君のことが好きです
美夜ちゃん。
俺は君のことが好きです。
好きだと思います。
多分好きなんです。
でも本当にそうなのかがわからないんです。
俺は生まれてから今まで誰もことも好きではなかったと思います。
高校の頃から今まで何人かの女性と付き合いました。
一緒に暮らして、結婚をしようというより、するんだろうなと思った女性もいました。
でもその人のことを好きだったかというと好きじゃなかったと思います。
その人の顔を思い出しても何とも思えないからです。
美夜ちゃんは高瀬君の顔が好きだと言っていましたね。
俺は生まれてから今まで誰の顔も好きだと思ったことはありません。
でも美夜ちゃんだけは例外です。
美夜ちゃんの顔を可愛いと思います。
ずっと見ていたいとも思っています。
でもそれが本心かはわからないんです。
自分のことなのに可笑しいですね。
ずっと空想の世界で生きてきました。
最初に書いた小説は所謂夢小説で、小学校四年生くらいだったと思います。
キャラクターとの恋愛というよりは仲間になって一緒に戦う物でした。
俺ならこのキャラクターこう動かすのにとか、俺ならこんなこと言わせないのにとか、そんなことです。
そのうち自分の考えたキャラクターばかりになり、オリジナルの小説を書く様になりました。
いつも絶えず頭の中で誰かが会話していました。
テレビを見ても漫画を読んでもゲームをしてても。
誰かが必ず何か言いだすんです。
回想の時もありました。
ひたすら自分の心情を吐露している時も。
殺人の記憶、これから死にゆく者の最後の告白、そういったものに凝っていた時期もあります。
老若男女いくらでも思いつきました。
そうしている間に俺はいつからか、誰と話していても、この話小説でしたいなと思うようになりました。
別に他愛のないこと、セリフでも登場人物に言わせたいと思うようになったのです。
でも美夜ちゃんには違います。
美夜ちゃんには何でも話したいと思いました。
思いついたこと何でも。
俺は美夜ちゃんを見ていると楽しいんじゃないかと気づきました。
でも考えれば考えるほど、それが本当にそうなのかわからないんです。
美夜ちゃんに癒しを見出している自分は、ただそういう気分なだけなのではないかと。
人生に疲れた作家が田舎に隠遁して、その地で出逢った年の離れた少女と出逢い、人生をやり直すと言った物語に浸っているだけなのではないかと。
美夜ちゃん。
遂書きたくなります。
遂呼びたくなります。
いい名前です。
同じ名前の女性が出てくる小説があります。
俺は今日まで美夜ちゃんに言いませんでした。
初めて会った時言わなかったのは美夜ちゃんに読んでほしくなかったからです。
円地文子先生の「女坂」という小説です。
名作ですが、逃れられない男女のことが血がしたたり落ちる様に全編に渡り描かれています。
その苦しみたるや。
確かにこれが文学なら俺の小説は文学じゃありません。
本当の苦しみを一度も俺は書いてないのです。
表面だけの薄っぺらい。
痛みなんかないもの。
会社を辞めてすぐ一緒に暮らしていた恋人と別れました。
俺は彼女に何の不満もありませんでした。
彼女は俺が勤めていた会社の同僚です。
結婚するんだろうなと思っていました。
でも振られました。
最後に彼女に言われました。
貴方は私のことちっとも好きじゃなかった、と。
その通りでした。
俺は彼女のことが好きじゃなかったと今ならわかります。
彼女を見て嬉しくならなかった。
彼女を思い出して笑ったりしなかった。
一緒に食事をしても美味しいと思わなかった。
何より俺が読んだ本を同じように読んでほしいと思わなかった。
俺は美夜ちゃんに俺が読んできた本を読んでほしいと思ってしまいました。
よく言いますね。
好きな人の中に入ってその目から自分を見て見たいって。
俺は美夜ちゃんの中に入りたいとは思いません。
