何で言わなかったの?
「これ、佐藤さんから、美夜に」
大阪に行ったお土産を渡すからと、祖母の家に夕飯を持っていった恭子が、台所でコロッケの中身だけを食べていた美夜に、キットカットの袋を渡した。
ただのキットカットじゃない、毎日の贅沢と書かれた高くて一度も買ったことのなかった赤い宝石のような一品。
「高いのよね、これ、一回食べて見たかったのよねー、ありがとね、美夜」
「佐藤さんが恭ちゃんに?」
「うん、おかしいのー、ねえ、何で言わなかったの?佐藤さんが朝霧木蔦だって」
「聞いたの?」
「うん、おかしいのよー、佐藤さん、美夜が来たと思ったんじゃない?身長全然違うのにー、お婆ちゃんちから出てー。自転車で帰ろうとしたらさー、お菓子持ったイケメンが立っててさー、まあすぐにわかったけど、ホントに笑っちゃうくらいイケメンだったわー」
「でしょ?」
美夜は自分の作ったものが褒められた様で嬉しくなる。
「うん、ちょっとレベル違って笑う。想像してたのと違った。もう少ししょぼいと思ってた」
「言ったじゃない。聖母系だって」
「確かに言った。美夜間違ってない、キラキラしてた」
「でしょー?何ていうか、綺麗でしょー?」
「うん、でも面白かったよー、顔に出さないようにしてたし、顔に出てなかったけどー、あれは明らかにがっかりしてたよー」
「そんなに?」
「うん、しかし作家であれだけイケメンだと彦根来たのさー、ストーカーじゃない?」
「美夜、粕汁味みて、ストーカーって?」
母が会話に加わり、美夜は粕汁をお玉でお椀に入れた。
「そんなに飲むの?」
「これくらい飲まないと味わかんないよー」
「あー、お母さん、お婆ちゃん豆乳いらないって私持って帰ってきたよ」
「体にいいのに」
「もういい年なんだし、好きなものだけ食べたいって言うんだからいいんじゃないの、ほっとけば」
「もう、便秘にならないように飲ませようと思ったのに。で、ストーカーって?」
「何か如何にも変なファン付きそうな顔してたじゃない?声優ファンみたいな」
「偏見じゃないのー?」
「何か人の人生狂わす顔してるもん、重い女に好かれそう」
「そう、かな?」
「実際は彦根が舞台の小説が書きたいからって言ってたけど、どうだろうね?」
「そう言ってたよー」
「うん、美夜に彦根の高校生のこと聞きたくてって言ってた。もう自分が高校卒業して随分長いこと経っちゃったから、今の高校生って自分が高校行ってた時と全然違うからって、まあ、それはそうだよねー、私も今高校生じゃなくて良かったって思うもん」
「何で?」
「何かラインいじめとか怖い」
「周りにそんなことしてる子いないけどなー」
「まあ、そうだよねー、実際は見たことない。でも今日聖母系イケメンは実在するし、作家ってホントに普通に生きてるってことも証明された」
「殺人鬼じゃなかったでしょー?」
「まだわかんないけどねー」
「もー、わかるよ。すごく優しいじゃない」
「まあ、そうだね。顔滅茶苦茶綺麗」
「好きなタイプ?」
「ううん、ああいう概念系イケメン苦手」
「概念系?意味わかんないよー」
「説明しようもないよー、でもホント面白かった。美夜と会うの楽しみにしてるんだねー」
「そう?」
「まあ、普通に高校生と知り合いになるのなんて如何わしいことしなきゃ有り得ないし、そういえば、何で言わなかったの?」
「だって、恭ちゃん達全然褒めなかったからー」
「だって、あんまり好きじゃないもん、まあ読んだことないけどね、アニメは見てたけど」
「ほら、褒めない」
「美夜は読んだの?」
「読んでない」
「本貸してもらってるんだって?」
「うん」
「だから最近夏目漱石の話してたんだー」
「うん」
「そうだったの」
「うん」
「でも、ホント可笑しかったー。玄関から出て来てさー、私と目あったら一瞬固まってたもん、でも、もうしょうがないと思ったんだろうね、美夜じゃなかったからって、そのまま家に引き返すわけにいかないもんねー」
姉は思い出したのか、くつくつと笑った。
何だか悪いことしちゃったな。
「お婆ちゃん、お土産喜んでた?」
お母さんはサラダに入れるゆで卵の殻を剥いている。
「トウモロコシは?」
「今日はなし」
「えー」
美夜はトウモロコシが大好きだ。
大きなカレーを食べるスプーンでお皿いっぱい食べたいといつも思っている。
「お土産はいつも通りじゃない、でもみたらし小餅半分持って帰れって言わなかった。元気そうじゃない。どっこも悪くなさそうだし」
「まあ、甘いもの好きだからね。悪いとこはないんじゃない。しっかり食べてるし、外でないんだから、インフルエンザの心配もないし」
「まあねー」
恭ちゃんはよっぽど可笑しかったのか、夕飯の間ずっと佐藤さんの話をしていた。
翌日祖母の家を出て、自転車の鍵を差し込むと佐藤さんは現れた。
昨日の恭ちゃんの刷り込みのせいだろうか。
恥じらっている様に見え、聖母系というより、清楚系美少女ヒロインのように見えた。
下に選択肢も見えそう。
勿論話しかける。
それ以外の選択肢などない。
冷たく突き放すなんてできない。
こんなモブが、高嶺の花、学園のアイドルを。
「こんばんは、昨日はありがとうございました」
「ううん、その、お姉さん引いてなかった?」
「全然、そんなことないです、キットカット喜んでました。あれ高いから一回も買ったことなかったんです」
「それなら良かったんだけど」
「あの、高校の話聞きたいって姉が言ってたんですけど」
「あー、うん」
「どういう話、ですか?」
「うーん、別に、今まで通り美夜ちゃんの友達の話とか高瀬君の話でいいよ」
「小説に、します?」
「まさか、大丈夫。しないよ。ただちょっと聞いてみたくて、高校生の知り合いなんていないから」
「そうですか、つまんない話しかしてないですけど、いんですか?」
「面白いよ、自分以外の話は皆面白いよ」
「そうですか?」
「うん」
「あー、あの、佐藤さん、ラインします?」
「うん、するよ」
「あの、お婆ちゃんとこ行かない日ラインするので教えてもらえませんか?」
「いいけど」
昨日考えていた。
毎日美夜を待っててくれているのなら、行けない日は連絡しないといけない。
約束してるわけではないけど、こうなってしまってはもう習慣だ。
「あの、つまんないことラインしてもいいですか?」
「うん、寧ろつまんないことして、面白そうだから」
「はい」
その夜佐藤さんから「今どこ?」とラインが来たので、「Kさんが先生のお家で一緒に暮らし始めました」と送り、我ながら変なやり取りだと思った。
先生がKさんと房州に行き、真っ黒になって東京に帰ってくるまでは実況のようなことをしていたけど、佐藤さんの「ここからは一人でね」に「おやすみなさい」と送り「おやすみ」と返ってきたのを最後に佐藤さんとの今日のラインのやり取りは終わった。
この可笑しなやり取りを高瀬君としてみたいと思った。
「今どこ読んでるの?」
「先生が奥さんにお嬢さん下さいって言ったとこ」
そして自分の妄想に猛烈に恥ずかしくなり、ベッドの上で足をバタバタさせ、弛み切った顔を意識して引き締め、最後まで読んだ。




