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体で読んでいる

三月最後の日曜日。

美夜は佐藤さんと朝から彦根大仏を見に行った。

彦根大仏は仏壇街の近くの済福寺というお寺にあるのだが、美夜は十六年間彦根で生きて来て初めて知った。

佐藤さんにそう言うと自分も就職するまで京都にいたけどお寺に行くようになったのは大学に入ってからだと言って笑った。

彦根大仏は想像してたよりずっと大きかったが美夜が他に見たことがある大仏は東大寺の物なので、比較するのもおかしいけれど、東大寺に比べると小さく、だが彦根らしさは感じた。

市民にすらほとんど知られてないところなんか特にそう、いかにも彦根だ。


彦根大仏を見て、ケンタッキーでとろーりチーズチキンサンドセットとビスケットをご馳走してもらい、セブンイレブンでドーナツを買ってもらい、現在二人は習慣となった狭い本棚の間に挟まる様に並んでいる。


坊ちゃん、夢十夜、草枕、吾輩は猫である、三四郎、それから、門。

美夜が昨日までに読んだ本である。

吾輩は猫であるは主人公の猫が語る、その設定だけで無理だなと思っていたのに、読みだしたら面白くって止まらなかった。

名前のない猫のご主人様の先生と奥様のやり取りが可愛く、美夜は長い小説だったのにも関わらず、終わって欲しくないと思った。

もうずっとこの本を読んでいたい、終わっちゃうの寂しい。

美味しいものを食べてる時と同じ。

本だって体で読んでるんだから、咀嚼してるんだ。

佐藤さんに思ったことそのまま全部話すと「美夜ちゃんの血と肉になってくれたんだね」と言ってくれた。

人間の体は食べたものでできている。

心は体験した事で。

読書だって他人の人生だけど、体験だ。

だって知り合いになれる。

一方通行だけど。


「じゃあ、今日はこころ持って帰る?」

「こころ?」

「うん、これも読んだら止まらなくなるから、春休み向き」

「でも、何か終わっちゃうの勿体なくて、ページが少なくなっていくの寂しいなって思うんです」

「わかるよ、三つの章に分かれているから、じっくり読んだらいいよ。でも二章目読んだら、もうゆっくりしていられなくなっちゃうけど」

「そうですか?」

「うん、でも夏目漱石の本まだまだあるから、大丈夫だよ」

「はい」

「でも、凄いね美夜ちゃん」

「何がですか?」

「本読める様になった」

「あー、不思議です、夏目漱石が面白いからですか?」

「それもあるだろうけど、読みやすいってのがあると思う。美夜ちゃんの言うように勝手に喋ってくれるから」

「あー」

「でも、嵐が丘も本当に面白い小説だから、いつか読んでみてね、読んだらヒースクリフのこと忘れられなくなるよ」

「ロックウッドさんは?」

「彼のことは忘れちゃうんじゃないかな、彼の物語じゃないから」

「そうなんですか。そう言えば、あらすじにもいなかったです」


美夜は今全集の作家の名前を見るのも楽しい。

春休みと言っても部活があるから、佐藤さんの家にお邪魔できるのは水曜日と日曜日だけだ。

毎日会ってはいるけど、祖母の家の帰りはそんなに長いこと話していられない。

だから今日は昨日から楽しみにしていた。

このお部屋に入ること。

本がある、本だけに囲まれた空間に放り込まれることを。


三時になると佐藤さんがドーナツ食べようといてくれたので、台所へ移動した。

佐藤さんはコーヒーを入れてくれた。

佐藤と牛乳の入った甘いコーヒーを。


「美味しい?」

「はい、美味しいです」

「ドーナツ好き?」

「はい、大好きです」


オールドファッションをパクパクと食べ、美夜は言わなきゃいけないことがあったと思い出したが、佐藤さんがどんどん食べてと見つめてくるので、二個目のショコラドーナツを食べてからにしようと思い、喋る口は閉じた。


本の部屋に戻ると、佐藤さんは美夜に仏像の写真集を見せてくれた。


「運慶だよ」

「あー」


運慶は夢十夜の第六夜に出てきた仏師。

美夜は第一夜が一番好きだと言ってその話ばかりしていた。


「佐藤さん、第六夜が好きですか?」

「うん、好きだね」

「仏像、好きなんですか?」

「俺も夢十夜読み返したからね、前読んだときは俺も美夜ちゃんと一緒で第一夜が好きだったんだけど」

「へー」


佐藤さんは運慶が作ったという東大寺の金剛力士像を美夜に見せた。


「これ、運慶だったんですか?」

「うん、見たことあるでしょ?」

「はい、小学校の修学旅行で見ました」

「大きかったよね?」

「はい、そういえばお寺で鹿のペンダント買ったんですけど、東大寺っぽくないって姉達に怒られました、普通にお守り買ったら良かったのにって」

「そうなんだ」

「はい、後お婆ちゃんに入浴剤買って帰ったんですけど、食べ物のが良かったって言われました」

「そう」


それから美夜の中学の修学旅行の話を聞かれ、長崎のハウステンボスに行ったことを話した。

小学五年生の時に行った湖の子の話も。


「いいよね、運慶。こんなの作れたら、そりゃずっと生きていられるよね」


佐藤さんがポツリと言った。

まるで聞かれること、美夜の返事など想定などしていないかのような儚い声だった。


「そうですね、地球が滅んでも生きていられそうですね」













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