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つい買っちゃって

「美夜ちゃん」


祖母に食事を届け、明日の夕飯は鰯の梅煮がいいというリクエストを聞き、鍵を閉めて家を出ると慈愛に満ちた澄んだ声に呼び止められた。

やっぱり寒いのだろうか、今日は黒いフリースを着ている。


「佐藤さん、あの、羊羹ありがとうございました。すっごく美味しかったです」

「良かった、でも昨日お母さんわざわざご挨拶に来てくれて、かえって悪かったかな?」

「そんな、あんな立派なもの頂いたので」


佐藤さんにご挨拶に行くから今日はお母さんが行くねと言われたので昨日は佐藤さんのご尊顔を拝むことはできなかった。

今日もやっぱりお美しい。


「あのさ、美夜ちゃん。お菓子食べる?」

「はい、食べますけど」

「ちょっと待ってて」


佐藤さんはお家から白いビニール袋を持って出てきた。

大きなお家。

お母さんが聞いてきたところによると、介護施設に入ったこのお家で一人で暮らしていたお婆さんのお孫さんだそうで、独身で一人暮らしだそうだ。

職業はお母さんも聞いていないため今だ不明。


「ごめんね、これコンビニでつい買っちゃって、食べてくれる?」


白いビニール袋の中にはシュークリーム、エクレア、モンブラン、ロールケーキ、フロマージュ、ガトーショコラ、プリンと美夜が大好きなものばかりが詰め込まれていた。


「こんなに貰っちゃっていいんですか?」

「うん、お弁当買いに行ったんだけど、美味しそうでつい買っちゃたんだよね、でも俺食べないから、美夜ちゃん食べて」

「ありがとうございます、嬉しいです」

「でもごめんね、生ものばっかりで」

「大丈夫です、家族全員甘いもの大好きですから」

「美夜ちゃんは兄弟いるの?」

「お姉ちゃんが二人います、双子なんです」

「そうなんだ、じゃあ皆で食べてね」

「はい、ありがとうございます」

「お母さんには気にしないで下さいって言っといて、俺が食べられないから貰ってもらっただけだから」

「はい、わかりました」

「呼び止めてごめんね、また明日」

「はい、また明日」


八歳上の双子の姉達の仕事がお休みだったため夕飯は五人全員が揃った。

食後のデザートとして美夜が冷蔵庫に入れておいた佐藤さんから貰ったコンビニスイーツを炬燵に広げると、皆思い思いに食べたいものに手を伸ばした。


「私が貰ってきたんだよー」


モンブランが食べたかった美夜は双子の姉の恭子に抗議したが、恭子は聞く耳もたんとばかりにふたを開け、モンブランをスプーンですくった。


「恭ちゃん酷いー」

「早い者勝ちー、いつでも買えるでしょー」

「高いからコンビニのおやつなんて買わないでしょー」

「誕生日に買ってあげるわよー、もうすぐでしょー」

「まだ先だけどー、絶対だよー?」

「はいはい」


美夜が外見を褒めまくったせいか、一昨日のとらやの羊羹の余韻が消えないのか自然と佐藤さんの話になった。


「しっかし、イケメンでとらやの羊羹くれてー、こんなにケーキくれるなんて何だろうね、その人。聖人?」


双子の妹優子がガトーショコラを頬張りながら言った、その手にはエクレアも確保されている。

やられたと思ったが、後の祭りだった。

恭ちゃんに噛みついている場合じゃなかった。

美夜はプリンをちびちびと口に運びながら恨みがましく恭子を見た。


「多分そう、何て言うか、聖母?みたいに笑うんだよね」

「圧倒的光属性」

「それー、召喚石っぽいの」

「圧倒的イケメンオーラを放ち、穏やかな笑みを湛えた聖母系男子とか実在するんだ」

「ねえ何やってる人なのか何で聞かなかったの?お母さん」

「聞く?普通」

「聞いといてもいいんじゃないの?」

「失業中とかだったら?人生やり直そうと引っ越してきたかもしれないでしょ?」

「こんなド田舎で?」

「彦根ってそんなに田舎?」


一応聞いてみたが田舎なことくらい美夜にも嫌って程分かっている。

美夜が生まれ育ってきた滋賀県彦根市と言うところは、国宝彦根城以外何もない所で、まあ地味で脚光を浴びることの少ない街である。

美夜が田舎認定したのはそんなに古い話ではない。

草津にアニメイトが出来たのと駅前のスーパーのテナントに入っていたマクドナルドが撤退したからである。

高校生になったら学校帰りにマクドナルドに友達と寄ったりしたかったのに、美夜の通学路にはマクドナルドが存在しないのだ。

彦根市内にマクドナルドがないわけじゃないけど、学校帰りに寄るってのがやりたかった。

他にも彦根市がド田舎であると証明できる案件はいくらでもあるがこれ以上は辞めておく。


「田舎でしょ、イケメンが彦根に来るって、どんな理由があるの?」

「お婆さんが介護施設に入って、大きなお家が開いてるからじゃないの」

「無職になってまで?」

「家でできる仕事って言ってたわよ、ああ、後ね東京に住んでたって」

「怪しくない?」

「どこが?」


恭子は一つだけ売れ残っていたシュークリームを開けると流石に気が引けたのか、皆を見回した。

美夜はずるいと思ったが、一日二回も目くじらを立てると言うのはいけないと思い我慢した。


「ねえ、その人何かとんでもない過去とかない?」

「どういうこと?」


皆が一斉に恭子を見た。

お父さんは黙ってフロマージュを食べると蜜柑を剥き始めた。

甘いの食べた後だと酸っぱいのにと美夜は思ったが、今年は高いとお母さんがぶつくさ言っていた蜜柑がとても美味しそうなので、美夜も食べることにした。


「殺人鬼だとか」

「何言ってんの、馬鹿ねえ」

「あるよー、それ有りだよー、恭ちゃん」

「ないよー、優ちゃん」


美夜の蜜柑の半分を優子が取り上げたのでその抗議のようになった。

恭子は続けた。


「人をさー、殺して見たくて、一軒家が欲しかったんじゃないのー、殺してバラバラにするための」

「イケメンでサイコパスかー、よくある設定だよねー、ミステリーなんか全部そうだもん」

「あんたたち漫画の読み過ぎよ、あるわけないでしょ」

「東京で人殺してきたんじゃないの?」

「そんなことする人に見えないよー、ホントに聖母だもん、優しそうで、そんな世俗的な人じゃないよー」

「殺人って世俗的?」

「まあ、俗物がやることかな、カリスマレベル百なら自分は直接手を下さないで、他人を操ってさせるでしょ」

「まあ、美夜。あんたは絶対家とかホイホイついていったらダメだよ、あんたちっこいのに胸だけデカいから、お姉ちゃんホント心配。あんた迂闊だし、考えなしなとこあるし。イケメンだからって絶対に信用しちゃダメだよ」

「確かにねー、身長伸ばしなさい、私達高1の時そんなに小さくなかったよー」

「牛乳毎日飲んでるよー」


皆でもう一杯ずつお茶を飲んで、話はそれっきりとなった。

お風呂に入り、ベッドに潜り込むと佐藤さんのことは忘れ、浮かぶのはいつものカリスマレベルゼロの彼だった。
























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