自動ドア 2
「差し上げます。」
中学校の図書室前の廊下で、私は拾ったばかりのハンカチを手に一人戸惑っていた。
当時、中学生の私は、前を歩く生徒がハンカチを落としたことに気付かず、トコトコと図書室に入っていくのを見かけたので、そのハンカチを拾い、渡そうと声をかけたのだ。かけたのだが、差し上げますと言われてしまったので、それはもう困惑している最中だった。落し物を交番に届けると1割を謝礼として貰えるという話は聞いたことがあるけれど、本人に届けると全部貰える決まりでも新しくできたのだろうか。いやいや、それは無いだろう。無いと思いつつ念のために、
「いや、確かにハンカチは分割できないけど、だからといって全部貰うわけにはいかないよ。」
多分違うんだろうなぁ、とは思いながらも、他に理由が思いつかなかったので、私は私でおかしな返答をしてしまった。そんな答えに、相手も一瞬何かを考えて、ああと納得の声をあげた。
「もしかしてですが、落し物の謝礼の話をしているのなら、そういうことではありません。」
あ、やっぱり違うんだ。
「それとは関係なく、そのハンカチは差し上げます。」
そう言われてしまい、私の考えが違うのはわかったが、彼女の考えはいまだにさっぱりわからなかった。
「あ、手はちゃんと洗ってるよ。」
「別にあなたのことを不潔だとは思っていません。」
むぅ、これも違うのか。さっきちょうどお手洗いに行ったから、偶然それを目撃した彼女が仮に潔癖症だったのなら、自分の落としたハンカチを受け取らない理由になると思ったんだけど。なんだか難しいなぞなぞをしている気分になってきた。
「それでは。」
うーんと悩んでいる私をよそに、そっけない挨拶をして踵を返した彼女は、そのまま図書室の中に入ってしまった。私はというと、理由もわからず貰ってしまったハンカチを眺めながら、図書室の入り口で呆然と突っ立っては、通行人の妨げになっているのだった。
「それってC組の木蒔さんじゃないか?」
図書室の前で呆然と突っ立っていた私は、行き交う通行人に度々邪魔そうな目線を向けられ、はっとして自分のクラスに逃げ帰ってきた。だが、ハンカチを貰った理由がわからず頭の中がもやもやしっぱなしだったので、ちょうど先ほどあった不可思議な出来事について、友人のアツシに相談していた。私の話を聞き終えたアツシは、特に驚いた様子も無く、その人物と思わしき人の苗字を口にしたのだった。
「木蒔さん・・、なんか聞き覚えのある苗字だなぁ。」
「有名じゃん。幽霊が視えるとか、変な噂ちょくちょく聞くぜ。」
「あー・・・。」
同級生に霊感のある少女がいるという話は、確かに聞いたことがある。あの人がそうだったのか。
「霊感どうこうはわからないけど、なんか不思議な人だったなぁ。」
「だろうな。変わってるっていうか、クラスでも浮いてるみたいだしな。」
そう言われて、すごく綺麗に、ストンと腑に落ちた。初対面であのやり取りをした身として、これ以上ないほどに。
「俺も友達から聞いた話だから、詳しくは知らないけどな。」
そっかと相槌をうち、貰ったハンカチを眺める。全体は白色で角に赤い刺繍の入った、シンプルで上品そうなハンカチだ。個人的に、こういうシンプルなハンカチは、汚すのがもったいなくて使いづらいので苦手だ。私がそんなことを考えていると、アツシはふと思い出したように、そう言えば、と話し始めた。<続く>