表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

自動ドア 5

 

 「こんばんは。何読んでるの?」


 C組に足を踏み入れた私は、意を決して本を呼んでいる木蒔さんに話しかけた。余程本を読むのに集中していたのか、私が教室に入ってきたことに全く気付いていなかった様子で、しかい動じる気配もなく、ゆっくりとこちらに顔を向ける。図書室で会った時は考えに夢中で気付かなかったが、こうしてまじまじと顔を合わせると、素晴らしく美人さんだった。整った顔立ち、頭の動きに合わせてさらっと揺れるきれいな黒髪、その黒髪とは対照的な透き通るような白い肌。なるほど、これは噂になるはずだ。


 「・・・こんばんは。」


 少し間の空いたあいさつと彼女の声に、私に対する警戒心を少なからず感じた。失礼ながら、あまり社交的には見えない彼女が、ほとんど初対面に近い私に急に声をかけられたのだから、それは仕方のないことだろう。


 「木蒔さんだよね?私はA組の守坂アサヒ。今日図書室の前で会ったんだけど、覚えてない?」


  図書室前でのあのやりとりは、私にとってかなり印象に残るものだったのだけど、彼女の方はそうでもないらしく、んーと首をかしげては思い出そうとしている様子だった。傾けた頭と一緒に揺れるさらさらの髪を羨んだ目で見ていると、彼女はあっと口を開けた。どうやら思い出してくれたらしい。


 「確か、昼休みにハンカチを拾ってくださった方ですよね?その節はありがとうございました。」


 「いえいえ。でも私はなぜかそのハンカチを貰ってしまったんだけどね。あれってどういう意味だったの?」


 「意味を聞かれると困りますが、強いて言うならなんとなくです。」


 うおおお、いきなり不思議ワールド全開だぁ。自分に返ってきた落し物を拾った人になんとなくあげる心境が、私にはさっぱりわからない。かといってしつこく問いただすなんてしたくないし。私も困ったが、やっぱりハンカチは返したほうがいいよね。


 「な、なんとなくなんだ。でもやっぱりハンカチは返すよ。初対面で理由もなく物を貰うのもなんか悪いし。」


 そういって、私は彼女にハンカチを差し出した。しかし、彼女はそれを見つめはするが、受け取る様子を全く見せない。


 「それはもうあなたのものです。それに、一度人にあげたものを返してもらうのも、なんだか変な話ですし。」


 そう言って、頑なにハンカチを受け取ろうとしなかった。結構頑固だこの子。というか変な話になったのはあなたのせいでしょうに。

 

 「それに、理由ならあると思いますよ。」


 「え、あるの?さっきなんとなくって言ってなかった?」


 「きっとその内、あなたにハンカチが必要になるからだと思います。」


 なぜ必要になるのかはわかりませんがと、まるで他人事のように彼女は語った。いや、こっちはあなたの言ってることがさっぱりわかりませんよ。


 「まあ確かに、今日はたまたまハンカチを持ってくるの忘れたけどさ。そもそもハンカチを使う状況って誰にでもあるでしょ。食後とかお手洗いの後とか、他にも・・・。」


 他にもと言ってすぐに、心当たりが思い浮かび、口をつぐんだ。今日、私にハンカチが必要な理由。確かにある。それは、


 「・・・失恋して、涙が止まらなくなる時とか。」


 そう口にした瞬間、私の目から涙がすっと流れた。ずっと我慢していたものが、必死に堪えていた感情が、なぜだか今、抑えきれなくなってしまった。それは多分、このハンカチのせいだろう。木蒔さんが偶然落として、私がなぜか貰ってしまったこのハンカチ。このハンカチが私にとって必要になると聞いたとき、誰かに慰められるような、温かい優しさに触れたような気がして、気が緩んでしまったのだ。それが思い違いであったとしても、一度溢れ出てしまった涙を止めることはなかなか難しくて、それでも無理に堪えるものだから、余計に大きな嗚咽を洩らしてしまう。木蒔さんが横にいるというのにだ。急に話しかけてきた初対面の同級生が、急に隣で泣き出したら、私ならかなり困惑してしまうだろう。きっと引かれてしまう。気持ち悪いと思われるかもしれない。そんな気恥ずかしさも相まって、余計に涙の勢いは増すばかりである。だから必死に嗚咽を堪える私を、しかし彼女は、何の事情も知らないはずの彼女は、隣に立ち、私の手からハンカチを取って、そっと涙を拭いてくれた。


 「泣きたい時は、変に我慢せず思い切り泣いた方がすっきりします。」


 優しい表情で、穏やかに、落ち着いた口調で、彼女はそう言った。不意打ちのような彼女の慰めに、私は、小さな子供のように、わんわんと泣き続けた。<続く>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