美夜ちゃんが俺のことをどう思っていようがさほど気にならないのです。
だって美夜ちゃんの中に入ってしまえば美夜ちゃんが見えなくなります。
そのことの方が俺には大問題なのです。
俺はただ美夜ちゃんを見ていたい。
どうせだったら美夜ちゃんを俺の中に入れたいです。
体内仏のように、もしくはカンガルーのポッケのように。
大事に大事にして守ってあげたいです。
ありとあらゆる外敵全てから。
でもそれもそう言う小説の気分なのです、きっと。
俺はいつだって主人公を飼っていてヒロインを飼っていて、今きっと人生にくたびれた作家が主人公の物語が勝手に進行しているのでしょう。
いつだってそうでした。
俺の中に物語がない時がないんです。
絶えず誰かが出入りして、どんどんキャラクターも変わっていきます。
ちゃんと小説になったときには全然違う二人が結ばれていたりします。
面白いですが、本当に面白いのは実は頭の中で実際小説になると面白くなかったりします。
毎日の会話を音声にしてそこから書き起こせたら面白いのが書けるかというと俺は自分の声が嫌いなのでまあそれはいいです。
美夜ちゃんは俺の声も褒めてくれましたね。
綺麗な声だと。
でも俺は自分の声も顔も嫌いです。
どうも偽物だからです。
蓮は偉いと思います。
だって俺の本質に気づいていたんだから。
それとも血が繋がっているからでしょうか。
でも蓮を偽物だと思ったことはありません。
蓮は正直です。
美夜ちゃんのことは特に。
まあ、それは余計なことですから言いません。
此処まで素直に書いてきたつもりですが美夜ちゃんに伝わっているのでしょうか。
読み返したら支離滅裂でとても出せなくなりそうなので読み返すつもりはありません。
小説じゃないのだから。
本当にただ言いたいことを書いているだけなのだから。
美夜ちゃん。
俺は君に逢って君の顔を可愛いと思うようになりました。
これは今まで生きて来て一度も思うことがなかった感情でした。
美夜ちゃん。
君の顔が俺はとても好きです。
君が世界一可愛いと思っています。
おかげで自分が考えるヒロインがまるで可愛く無く思えてきて小説が進まなくなりました。
ヒロインが何か話していても、どんな言葉をかけてくれても、美夜ちゃんが笑って言う美味しいですに敵わないからです。
俺は書いてる本人も偽物で、書いてるものも偽物なんです。
そして今そう言う気分なんですきっと。
小説に行き詰り死を考え少女に救われるという、でもそれなら俺は死ななければならないでしょうね。
何も起きず、主人公とヒロインが結ばれるというのは中々難しいものです。
結局何らかの形で二人の間にすれ違いが生じ、恋の障壁が生まれる。
それを二人が乗り越え結ばれる。
そうしないとお話にはなりません。
それが成立するのは文学だけです。
そして俺の小説は文学ではありません。
だから時間は簡単に巻き戻ります。
死んだはずの少女も生き返ります。
全てが主人公の都合のいいように。
違います。
作者のです。
本当に簡単に好きになってくれます。
何をしてあげたわけでもないのに。
まあでも、何かしてあげたから好きになってくれるはずなんて言うのは、おかしな話です。
人が人を好きになるのに、この人が私にこんなに尽くしてくれたからなんて言うのは死の直前の人間のすることです。
最初から見返りを求めているなら、相手に自分の望む姿でいてほしいと願うなら、それはもう愛ではありません。
本当に愛しているならそんな言葉は出てこないものです。
俺は美夜ちゃんに何も求めません。
だから俺は美夜ちゃんに今まで感じたことのない愛を感じたのかもしれません。
でもそれじゃあ小説が書けません。
美夜ちゃんに逢ってから一行も書けていません。
これほど長い間何も書いていないのは本当に久しぶりです。
東京に帰っても書けなかったらと思うと不安ですが、書けると確信しています。
もう君との会話を想像しなくてもいいのですから。




