬉しいよ二人が婚約だなんて!これでウチは安泰だな!」

「本当っ!?もう、二人ともなんで教えてくれなかったの~!?」

「うふふ、私ってば恋の助け船をしちゃったかしら?!」

「おめでとう、エレノア!リクハルド!」

「おめでとう!」

「お幸せに!」


 ぽかんとする私とリクハルドを置いてけぼりにして、周りはすっかり祝福ムードに入っていた。


「サフィから二人が婚約を決意したって聞いてね、すぐに書類を作ったよ!」


 そういって旦那様は、見せびらかすように一枚の紙をかざした。そこにはしっかりと、リクハルドと私が婚約をかわした旨が書かれていた。


「な、な、な……!!」


 リクハルドは、目を大きく見開いて、真っ赤になって口を開閉しつつ言葉を失っている。彼も知らなかったのだろう。仮に他に想い人が居たのだとしたら、気の毒だ。


「ごめんなさいね、嫌な女と婚約なんてさせられて」


 そう言えば、リクハルドはぶんぶんと首を横に振った。


「そ、そんなことない!僕、エリーと婚約できて嬉しいから!!」


 そっと私の手を包むように掴んで、リクハルドはそういった。その手の震えや温度から、かなりの緊張や興奮、喜色を感じられる。

 よかった、流石に友人と思っていた人に真向から拒絶でもされれば傷付く。そっと私は息を付いた。

 それに、自分だって、彼との婚約を望んでいたから。



「……よかった。私も嬉しい」

「え、エリー……それって……!」

「リクハルドもずっと公爵家(ここ)に勤めていたいってことでしょう?」

「え」

「一緒に頑張りましょうね」

「……」



 そういって微笑むと、何故だかリクハルドはがっくりとうなだれた。はて返答を間違えたか、と首をかしげると__周りからどっと笑いが漏れた。



「あははは!流石、一筋縄じゃいかないな!気は落とさないようにね、リクハルド少年」

「……わかってます……」

「うふふ、エリーちゃんてば……でもそこがいいとこよね、エリーちゃんはずっとそのままでいてね?」

「なんのことでしょう?」



 そうして、九歳の夏、私とリクハルドは、従者同士で婚約関係になった。


 これは後に知ることになるのだが、元々旦那様は早く私とリクハルドを婚約させたがっていたらしい。

 魔力をもつ人間は、同じくらいの魔力量で無いと子供が出来ないという。しかしそれは半分迷信で、本来は魔力差があるとお互いの魔力が上手く染まらず、同調するのに年月が必要なのでそう言われているだけだ。年月が必要なだけで不可能ではない。だから、幼いうちに魔力交流をしておけば、ある程度魔力量に差があろうとも同調が可能だ。そのため、まだ八歳のうちからでも私達を婚約させ、慣れさせていきたかったらしい。

 それに、魔力持ちである私やリクハルドは、魔力を持たない平民には相手がいない。お互い以外に探すのであれば貴族相手になる。しかし、一使用人の平民が貴族の相手には成り得ないし、仮に出来たとしても公爵家からは出ることになってしまうだろう。

 だからこそ、リクハルドと私は、お互いにお互いが一番都合のいい相手なのだ。



***



「上手くいったね、流石は私のサフィだ」


 中央でもみくちゃにされながら祝福を受けるリクハルドとエレノアを見、満足げに頷く公爵の横で、夫人は「そうね」と頷いた。


「でもねえ、私、あのこと(・・・・)を抜きにしても、二人には幸せになってほしかったから、本当に嬉しいの」

「ああ……私もだ」


 もみくちゃにされながらも嬉しそうに笑んでいる少年を見て、公爵も笑を零す。彼がリクハルドを拾った理由は多少なりとも他意があってのものだったが、生真面目で努力家の彼を、公爵もすっかり気に入っていた。

 それはエレノアも同じで、いろいろと本人の知らぬところで面倒な位置に押し込んでしまったが、公爵夫妻は本心から彼女を実の子供のように愛していた。



「あの二人には、ずっとあのままでいてもらわないとね」


 それがこの世界の平和に繋がるから、と、公爵は呟いた。




 エレノアがこの婚約の真意に気付くのは、またずっと後の話。


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