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食べたらなくなる

いつも通り炬燵の上にお弁当箱を置くと、祖母はちゃんと覚えているとばかりに使いもしないお財布から一万円札を出し、美夜の前にすっと出した。

それは小さい子とかるたをする時に、その子の前にそうっと札を動かしてやる手つきに似ていつになく優しい。


「ありがとう」

「苺、こんなにいいから食べたら」

「家にもあるから大丈夫だよ、今日ケーキもあって食べるものいっぱいあるから」

「プチトマトこんなにいらないんだけど」

「今日おいなりさんと鶏のから揚げしかないよ、野菜プチトマトしかないから食べて」

「おいなりさんに野菜入ってるからいいのに、お母さんに山椒ちりめんもっと入れてって言っといて」


祖母は明日の分のお弁当箱を開けて、あからさまに不満そうな顔をしていった。

祖母は一切食事の用意はしないので、夕食と朝食の分を美夜は運んでいる。

お昼はパンとかお菓子と牛乳で済ませている。

お母さんはお仕事がお休みにの日にペットボトルのお茶とかお水とかお菓子やパンを届けている。

祖母は掃除は一切手伝わせない。

年末の大掃除だって一人でやるし、こっそりお庭の草むしりもしてるし、お風呂のお掃除も毎日している。

お湯すら沸かさないのに変な人。

祖母は母が持ってきた栗どら焼きを美夜にくれた。

いらないということなのか、誕生日プレゼントにお金だけじゃいけないと思ったのかわからないが、ダッフルコートのポケットに入れた。


「おめでとう」

「ありがとう」


祖母がおいなりさんを食べ始めたので美夜は「帰るね」と言い腰を上げた。


「明日鯵の南蛮漬けが食べたい」

「言っとく」


美夜は玄関に置いておいた青い花柄のお弁当包を手に取った。

お母さんから佐藤さんにと渡されたものだ。

スーパーのポイントカードを作った佐藤さんはここ三日間はスーパーで売ってる、貰ってもそんなに恐縮しないで済むお菓子ばかりくれるようになった。

それでも毎日くれるから、この間のハーゲンダッツのこともあるからとお母さんに持っていくように言われた。

家のおいなりさんは具が沢山入っていて美味しい。

美夜はおいなりさんが大好きでお誕生日といえば毎年おいなりさんと鶏のから揚げで、今日はケーキも食べられるし、苺もある。

昨日からずっと楽しみだった、早く七時にならないかなとそわそわする。

佐藤さんの家のチャイムを鳴らす。

二回目だからもう緊張しない、佐藤さんが出てくるまで少しかかった。


「ごめんね、二階にいて」

「いえ、すみません、これ」


佐藤さんからお弁当包だけ返してもらうと、百円ショップの透明なタッパーからおいなりさんが見えて、佐藤さんの綺麗な顔が淡いピンクの花びらが綻んだように見えた。


「おいなりさん?何かお祝い事?」


鋭い。まあおいなりさんって何もなかったら食べないか。

家は家族全員大好きだから誕生日じゃなくてもお母さん作ってくれたりするけど、基本的にはそうだよね。


「いえ、何でもないです」

「そう?から揚げもある。嬉しいな。揚げ物って面倒だから自分じゃやんないし」

「塩麹から揚げなんですけど、大丈夫ですか?」

「へえ、楽しみ。ありがとう。お母さんにお礼言っといてね」

「いえ、そのー、いつも貰ってばっかりなので」

「それは気にしないでほしいんだ。スーパーって楽しいよね?見てるだけで嬉しくなるよ」


こんな田舎のスーパーで?

東京の方が珍しい食材とか香辛料とか売ってて、見てるだけで一日潰れちゃいそうなスーパーいくらでもありそうなのに。

佐藤さんはちょっと待っててと言うと、右のお部屋に入り、赤い箱を携え戻って来た。

今日はシルベーヌ。

小さなチョコレートのケーキで上にチョコレートで包んだレーズンが乗っている。

知らないはずなのに誕生日をお祝いしてもらったようで、やっぱり嬉しい。


家に帰ると姉二人が台所で立ったまま、おいなりさんを摘まんでいた。


「私の誕生日だよー」

「だからケーキ買ってきてあげたってばー、冷蔵庫見て見なよ」


優ちゃんに言われ冷蔵庫を開けると大きな白い箱が入っていて、スーパーのケーキなら同じ値段で二個買える、でも彦根で一番美味しいケーキ屋さんのシールが貼ってあった。


「すごーい、買ってきてくれたの?」

「ちゃんとモンブラン買ってきてあげたからねー、今日は美夜だけ二つ食べてもいいよ」

「二個も?高かったでしょ?」

「ま、誕生日だし、毎日お菓子貰ってきてくれるし」


ここ数日佐藤さんがくれるお菓子が庶民的になったため、姉二人は佐藤さんは美夜にお使いのお駄賃替わりにお菓子をくれているのではという結論に至った。

佐藤さんのために何かしてるわけではないけど、お婆さんのお家に食事を運んでいる感心な娘と言うことで、その行動を健気に思ってお菓子をくれるのだと。

佐藤さんが滋賀県なら至ることろのあるが東京には一軒たりともないスーパーのポイントカードを作ったことで、当分こちらに腰を落ち着けて生活するのだろうと推測され、佐藤さんの正体に関しては一先ず掘り下げることはなくなり、美夜の家では取りあえず少し変わったイケメンと認定された。


おいなりさんと鶏のから揚げと、とうもろこしたっぷりのサラダを胡麻ドレッシングで食べた。

好き嫌いはないし、お母さんのご飯は何でも好きだけど、好きなものばかりを食べられる誕生日はやっぱり嬉しい。

いつもならケーキを貰ったり買ってきたりしたら、姉達が先に欲しいものを確保しちゃうけど、今日は一番に選ばせてもらえるから、モンブランと苺のショートケーキにした。


「幸せー」


美夜は一口モンブランを口に運ぶと噛みしめるように言った。


「食べちゃうの勿体ないよー、飲み込みたくないー」

「何言ってんだか」


木苺のタルトを食べながら恭子が呆れたように言った。

シュガーパウダーのかかった木苺が食べられる宝石のように見え、美夜はそれも食べたかったと思い、ついじとーっとした目でテーブル中のケーキを見渡した。


「だって食べ終わるの寂しいー、永遠に食べていたいー」

「食べ物は食べたらなくなるからいいんでしょ、あとくされなくて」


優子の発言に美夜はケーキから目を離した。

何故だかそれが、佐藤さんの核心な気がして、不思議だけど少しだけ佐藤さんのことが分かったような気がした。

















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