声に出したら
繭が少年漫画の月刊誌が置いてあるコーナーに移動すると、漫画の単行本のコーナーにいた巧と花恋がやって来たので、美夜は繭に聞いたことをそのまま聞いた。
「どうやったら本読めると思う?」
巧は何故か右手で自らの右の頬をつねると閃いたという顔をして見せた。
「美夜。そんなん簡単だ。自分で買えばいいんだよ」
「え?」
「自分で買ったら、お金出した分の元取ろうと思って頑張って読むだろ?自分のお金で買ったらいいんだよ」
「えー」
「えーじゃない、花恋、当たらずとも遠からずじゃね?」
「さあ、でも巧のお金無駄遣いしないとこは好き」
「俺も好き」
自分のお金で買う、か。
考えもしなかったな。
でも、そうなると。
「どれ買ったらいいの?」
「どれでも、美夜の欲しいの買ったらいいだけだろ?」
「それがわかんないんだよね」
「何が?」
「どれが欲しいのか」
「何言ってんの?花恋?」
巧は隣の恋人のクールな無表情を見つめた。
基本的に花恋は表情は豊かではないが、声音に出るため、何を考えているかわからないミステリアス美人にはなりきれていないが、背が高く足も長く胸はないが楚々としていて、小柄だが胸だけ大きくぽや-っとした印象を与える美夜とはビジュアル的に被ったところが一つもないため、二人は完全に互いのために用意された姿でこの世に生を受けており、巧は常々美夜といる花恋が一番可愛い、俺以外なら花恋の隣は絶対美夜と公言している。
「美夜は別欲しい本ないのよ」
「じゃあ、何で?」
「色々あるの」
「表紙買いしたら?」
繭が映画化された小説や、話題の本などが置かれた書店の入り口の一角に行き、どの本を指すでもなく指を指した。
「表紙買い。うーん」
「美夜、裏にあらすじ書いてるから、それ見て買ったらいいんじゃね?」
「あらすじ」
「既に疲れてるしー、何?花恋。俺そんな難しいこと言った?」
「言ってないけど」
「あらすじさー、その展開までいくとこまでもいってないんだよー」
「激しい愛憎のドラマまだ始ってもいないんだ」
「繭、何それ?俺初耳」
「嵐が丘のあらすじ、荒涼たるヨークシャーの自然を背景に激しい愛憎のドラマが展開する」
「よく覚えたね、繭ちゃん」
「よくわからんけど、ちゃんと読んだら面白いんじゃね?」
「お屋敷の説明が長いんだよー」
「荒涼たるヨークシャーの自然だからな」
「繭気に入ったんだ?」
「ちょっと声に出したくなる」
「それじゃない?」
花恋が腕を組み心持顔を左に傾け言った。
「花恋、どれ?」
「声に出したらいいんじゃない?」
「音読?」
「繭、正解」
「えー、繭。ずりい」
「美夜、もう声に出して読んだら?」
「それいいな、だってさ、声に出したら覚えるって」
「覚える?別に覚えなくてもいいんだけど」
「だって憶えてるもんなー。ほら、メロスは激怒した」
「巧、そこだけ?」
「そこだけ」
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
「おー、繭すげー」
「すごい、繭ちゃん」
「美夜、音読だな。一日十五ページで」
「うん、じゃあ、今日帰ったらやってみるよ」
「それか、美夜、嵐が丘は諦めたら?」
「でも何読んでいいかわからないしー」
「私も読まないし」
「俺も漫画しか読まないしなー、字見てると眠たくなるしー」
「たっくん、なるよね?」
「なるなる」
「私は眠くはならないけど、めんどくさい。ゲームしたいし」
「ゲームしたいな」
繭がスマホを出したので、それを合図に四人は本屋から何も買うことなく退散した。
美夜の家は美夜達が通う高校から歩いて五分程であり、駅前にあるアルプラザ平和堂は帰り道にはない。
わざわざ家を通り過ぎ、学校帰りに行くのである。
四人は来た道を引き返し、規模が小さくてもいいから、一階にフードコートがあったらいいのにねと、いつもと同じ話をして別れた。
今夜やることは二つ。
声に出して本を読む。
それには「嵐が丘」は適してないので、姉の部屋で違う本を確保する。
そしてそれを声に出して読んでみる。
もう一つは「朝霧木蔦」について調べる。
でも情報源はネットだから鵜呑みにはしないでおく。
あくまでいいことだけ、かいつまんで抜き出す。
後佐藤さんが作家さんだって皆に言ってもいいものか今日祖母の家はお母さんが行ったため、聞けなかったから聞かなくちゃいけない。
そして、明日繭ちゃんに言われた様に佐藤さんに聞いてみよう。
作家だし、きっとよく聞かれてるよね。
「どうしたら本が読めるようになりますか?」って。
それもこれも、全部自分に意気地がないせいだとはわかってはいるけど。
他力本願はいけないけれど。
自分で努力して切り開かなきゃいけないんだろうけど。
何故彼といつも話している友人達は聞いてくれないのだろう。
「何読んでるの?」と。
本のタイトル、作家の名前さえわかれば、この不毛ともいえる、他人から見たら自ら不毛の地にしているともいえる荒野の攻略の糸口を何とか掴んでみせるのに。
でも、明日佐藤さんに聞いたら、解決できるかもしれない。
佐藤さんなら、まだ誰も教えてくれてない答えをくれるはず。
何といっても作家さんだ。
小説のプロなのだから。




