6.決断の時
女神視点なんてなかった(白目)。
後半ちょっとだけ女神視点です
「すみません、勇者様がご不浄に行きたいと……」
アリサが見張りの騎士に話しかけている声がする。
そんなことは一言も言っていないのだが、動かなくてはいけない状況になってしまった。
「勇者様が? では、周辺の警護を強化しておきます」
「ご不浄でそこまで騎士たちを動かすわけにもいきません。私が供をします」
「しかし……、では高位神官殿、任せました」
騎士に話をつけたアリサがこちらへやってくる。騎士の視線がどこか疑っているようでピリピリしたものを感じるが、すぐ戻れば問題ないだろう。
アリサには悪いが、問題を起こす気にはなれない。
「勇者様、行きましょう」
「ああ……」
大神殿に来てからすっかり着なれてしまった鎧を脱いで、護身用の長剣を腰に下げる。
アリサの先導で茂みの向こうへ入る。濃霧のせいで、少し歩くだけで背後の野営地はぼんやりとした明かりしか見えなくなった。
近くに川があったらしく、しばらくしてから水場についた。アリサが振り返り、こちらを見上げる。
「勇者様、さあ、今のうちに」
「……」
「勇者様、今を逃すと次にいつ機会が訪れるか……」
「……大神殿から逃亡して、その先は? 単身で魔王討伐に向かえと?」
不安があった。それは、世界を知らないが故の不安。
寝床は? 資金は? 一人で生きていくには限界がある。魔王討伐を背負っているのだから、尚更に。
アリサは俺が自分の企てに乗りそうにないことを感じると、悲痛ささえ感じさせる程に必死に懇願を始めた。
「いいえ勇者様、濃霧の森の抜け方は知っています。一先ずの行き先にもあてはあります、用意も少しですがここに……」
「おや高位神官殿。その話は関心出来ませんねぇ」
懐から革袋を取り出そうとしたアリサの、背後の霧が揺れる。
次の瞬間、現れた騎士がアリサの背を斜めに斬りつけた。
アリサはゆっくりと前のめりに倒れ、俺は思考が真っ白になった状態で反射的にアリサを受け止める。
何故。
「何故斬りつけた!?」
「勇者様、これは異なことを。勇者様を惑わそうとした者は厳重に罰せねばならないでしょう?」
「っそんな、」
「ああ、惜しいことをしました。死んだら使い物になりませんね、確かに斬ったのは早計でした」
耳を疑った。こいつは今、なんと?
下卑た顔をした騎士は、剣から血を払うとこちらに足を一歩踏み出した。
嫌だ。
こんなやつのいる大神殿に戻りたくなど、ない。
「あ! お待ちを、勇者様! おい、警備班!勇者様が逃げたぞ!!」
俺はアリサを腕にしっかりと抱き、その場から走り出した。
鎧を着ていたら無理だったかもしれないが、鎧は野営地で脱いでいる。
アリサはまだ息がある。アリサの息がある内にこの森を抜けなければ……
《……者… 勇……私の声が聞こえていますか……》
*****
やっと見つけた。ごめんなさい、アリサ。ごめんなさい。
私が勇者を導いて、貴方を治癒できる人のところまで向かわせます。
だからどうか、もう少しだけ生きていて──
「勇者、私の勇者、私の声が聞こえていますか……お願い、届いて」
やっと声のみの導きがスタート……するのかな?