足長おじさん
「ハーゲンダッツおじさん?」
「お兄さん、そんな年の人じゃないよー」
美夜は昼休み友達の小林花恋に佐藤さんのことを打ち明けた。
ひなあられを貰った次の日、佐藤さんがくれたのはガルボだったため、花恋に話す気はなかったのだが、昨日佐藤さんは美夜にスーパーの袋一杯のハーゲンダッツをくれた。
現在流通している全てのミニカップを一つずつ。
今美夜の家の冷蔵庫にはぎっしりとハーゲンダッツが詰まっている。
こんなことはお正月だってお誕生日だってあり得ない。
これは最早事件だ。
美夜は佐藤さんとのこれまでを説明した。
花恋は黙って聞き終わると細い顎に指をやった。
それだけで美人度が増した気がする。
何故か背まで伸びた。
座っているから足が。
佐藤さんの足は昨日確認した。
ちゃんとあったから幽霊ではない。
ただし足のある幽霊もいるらしいから、佐藤さんが幽霊である確率は今だ零じゃない。
まあ、殺人鬼佐藤さんよりは確立として上な気がする。
どうしたって佐藤さんには赤い鮮血が似合わない。
穏やかな海のような青、生命の根源、それは母性を思わせる還っていく光のような塊。
佐藤さんにはそういう力強さ、前向きさがある。
「変な人だね」
「変かな?やっぱり」
「うん、でもお菓子くれたからって、そのでっかいおっぱい触らせろっていうわけじゃないんでしょ?」
「言ったら通報じゃないの?」
「触んなくても、言うだけでセクハラか、そうだよね、そうなるよね」
「うん、多分」
「毎日お菓子くれて、立ち話して終わりなんでしょ?」
「うん」
「何かしてくれって要求されたこともない」
「うん、全く」
「変だよ、おかしい」
「そうだよね」
「おかしいけど、くれるっていうなら貰っておけばいいんじゃないの?」
「うーん、そうだけどー、ハーゲンダッツだよ、自分で食べない?誰にもあげたくなくない?」
「あげない、絶対」
「でしょー」
「子供好き、とか」
「子供かー」
「美夜ちっこいし、巨乳だし」
「いつもコート着てるよー、わかる?」
「じゃあ、田舎者が珍しいんじゃない?」
「それかなあ」
「足長おじさん?」
「足は確かに長いけどー」
「違うわよー、童話にあるでしょ?」
「あったっけ?」
「あるわよー、何だったっけ」
花恋が思い出そうと黙り込むと騒がしいさと底抜けの陽気さが美味い具合に融合された、取り柄は何処でも寝れるところですと自己紹介で言いそうな少年がやって来た。
神谷巧。
花恋ちゃんの彼氏だ。
「かーれんー」
「どうしたの?巧がうちのクラス来るなんて珍しい」
いつもは巧のクラスに二人でお邪魔していて、巧が美夜達のクラスに来ることは余りない。
花恋と美夜は幼稚園から今日までずっと同じクラスだ。
巧と花恋は家が近所で所謂幼馴染という関係だ。
美夜達にとって幼馴染と言うのは、家が最低でも同じ町内であることだと思っているので、幼稚園からずっと一緒でも美夜と花恋達は幼馴染にカウントしない。
巧はいつも通り親友の上川繭を連れている。
繭は無口で無表情。
巧とは正反対だがそこが良かったのか、二人は幼稚園から一度もクラスが離れることなく今日まで来ている。
繭は昼休みもマメにゲームに勤しんでいるのでスマホから目は離さないが、きちんと巧に付いてくる。
二人にベタベタとした友情を感じさせないのは、繭が冷却装置のように機能し、巧の熱を限界まで下げてくれるからだと思う。
「何の話してんの?」
「巧、足長おじさんってどんな話だったっけ?」
「えー、知ってるよー、何だっけ、お金持ちの足長おじさんに学費出してもらって、最後結婚するんじゃなかったっけ?」
「文通するんだよ」
「文通?繭よく覚えてんな」
「毎月文通することが条件で学費出してもらうんだよ、で最後結婚する」
「結婚するのは合ってるんだ?」
「うん」
「ねえ、足長おじさんって日本のお話だっけ?」
「主人公ジュディ」
日本の小説なら読めるかもと思い聞いてみたが繭はミステリーの犯人の名を教えてくれるように言った。
