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文芸部でラインのやり取りをするようになったけど、話すのは全員がやっているスマホゲームの話と漫画のことばかりで本の話は一切しなかった。

同じクラスだけど高瀬君とは相変わらず教室では話したりしない。

それは蓮も同じだった。

蓮とは佐藤さんの家でしょっちゅう会ってはいるし、ラインのやり取りもしているけど、気を使ってくれているのだろう。

蓮も決して美夜に教室では話しかけたりしなかった。

文芸部も学校一のイケメンが入ったら彼目当ての女子が殺到するかと思いきやそんな展開もなく、弥生の友達だという幽霊部員と美夜達の五人のままで六月になっていた。


「弥生先輩は?」

「歯医者行くって帰った」

「そうなんだ、じゃあ今日部活なし?」

「嫌、俺は続きやるけど」


美夜が図書室に行くといつもは先に来ている弥生がいなくて、高瀬が一人椅子に座り、本とノートを広げていた。

高瀬は今「金色夜叉」を現代っぽい文章にするという作業に勤しんでいる。


「普通に読めないもんな」


夏目漱石の「明暗」を読みながら蓮がポツリと言った。


「そうだね、知らない言葉いっぱい出てくる」

「畢竟とかねんごろとか」

「あー」


美夜は武者小路実篤の「愛と死」に集中したかったのだが、目の前に高瀬がいて、今日は弥生先輩がいない。

蓮はいるが彼は会話にそんなに加わらないから実質二人きりだ。


「高瀬君は、どうして本を読むようになったの?」


聞いた。

ずっと聞いてみたかった。

聞くのに一年以上かかってしまった。


「弥生ちゃんが、半分読めって」

「弥生先輩が?」

「うん、弥生ちゃん家の近所に住んでて、お婆ちゃんがいたんだけど、痴呆症になって、出かけるたんびに本屋に行ってさ、文庫本買って帰ってくるんだ、だから本がどんどん貯まっていってさ」

「うん」

「それだけなら良かったんだけど、夜中に鍵開けて徘徊するようになって、事故にあってさ」

「うん」

「その時は怪我だけで済んだんだけど、それから一年くらいで肺炎になって死んじゃってさ」


清さんだと思ったけど、美夜は言わないでおいた。


「で、弥生ちゃんの家に文庫本が大量に残ってさ、弥生ちゃんのお母さんからしたら介護大変だったし、お姑さんだし、邪魔だしブックオフに売ろうってことになったんだけど、弥生ちゃんお婆ちゃん子でさ、本捨てないでって泣いてさ、でも置くとこないから、俺の部屋に置かせてくれって持ってきて、自分じゃ読み切れないから半分読めって」

「弥生先輩が?」

「うん」

「そんなこと言うように見えないけど」

「女子の前じゃ猫被ってるから。本当はあんな囁き声じゃないし、もっとはきはき喋るよ家だと」

「そうなんだ」

「うん、それで本読むようになった。読みだしたら面白くって」

「そうだよね、面白いよね?」

「うん、面白い。芥川龍之介の歯車読んだときは驚いた」

「驚いた?」

「うん、この人本当に死んじゃったんだなって、本当に死んじゃった人の書いたものだったんだなって」

「えっと、皆死んじゃってるよね?」

「うん、でもこれ書いている間は生きてたんだなって、これ書いて死んじゃったんだなって、ついさっき死んじゃったみたいに感じられた」

「そうなの」

「うん、実際はこれ書いた後も生きてたんだけどね」

「そうなんだ」

「うん、本面白い」

「面白いね」


文芸部は運動部と違い五時には活動を終え皆帰る。

いつもは蓮と肩を並べて帰るなんてことはしないが今日は雨が降っているので気にせず帰った。

傘が全てを覆い隠してくれる。

気づいてしまった。

本当はこの一か月余りで気づいていたけど。

高瀬君が弥生先輩を特別に思っていることを。


「何か食ってかないか?」

「え?」

「まだ早いだろ、お婆ちゃんち行くの」

「雨降ってるし」

「おごってやってもいい」

「いいよー。気使ってくれなくてー」

「何で俺があんたに気を遣うんだ?」

「失恋したから?」

「したのか?」

「多分」

「高瀬に?」

「やっぱり気づいてたんだ、ねえ高瀬君も気づいてたかな?」

「さあ」

「さあって、そんな話したことない?」

「あるわけないだろ、ゲームの話しかしてない」

「気づかれてたかな?」

「大丈夫だと思う。こう言ったらあんたは傷つくかもしれないが、あいつあんたに興味なさそうだったから」

「そうだねー」

「弥生先輩に言われてあんたを勧誘したらしいし」

「えっと、何それ?」

「あんたが第一希望で二組の中島が第二希望だったらしい」

「えっと、そうなんだ」

「まあ早めに終わって良かっただろ」

「始まる前に終わっちゃったんだけど」

「始める前で良かっただろ」

「そうかなあ」

「ああ、つーか、高瀬の何処が良かったわけ?」

「高瀬君?」

「ああ」

「眼鏡」

「は?」

「眼鏡だよ」

「は?」

「眼鏡、私小さい頃から眼鏡かけてる人に弱いの、眼鏡かけてシュッとしてて」

「眼鏡かけてって、取ったらどうなんの?コンタクトにしたら?」

「しないよ、眼鏡だもん」

「何言ってんのかわかんないんだけど、眼鏡かけたらいいわけ?」

「伊達じゃだめだよ。視力いいのにかけるのは違うもん」

「眼鏡かけてる男子他にもいるけど」

「シュッとしてないでしょ?高瀬君シュッとしてるもん」

「わからん」

「本をさー、読んでるのがすっごく絵になって綺麗だったんだよねー、見てるだけで幸せって感じ」

「そう」

「そのままそうっとしておきたいっていうか、永久にしまっておきたいし、保存しておきたい」

「高瀬を?」

「うん」

「あんたには高瀬どう見えてるわけ?」

「どうって、普通だよ、イケメンとは思ってないし」

「じゃあ何で?」

「何でって、単純に好みの問題でしょ、趣味かな」

「あんたあいつの顔滅茶苦茶褒めてなかったか?」

「あいつって?」

「俺の兄」

「佐藤さんは同じ次元にいないから、地上に引きずり下ろすことなんかできないよ」

「なんだそれ、わからん」

「弥生先輩はどうなんだろうね?」

「どうって、どうも思ってないだろ。高瀬だって別に先輩とどうこうなりたいって思ってないんじゃないのか?」

「そうかな?」


もう次の曲がり角を左に行けば家に帰れたけどそのまま真っ直ぐに歩いた。

雨が降っていたのと、この時間に部活が終わる生徒がいなかったから。

そう言う理由にしたけど、本当は蓮と話すのが心地良かったからかもしれない。

雨は当分やまないだろう。

でも彼の声は雨にかき消されない。





















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