薔薇寿司
祖母に薔薇寿司を届けると一言大学芋と言われ昨日お母さんに言うのを忘れていたことを思い出したので、忘れたらいけないので、急いでラインした。
佐藤さんのお家のチャイムを押すのは少し緊張した。
他人からの手作りがダメな人かもしれないし、あげるのは好きでも貰うのは嫌いかもしれない。
受け取って貰えなかったら、持って帰ったらいいだけだけど、何か悲しい。
自分が作ったわけじゃないけど。
「どちら様ですか?」
「すみません、佐藤です。お隣の」
正確にはお隣ではないけれど。
ドアが開くと黒いタートルネックのセーターの上にグレーのカウチンセーターを着た精霊が現世で正体を隠して暮らしているような美しすぎる成人男性が立っていた。
「美夜ちゃん、どうしたの?」
佐藤さんは少し戸惑っている様に見えた。
でも迷惑だと言う顔ではないと美夜には思えた。
ここは一気に言っちゃおう。
「あの、すみません。これ」
ピンクの花柄のお弁当包に包まれたお母さんが返してもらう必要ないようにと百円ショップで買った透明のタッパーを両手で差し出した。
「あの、薔薇寿司です。今日お雛祭りだから、その、お菓子のお礼です。お口に合うかわからないですけど」
「ありがとう、ごめんね。気を使わせて」
「いえいえ、そんな、あの、その」
「うん?」
「手作りとか大丈夫な人ですか?」
「うん、嬉しいな。手作りのお寿司なんて久しぶり」
「本当ですか?」
「うん。今日は早いんだね、美夜ちゃん」
「はい、今日お母さん薔薇寿司しか作らないので」
「そう、お雛様は出したの?」
「いえ、小学校までは出してたんですけど」
「そうなんだ」
佐藤さんは何か言いあぐねている様に見えたけど、それは一瞬のことだった。
ちょっと待っててと言うと、玄関からすぐの右のお部屋に入るとピンク色の袋を携えすぐに出てきた。
「これ、今日美夜ちゃんが来たら渡そうと思ってたんだ」
「ひなあられ」
「うん、でももう高校生だし食べたりしないかな?」
「いえ、何でも食べます、ありがとうございます」
「そう?ホントに?」
「はい、ひなあられ大好きです」
「ごめんね、スーパーに行ったらさ、つい、ね」
「いえ、もう買ってもらえないので、嬉しいです」
「買ってから気づいたんだけど、ケーキとかの方が良かった?お雛様が乗ってるやつ」
「いえ、ケーキは」
来週誕生日なので毎年ひな祭りは食べないんですと言いそうになったが、何とかすんでのところで言わずに収めた。
言えば間違いなくお祝いしてくれるだろうし、それこそプレゼントくださいと言っているようなものだ。
お菓子が労せず泉のように湧き出るなんて夢みたいな話だけれど、夢物語の反動は怖いもの。
楽して美味しいものを手に入れようなんて図々しい。
でも、今日薔薇寿司味見したし、うちわで扇ぐの手伝った。
「ケーキは、もういい?」
「いえ、ケーキはいくらでも食べれますけど、今日は薔薇寿司をお腹いっぱい食べる日なんです、お父さんが大好きで」
「そうなんだ、皆甘いもの好き?」
「はい、皆好きです。お婆ちゃんも好きなんです。一人でぺろっと羊羹一本食べちゃったんですよ」
「そうなんだ、良かった。喜んでもらえて」
「はい、皆喜んでますけど、あんなに頂いたら申し訳ないので」
「気にしないでほしいんだ、俺が食べれないから食べてもらってるだけだし」
「そうなんですか?」
「うん、買うのが楽しくてさ」
佐藤さんは屈託のない顔で笑った。
その顔は正直で素直さに溢れていて、依存症と呼べるような目に見えない体内に巣食う病を感じさせるものではなかった。
寧ろ善なるものに溢れていて、こんな美しい人の話を三面記事にすり替えるのは良くないと思い、今日は絶対佐藤さんの話はすまいと心に誓い帰ったけど、ひなあられを貰ったことを隠すわけにはいかず、結局今日も薔薇寿司を食べながら佐藤さんの話になった。
「ひなあられなら、貰っといてもいいんじゃないの、二百円くらいでしょ?」