「なあ、花恋。何で足長おじさん?」
花恋が二人に佐藤さんのことを説明した。
特にイケメンだというのと聖母系であることを強調して。
「イケメンでハーゲンダッツ山ほどくれて、何の見返りも求めないなんて、何なの?よっぽど人間できてんの?菩薩?」
「ただ単にこれから見返り求めるんじゃないのか?」
繭がまるでそうなることが当然であるかのように言った。
「怖えよ、そんなことねーだろ、ただの子供好きのお兄さんじゃねえの?」
「美夜そこまで子供じゃなないだろ?ロリと言うにはとうが立ちすぎてるぞ」
「そうなんか?」
「ああ、美夜はロリじゃないから、そのイケメンはロリコンじゃない、安心していい」
「繭がそう言うなら大丈夫だな」
「あのね、そう言う話じゃないから、そういうことで悩んでるわけじゃないから、そもそも悩んでないしー」
「じゃあ、何の話してんの?」
「うーん、不思議、な話?」
「確かに不思議。まあ変人であることは間違いなさそう」
「でもそのうち消えちゃうんじゃね?」
「どうして?」
「だってさー、一生彦根にいる気じゃないんだろ?」
「うーん、どうなんだろう」
「さよならも言わずにさー、去っていくんじゃね?美夜の初恋だけ泥棒して」
「最後手紙だけ届くんだよな」
「手紙?」
「この手紙が届くころ僕はもうこの世には、っていう書き出しで始まるんだ」
繭はスマホから目を離していないが、声には通常の倍熱がこもっている。
「そんなんじゃないよー」
「だってすっげーイケメンなんだろ?好きになっちゃったりしね?」
「しないわよ、美夜は、大丈夫」
「そのイケメンいくつなん?」
「知らない」
「聞かねえのかよ?」
「だって聞く?おいくつですかなんて」
「聞かない、あんまり関わりたくないし」
「美夜が気になってないならいいけどさー、あれ、つーか、何を気にしてるんだっけ?」
「ハーゲンダッツくれたのだろ?」
「お姉さんの言うように買い物依存症なんじゃないの?」
「プレゼントしたくてたまらない病なんじゃね?貢の大好きとか?」
「ベつにいいだろ、お菓子じゃなくてアイフォンカードになったら恐怖を覚えたらいいんじゃないか」
「それ、嬉しくね繭?」
「嬉しい、喜んで毎日お喋りする」
「繭が?想像できねえー、何話すの?」
「ゲームの話」
「それ相手選ばね?自分がやってないゲームの話とかされてもさー」
「誘えばいいだろ、一緒にゲームやりませんかって」
「だってさ、美夜ゲームしましょうって言ってみたらどうだ?」
「巧、美夜は仲良くなりたいわけじゃないんだから」
「仲良くなりたいわけじゃないけど、話すのは嬉しいんだよね、顔見てるだけで何か得した気分になるっていうか、ご利益有りそうっていうか」
「仏像?」
「繭、仏像って、仏像系男子?新しくね?」
「新しいな」
「確かに光属性だけどー」
「何の見返りも求めてないなら無償の愛ってことでいいんじゃねえの?」
「巧、話大きすぎない?」
「ただ単に金持ってるだけなんじゃないのか?」
「資産家かー、どうなの?」
「知らないよー」
「お菓子ポイントが貯まりに貯まったら交換してくれっていうかもしれない」
「繭、どういうこと?」
「美夜への貢献度をそのイケメンは貯めてるんだよ」
「どんな貢献だよ、太らすとか?」
「さあ」
結局昼休みはずっと佐藤さんの話をしてしまった。
最近佐藤さんの話ばかりしている気がして、平謝りしたい気持ちになった。
家に帰り祖母の家に行くとキウイが食べたいと言われたのでお母さんに言っとくと言いお弁当を置いて家を出て、自転車にまたがると佐藤さんに声を掛けられ、しょうがはちみつのど飴を貰った。
不思議なチョイスだと思っていると昨日スーパーのポイントカードを作ったと言われた。
中学生から作れるため美夜も持っている、恐らく彦根市民のほとんどが持っていると思われる黄色いポイントカード。
その話を聞いて、美夜は思った。
新しい佐藤さんネタが追加されたなと。
隣の聖母系極上のイケメン佐藤さん。
平和堂のホップカードを作る。




