自動ドア 4
「なんてことだ・・・。」
アツシに彼女がいる。この単純な事実を素直に受け入れることが出来ず、放課後に一人、教室の机に突っ伏しながら泣きそうになるのを、何時間も我慢していた。
あの後、アツシは聞いてもないのに自分の彼女のことをペラペラと語りだし、その情報を聞くたびに憂鬱な気分にさせられた。
彼女というのはC組の美香島さんという人物であること。
美夏島さんといったら、男女関係なく誰とでも気さくに接してくれる、男子なら自分のこと好きなんじゃないかと一度は勘違いしてしまうほど、愛嬌のある美人さんだ。そのため告白してくる男子は後を絶えず、しかしそのことごとくをお断りする、まさに対男子用のハニートラップと言っても過言ではない。
そしてそんな彼女が、アツシに告白したということ。
アツシは喜んでその申し出を受けたこと。
これらの事実は私を完全に打ちのめし、聞き終えた頃には自分の机にて見事に撃沈していた。授業中も全く集中できず、教師の言葉の一切が右から左へ通り過ぎていく。少しでも油断したら、場も弁えず涙が瞳からこぼれ落ちそうになるので、ただひたすら、目に力を込めて耐え忍んでいた。そして放課後、机から起き上がる元気もなく、声をかけてきたアツシにも寝たふりをしてやり過ごし、現在に至る。
そうなのだ。
私こと守坂アサヒは、同級生にて友人の宮崎アツシ君のことが、有り体に言えば、好きだったのだ。
中学生にして生まれて初めて恋愛感情を抱いた相手が彼だった。そんな相手に彼女ができて、そのことを私に、とてもうれしそうに報告する彼を見るのが、辛かった。本当に無神経なやつだ、そう心の中で毒づくも、恋愛感情を隠し、悟られぬよう友人として接してきた自分には、恨む資格も怒る資格も、ましてや羨む資格すらないことに気付いてしまう。好きな人に振られて傷つく可能性があるのに、勇気を出して告白を決意し実行した美夏島さんだからこそ、今アツシと付き合っているのだから。恐れて友人としてしか接してこなかった私には、きっと、二人を祝福することしか許されないのだろう。
まあ、告白しても普通に振られたと思うけれど。
「・・はあああ~。」
本日何回目になるかわからない、盛大なため息を漏らしながら、何時間も突っ伏して硬くなった体をなんとか起こす。時計に見ると18時半を回った所だった。もう夕方だ。赤々とした夕焼けが、教室に射し込み照らすものを赤く染める。普段なら何も感じない見慣れた光景が、今日に限っては私をひどく感傷的にさせた。
「帰ろう・・。」
誰に言うでもない弱弱しい独り言を合図に、重い体を立ち上がらせる。フラフラとした頼りない足取りで、ゆっくりと教室を後にした。
2階の窓から運動場を眺めつつ、いつもより遅いペースで階段に向かう。ほとんどの部活はもう終わっていて後片付けをしているが、校舎の隅からは吹奏楽部の演奏が、まだかすかに聞こえる。そういえばもうすぐコンクールがあるんだっけ。帰宅部の私は、普段はHRが終わったらすぐに帰っていたので、こんな時間まで学校に残っているのは初めてだった。みんな毎日大変だな、と思いつつも、他人事のようにそんな風景を眺める。
「私も部活入ってみようかな・・。」
入る気なんてさらさらないくせに、そんな独り言を呟きながら廊下を歩いていると、目の前の教室から誰かの話し声が聞こえた。その教室を横切りながら、こんな時間でも残っている生徒っているんだなぁ、と歩きながら何の気なしに教室の中に目を向けると、彼女が、木蒔さんがいた。C組の教室で一人、彼女は赤い夕日に染まりながら、静かに本を読んでいた。
「・・あれ?」
そこで私は違和感に気付く。さっき、確かに彼女のいる教室から、誰かの話し声が聞こえたのに。今では話し声など全く聞こえず、代わりに木蒔さんが本のページをめくる音だけが、静かに聞こえる。ふいに、アツシから聞いた美夏島さんの体験談が脳裏をよぎった。木蒔さんともう一人の誰かの話。ドクンと心臓の高鳴りを感じる。それはさっきまで落ち込んでいた心に喝を入れるような、まさに好奇心に突き動かされるといった、確かめたいという衝動が、私の全身を覆う。
話をしてみよう。
確かめてみよう。
失恋の傷心を紛らわすかのように、私は、彼女から貰ったハンカチを握り締めた。<続く>