どうやったら本読めるかな?
土曜日の部活を終えると美夜は花恋達と駅前のアルプラザ平和堂に寄った。
学校帰りにそのまま真っ直ぐ家に帰らず少しお喋りして帰るのに立地条件としては最高な場所で、ここにマクドナルドさえあったら何の文句もない愛する地元スーパーであり、今でこそ彦根市における覇権を南彦根駅前に聳えるビバシティ平和堂に譲ってはいるが、まだビバシティなどなかった、丁度美夜の両親が結婚した頃、このアルプラザ平和堂は彦根市民の週末の予定地としての地位を完全に確立していたのだ。
その頃はマクドナルドがあり、ミスタードーナツもあったと在りし日のアルプラザを知る美夜の両親は言う。
今だ次のテナントも入らず、マクドナルド跡地として機能する一角の隣に耐震工事のため市役所が三階と四階フロアを借りることとなったため、一階に移動となった平和書店に美夜はいて、所謂文芸と言われるであろう文庫本のコーナーの背表紙を目で追っている。
隣には上川繭。
繭はゲームもせず美夜の隣に立っている。
花恋と巧は漫画のコーナーでひそひそと何やら話しているので、この並びとなったが、よくあることなのでお互い気にならない。
「繭ちゃん、どうやったら本読めるかな?」
聞いてから最近この質問ばかりしている気がした。
「本じゃなきゃダメなの?」
「どういうこと?」
「漫画じゃダメなの?人間失格とか罪と罰とか文豪って人の書いた小説って漫画になってるよ。絵、人選ぶけど」
繭は棚の端にある文庫本をすっと抜き出した。
漫画版「罪と罰」
「漫画じゃダメだよ、絵だし、字詰まってないもん」
「内容が理解出来たらいいんじゃない?セリフとか一緒だし」
「字が、ぎっしり詰まってるんだよ」
彼の読んでいた本は。
そう言いかけたけど、まだ彼と何も始まってもいない段階で繭に言うのは躊躇われた。
花恋ちゃんには言った。
花恋ちゃんのいい所は自分が何とかしてあげようと余計なことをしたりしないでいてくれるところだ。
そう、余計なことをして欲しくない。
だって自分でさえもよくわからなくて、持て余しているんだから。
「どうやったらって、字追っていったらそのうち終わると思うけど」
「それが終わらないんだよね、追っかけられないの」
「何で?」
「何でっていわれても、うーん、苦手なんだよー」
「別に読まなくてもよくない?」
「よくない」
「頑な。どういうのが読みたいわけ?」
「うーん、字がぎっしり詰まってて、漢字がいっぱい出てくるの」
「何それ?般若心経?」
「違うよー、ひらがなあったよー」
「声優が朗読してるやつは?」
「言い声過ぎて集中できなくない?」
「うん、言ってみただけ。毎日五ページ読むとか具体的に区切ったら?」
「五ページはきつい、嵐が丘まだ二ページ目だもん」
繭は海外文学の文庫本の棚から「嵐が丘」を見つけると後ろのページをめくりだした。
「本文五百六十五ページだから一日五ページ読んだら百十三日で読める」
「そんなにかかるの?春休み終わっちゃうよー」
「夏休み中読んでもダメだ。一日十五ページは読まないと」
「そんなに読めないよー、それに字追っかけてると遂眠くなっちゃうんだよねー、ない?」
「本読まないから」
「そうだっけ?」
「ああ、ゲームのノベライズ本買ったりするけど、ゲームの特典欲しいだけだから読んでないし、挿絵は見るけど」
「ああー」
「ラノベは?」
「ラノベじゃないんだよね」
ラノベじゃなさそうだった。
最近の本って感じじゃない。
字小さかったし。
「興味がないの読んでもしょうがないんじゃない」
「興味?」
「美夜、嵐が丘読みたい?」
「うーん、お姉ちゃんが今まで読んだ中で一番面白かったっていうから、読んでみようかなって」
「でも面白くない?」
「うーん、それは私が面白いとこまでいけてないっていうか」
美夜は本を読もうと決意したが、自分の部屋には漫画以外の本が一冊もないことに気が付き、姉の部屋に駆け込んだ。
美夜の部屋の本棚は、机の横に申し訳程度のある代物で、中には姉が部屋に置けなくなったから置かせてと持ち込んだ少年漫画が綺麗に整列している。
そう、美夜は漫画ですら自分で買ったことがない。
姉が二人もいて、そのどちらもがオタクであるため、美夜は幼い頃から漫画に飢えることなく過ごした。
これがいけなかったのかもしれない。
自分で読みたいものを買うということをしてこなかったから。
いざ本を読もうとしたとき、どれを読んでいいのか、どれを読んだらいいのか、まるで分らなかった。
今もわからない。
自分が何を読みたいのか。
きっかけだけはわかっている、眼鏡の彼。
いつも昼休みにブックカバーをかけた文庫本を黙々と読んでいる唯のクラスメイト。
「ハーゲンダッツお兄さんに聞いてみたら?」
「え?」
繭の発言に美夜は昨日佐藤さんから聞いたもう別の名を思い出し、もしや繭は気づいたのかと思い、固まった。
「大人だし、俺らよりはずっと本読んでんじゃない?」
「あー」
そうか、佐藤さんは大人だ。
そして作家だ。
小説を書いていると言うことは小説を読んでいるということだろう。
「でも変質者の可能性捨てきれてないから、やめた方がいいか、喜ばすのもなんだし」
「そんなことないから、普通の人だよー」
「そんな超絶イケメンが?」
「見た目はそうだけど、中身は普通だと、思うん、だけど」
語尾が弱くなっていくのを美夜は感じた。
普通の人に見えるけど、やっぱりおかしいかもしれない。
毎日隣人の孫娘にお菓子用意している成人男性って。