今日は恭ちゃんが夜勤で家にいるのは優ちゃんのほうだ。
「まあ、そうね。お隣さんなんだし」
「そうかなー?」
「何嫌なの?それよりお家どんなだった?」
「玄関しか見てないよ、すぐ階段があってー、お部屋が二つあったけど、閉まってたし」
「誰かいる気配しなかった?」
「誰かって?」
「誰か監禁してるとか」
「あるわけないよー、変な人にしないでよー、そんな野蛮な人に見えないよー」
「それは見えないわよ、何て言うか、育ちがよさそうだもの、ねえお父さんお隣さんって何やってた人なの?」
お母さんがテレビを見ているお父さんに話しかけたけど、お父さんの答えは確か亡くなったお爺さんは市役所に勤めていたと思うという大して面白くもなんともない話で優ちゃんを満足させるものではなかった。
「東京からさー、スーツケースに入れて女の子運んできたとか」
「どうしてそんなに犯罪者にしたいのー。そんな人じゃないもん」
「だってただお菓子くれる人っておかしくない?美夜あんた何か見てない?」
「見てないよー」
「だってさ、まだ早い時間だったのに、お茶でも飲んでかない?って言われなかったんでしょ?家に見せたくないものでもあるんじゃないの?」
「ないでしょー」
「あるわけないでしょ、馬鹿ねえ」
「一人で住むには広すぎじゃないの?確かお庭もあったよね?」
「あったわね、でも不思議だけど、あの家お婆さんがいなくなってから誰も住んでないはずなのに、お庭綺麗だったわね、草むしりちゃんとしてあったから草ボーボーになってないし」
「ねえ、その佐藤さんってホントにそのお家のお婆さんの孫なの?」
美夜は殺人とかこの世で起こり得ることは想像できなかったけど、この世ならざる者なら想像できた。
佐藤さんの綺麗さは幽世特有の物なのかもしれない、そう言われると佐藤さんに足はあっただろうかと思い出そうとしたけど、長い脚の印象はあるのに、足の先の印象がまるでない。
「幽霊ってこと?」
姉の考えていたのは美夜とはまったく違う次元の話だった。
それはそれで面白いけどと前置きして優ちゃんは持論を述べ始めた。
「佐藤さんはさー、本当の佐藤さんじゃないわけよ、本当の佐藤さんを殺して、自分はまんまとあの家の孫になりきるわけ、だってお婆さんしかいないんでしょ?あの家、お婆ちゃんちの周りってお年寄りが多いし、近所づきあいもあんまりないじゃない?空き家もどんどん多くなってるし、現にお向かいさん空き家だし、佐藤さんの家はじっこで、隣家だけじゃない?他人に成りすますとか簡単じゃない?だって誰も知らないじゃない?佐藤さんのお孫さんなんて、お父さん知ってた?」
「知らないな、まあ家はお婆ちゃんがあんな人だったから、昔からご近所づきあいとかなかったし、確か息子さんがいたはずだけど、お孫さんならその人の子なんじゃ」
「息子さんって、施設にいるお婆さんの?」
「ああ、確か京都でお医者さんしてるって聞いたような」
「佐藤さんは医者の息子。でも美夜にお菓子くれる佐藤さんはお医者さんではない、これは」
「これは?」
「何かありそうじゃない?江戸川乱歩的な」
「ごめん、わかんないよー」
「そういえば美夜、嵐が丘読めたの?」
まだ聞かないでほしかった。
まだ一ページも読めていない。
「ごめん、まだ」
「別にいいけど、何で本何か読みたいって言ったの?」
「ちょっと、ね」
「ふーん」
「ねえ、優ちゃん。どうやったら読めるかな?」
「読めばいいだけでしょ、簡単じゃない。難しい言葉とか別に出てこないし」
「そうかなー?」
「そうよ、もう読めってそれしかないわよ」
「字がさ、詰まってるんだよー、あんなに詰まってちゃ読めるものも読めないよー」
美夜がもはや飾り立てすることなくこれ以上の要因なんてないよとばかりに自己弁護すると姉はひなあられを開け心底呆れたように言った。
「当たり前でしょ、本なんだから」




