勝手に連れて行ってくれる
佐藤さんの家から一時間かかるビバシティへの道を桜を見ながらゆっくりと歩いた。
芹川の土手の満開の桜を写真に撮ろうと美夜は立ち止まった。
「すみません」
「ううん、綺麗だもんね」
「お婆ちゃんに見せようと思って」
「そうなの?美夜ちゃん優しいね」
「毎年撮ってるんですけど、あんまり上手く撮れなくて。でも別に家のお婆ちゃん喜んだりしないんです。テレビで見えるし、テレビの桜の方がずっと綺麗って」
「そう」
「でも、お爺ちゃんが生きてた時ずっとやってたから」
「そうなんだ」
「はい」
青空に桜が美しく映えて美夜は日本に生まれて良かったと思った。
もう暖かいが、素足には早いので今日も黒いタイツにミニスカートで来た。
スタジャンはもういらないから、ブラウスにカーディガンを羽織った。
佐藤さんも同じような格好をしている。
そういえば、佐藤さんの首を見たのは初めてだ。
むき出しになった白い首が何だか心配で、覆うものを用意してあげてほしいと思った。
「こころ、可哀想でした、先生も、Kさんも」
「そうだね」
「後私のお父さんも」
「そうだね」
佐藤さんは苦笑した。
美夜もどう話していいかわからない。
可哀想とか、つらいとか、何も死ななくてもだとか、そんな月並みなことしか言えない。
「俺、あれ読んだとき、死んだ後何にも残したくないなって思って、色々捨てた」
「何をですか?」
「書いてたものとか」
「小説ですか?」
「うん、まあそんなとこ」
「もう作家だったんですか?」
「ううん、書いてたけど、まだデビューはしてないかな」
「勿体ないですね」
「嫌、いいんだ。生きてた痕跡消せたらなって思ったよ」
「そんなこと思ったんですか?」
「まあ、思春期だったからね、中学生だし」
「そう、ですか?」
「うん」
「でも、本っていいですね」
「そう?」
「こんなこと言ったらおこがましいんですけど、私本読むの向いてるんじゃないかなって」
「向いてる?」
「はい、勝手に連れて行ってくれるんです。行きたいとこ言わなくても勝手に。付いていくだけでいいんです。地図見なくても任せてたらいいんです。私スマホで地図見ながら行くの苦手で、だからすごく有り難いです。勝手に連れて行って勝手に終わってくれるから」
「そうなんだ」
「はい」
ビバシティにつくと佐藤さんは本屋さんで仏像の本を買った。
「仏像面白いですか?」
「うん、面白いね」
「私、あれ好きです。手がいっぱいあるの」
「千手観音?」
「それです。だって両手を取られてもまだ手あるんですよ。無敵じゃないですか」
「そうだね」
お昼は美夜が食べたいものをと佐藤さんが言ったのでモスバーガーで食べた。
モスチーズバーガーを美味しい美味しいと言って食べる美夜を佐藤さんは優しく見つめていた。
食べ終わるとサーティーワンアイスクリームでアイスを食べ、ケーキ屋さんでケーキを買い、ビバシティを後にした。
「ごめんね、歩いてばっかりで」
「いえ、歩くの好きです」
「そう」
曲がり角を曲がると佐藤さんの家の玄関が見え、誰かが立っていることが分かった。
背格好から男性だ。
俯いてスマホを見ている、左手には紙袋。
美夜達が近づくと、気が付いたのか顔を上げた。
その顔が驚愕に歪む。
「佐藤美夜、何で、あんたが?」
立っていたのは男の子だった。
パーカーに薄手のジャンパーを羽織っている。
制服じゃないから気づけなかったが、美夜は彼を知っていた。
だがそんな顔をさせるような知り合いではなかった。
そして、そんなその先の答えを聞くことを拒むような声で質問されるほど、彼に関わった覚えなどなく、今この瞬間まで、彼とこんな風に見つめ合ったことなどなかった。
「美夜ちゃん、知り合い?」
「ええと、はい」
肯定したが、本当は知り合いではない。
一歩的に顔と名前を知っているは、知り合いと呼べないと美夜は思っているし、実際世間一般的にいっても、一度も話したこともない人間を知り合いとは言わないだろう。
彼と美夜はそう言う関係だ。
関係なんて言うのもおかしい。
何の関係もない。
「何であんたが?」
彼は美夜を射抜くような瞳で見ている。
中々剣呑だ。
瞳を決して美夜から離そうとしない。
「あの、知り合いっていうか、その、私が一方的に知ってるっていうか」
「え?」
「あの、同じ学校なんです」
「そうなんだ、美夜ちゃん、第一高なんだ」
「はい、そういえば言ってませんでしたっけ?」
「嫌、そういえばそうか、美夜ちゃんちの近くの高校って第一高だけだもんね」
「はい」
「何であんたが一緒にいるんだ」
彼は最早不機嫌さを隠そうともしなかったし、それは質問をするような声音じゃなかった。
彼は明らかに怒りを持っていた。
その矛先が美夜なのが解せないし、何に対しての物なのかさえ解りかねた。
「美夜ちゃん、お隣の佐藤さんのお孫さんなんだよ」
彼はこの答えに無言になったが、瞳は相変わらず美夜から外そうとしない。
「あの、お二人は?」
知り合いなんですか?と言えなかった。
彼の瞳が炎のように揺れた気がした。
顔のいい子の怒った顔ってすごいな、美形度が増す。
美夜は女王陛下の前に差し出された罪人が恩赦を願い出るかのように膝を折ってしまいそうな心境なはずなのに、目の前で初めて対峙した学校一のイケメンをせっかくだから眺めた。
「兄弟」
彼は心底どうでも良さそうに言った。
美夜は隣の佐藤の顔を思わず見た。
「連は俺の弟だよ、名字一緒でしょ?」
「今全員佐藤だけど」
美夜は目の前の彼に視線を動かした。
そういえば、似ている。
何で今まで気づかなかったんだろう。
彼も美夜と同じ黒髪に黒い瞳なのに佐藤さんと同様違った色をしていた。




