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生れて初めて

 美夜ちゃんへ


生れて初めて女の子に手紙を書きます。

安心して下さい。

遺書ではありません。

俺はまだ死ぬつもりはありません。

寧ろ生きていたいと思っています。

上手く書けるかわからないけど、美夜ちゃんに言いたいこと全部書きます。

順を追って話します。


俺が彦根に来たのは死ぬためでした。

俺は自殺しようと思っていたのです。

東京で死にたくはありませんでした。

俺の理想の死に方として、美夜ちゃんは細川ガラシャを知っていますか?

知らないなら調べてください。

細川ガラシャのことを書いた小説は沢山ありますが、俺は司馬遼太郎先生の「胡桃に酒」が一番うまく客観的に書けていると思います。

彼女のように屋敷ごと吹っ飛べたらと思い、彦根の祖母の家を思い出しました。

本当に死ぬつもりだったんです。

美夜ちゃんに会うまでは。


美夜ちゃんは憶えていますか?

俺は憶えています。

初めて会った時美夜ちゃんは俺が持ってきたとらやの羊羹を喜んでくれました。

今思うととらやの羊羹を何で買ったんだろうと不思議です。

だって俺は死のうと思って彦根に来たのに。

きっと俺が自殺することで隣の家にも多少の迷惑がかかると思ったのでしょう。

美夜ちゃんに会うまでのことはもう憶えていません。


美夜ちゃんがとらやの羊羹をすごく喜んでくれたことで、俺はもう一度美夜ちゃんに喜んでほしいと思ってしまいました。

美夜ちゃんの喜ぶ顔が見たくて仕方がなかったのです。

次の日もその次の日も美夜ちゃんは俺がお菓子を渡すたび嬉しそうにしてくれました。

毎日美夜ちゃんが来るのを待つのが楽しみでした。

死ぬのをもう少し待とうと思いました。


そのうち美夜ちゃんが本を読んでくれるようになりました。

美夜ちゃんは言いましたね。

勝手に連れて行ってくれると。

そんなこと言ったのは美夜ちゃんが初めてです。

それは拙い言葉でした。

美夜ちゃんは思ったままを口にしただけなんでしょうけど、俺が言いたかったこと、求めていた言葉だったような気がします。


美夜ちゃん。

俺は作家です。

しかもそこそこ売れています。

この間まで兼業作家だったのは食べられないからじゃなくて、一日中何かを書いているという生活が少し怖かったからです。

俺は中学生からずっと片手間といったら可笑しいけれど、休みの日や空いた時間に小説を書くと言う生活をしてきました。

俺からしたら小説を書くと言うのは読書以外の時間を潰す方法でした。

逆に言うと書かなければ何をしていいのかわからないんです。

それくらい習慣になっていました。


俺はいつも小説を書いている時、これを書き終わらないと死ねないなと思って生きていました。

書き終わったら死ねると。

でも書いてる途中必ずと言っていいほど違う話が書きたくてしょうがなくなりました。

だからいつも、これを書き終えたら新しいの書けると思い書いてました。

書きたくて書きたくてしょうがなかったんです。


でももう書きたいものが思いついてもそれが果たして面白いのかわからなくなりました。

書いても書いても面白いのかわからない。

美夜ちゃんは言いましたね。

夏目漱石は今でも生きていると。

俺もそう思います。

夏目漱石は運慶になれたんです。

俺は自分が書いたものが自分の死後読まれるとはとても思えません。

アニメ化もされたマジョプリだけは例外ですが、あれはもう俺の手を完全に離れています。

君の名前だけはが流行った年、文壇の今年の三冊という文芸誌の企画である有名な作家さんが俺の君の名前だけはを出して言っていました。

これは文学ではないが、今求められているものなのだろう、と。


俺は何度か文学賞にノミネートされたことがありますが、そのたびに文学ではないと言われました。

俺としてはマジョプリ以外はラノベではなく一般の文芸誌に載るような小説を書いていたつもりでしたが、どうしてもそうじゃなかったようです。

別に賞がどうしても欲しいわけではありません。

本が売れてほしいともそんなに思っていません。

俺はもうこの先働かなくても一生生きていけるくらいのお金があります。

それは両親が残してくれたものです。

俺と蓮のことですが、俺と蓮は異母兄弟です。

俺と蓮が初めて会ったのは蓮が九歳、俺は二十二歳でした。

蓮の母親は俺の父の愛人でした。

父と蓮の母親が結婚できたのは俺の母が亡くなったからです。

俺の父は婿養子というわけではなかったのですが、母の実家がお金持ちなせいか、いつも母に遠慮している様に見えました。

まあ大人しい性格のせいでしょう。

父は医者でした。

蓮の母親は昔父が勤務していた病院で看護婦をしていました。

不倫です。

よく誰にもばれなかったと思います。

母は心筋梗塞で急死したのですが、それがなかったら父は一生蓮の母親と結婚しなかったと思います。

父は俺の母が亡くなって一年後蓮の母親と再婚しました。

初めて蓮に会った時蓮は俺のことを胡散臭そうにじっと睨んでいました。

蓮の母親は綺麗な人ですが、地味に見えとても不倫をするような女性には見えませんでした。

父と関わったばかりに普通の結婚が出来なかったのかと思うと気の毒の思います。

結局父は再婚して一年後俺の母と同じ心筋梗塞で亡くなりました。


罰が当たったのだと俺は思いませんでした。

俺の母は間違いなく知らずに死んだでしょうし、このことだけは確信しています。

俺の母はお嬢様らしい高慢さを少し持ち合わせていない人でした。

というより無口で余計なことを話さない人でした。

夫婦仲は良かったと思っています。

だから父が再婚すると言いだしたとき(電話でした)驚きました。

父にそんな甲斐性があるとは思わなかったのです。

俺は大学に入ってからは大学の近くで一人暮らしをしていたので、一緒に暮らしたわけではありませんが、父は最後の一年幸せだったと思いますと火葬場からの帰り蓮の母親に言いました。

そしたら蓮が言いました。

「思ってもいないこと言うな」と。

「嘘つき」だとも言われました。

俺としては思ったことを言っただけでしたが、蓮にはそうは聞こえなかったのでしょう。

蓮には俺が二人を切り離した様に聞こえたのかもしれません。

父が亡くなったことで蓮は母親の実家のある彦根に引っ越しました。

それから俺が彦根に越してくるまで一度も会いませんでした。






























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