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自動ドア 1

稚拙な文章ですが、どうぞよろしくお願いします。


 「ありがとう、いつも助かるよ。」


 駅前にある小さな本屋で、会計を済ませた中年男性が予約していた本を受け取りつつ、そう言った。


「いえいえ、カツラギさんはお得意様ですから。お買い上げありがとうございました。」


 私はいたって愛想よく応えると、狭い通路に並びながら、出入り口まで付き添い頭を下げる。

この本屋のお得意様であるカツラギさんは、私に手を振りながら、満足げな笑顔と軽い足取りで店を出ていった。きっと、今日発売された新刊「不真面目探偵シリーズ ストーカー殺人事件」を早く読みたくて仕方がないのだろう。


 ここは田舎未満都会以下といった発展具合の街なので、新刊なら当日に店に並ぶ。もちろん夜に売り切れているということはほとんどない。そもそもこの本屋、立地の割りに流行ってないし。

それでも事前に予約を入れて、当日の昼休みを利用してわざわざここに足を運んでくれるということは、それだけ待ち遠しかったのだろう。本に限らず、楽しみにしていたものが手に入る瞬間というのは、何物にも変えがたく幸福というものだ。


 「私も早く帰って読みたいなー。」


 思わず、ぼそっと心の声を漏らしてしまう。かく言う私も、本屋のバイトという立場を利用して、当日入荷した新刊を1冊ストックしておいたのだ。人気シリーズとはいえ、売り切れるなんてことはまずないのだけれど、やっぱり心配になってしまう。タダで買える安心なら買っておいて損はない。

いつもより遅く感じる時計の秒針をじっと眺めていると、店の奥にある控え室から男が出てきた。


「アサヒ、お前お客さん全員にあんな愛想よくしてんの?疲れない?」


 欠伸をしながら眠たそうに眼をこする、そのいかにもさっきまで寝てましたという雰囲気を漂わせているこの男は、この本屋の店主であり、私の叔父でもある男だった。


「あのね、この全然流行ってない小さい本屋の経営を、一日でも長く存続させるためにがんばってる健気なバイトにかける言葉かな、それ。」


 恨みがましい視線を当てながらストレートな嫌味で返すも、


「大丈夫大丈夫、うちにはこんなに店のことを考えてくれる真面目なバイトがいるんだから。潰れっこない。」


 タバコに火を点けながら、へらへらとした態度で流されてしまった。多分、人間からやる気というものを取ったら、こんな風になってしまうんじゃないだろうか。


「って叔父さん、ここ禁煙!本に匂い付いちゃうじゃん!」


「おっと、すまんすまん。」


 そう言って、慌てた様子もなく奥に引っ込んでいった。自分の店の規則だろうに、なんて自由な男なんだろうか。いつも昼寝ばっかりしてるし。呆れるのを通り越して心配になってくる。

 でも私がバイトとしてこの店にいるうちは、本のため、自分のためにもこの小さな本屋にはそれなりに繁盛してもらわなければ困るのだ。私の住んでいるアパートから比較的近い距離にあり、叔父さんという気兼ねしなくていい雇い主が経営しているこの本屋。常時金欠の大学生たる私にとって、ここはかなり好待遇なバイト先なのだ。読書も好きだし、たまに叔父さんに夕飯奢ってもらえるし。

 なので私は、ため息をつきながら、少しでも見栄えを良くしておこうと、一人黙々と棚の整理を始めるのであった。


 


 時刻は18時、日は赤く沈んでいて、冷たい風に冬を感じるこの頃。その時間にはもう仕事はほとんど終わっていたので、とうとう我慢できなくなって狭いレジカウンターでストックしていた新刊を読みながら、有意義に時間を潰していた。

今日も我が店は平和であり、静寂に包まれていて、しかし不況でもあったが。

そろそろ上がりの時間なので、叔父さんを呼んで交代してもらう。


 「あれ、マキちゃんじゃね?」


 呼ばれてだるそうに出てきた叔父さんが、入り口の自動ドアを見ながらそう言った。私もつられて入り口を見ると、自動ドアの曇りガラス越しに黒い女性のシルエットが見えた。


 「あー、また自動ドアが反応してないや。」


 中から開けにいこうと立ち上がる私を制して、叔父さんが前に出る。俺に任せろということらしい。今日一番のやる気を出した叔父さんが、入り口に向かい自動ドアを中から開けると、そこには頭からつま先まで肌以外の全身を黒服で纏った女性が、ぽつんと立っていた。黒いダッフルコートに薄黒いカットソー、おまけに黒のパンプスとひたすら黒を主張している。初対面の人でも、黒が好きなんだなぁ、となんとなくわかってしまう位の黒押しだ。


 「やあいらっしゃいマキちゃん。今日も黒がよく似合っているね。さながらシャドーピープルのようなダークでミステリアスな雰囲気がとても素敵だよ。」


 「こんばんはユウスケさん。相変わらずお上手ですね。」


 「狭い所ですので、足元に気をつけて。よければお手を・・・いってぇ!!」


 私はアホ店主の頭をスリッパでスパンと叩く。こうすると大体の人間は頭を抑えて動きを止めるのだ。というか、海外の怪奇現象の名前を出して相手を褒めるナンパとか初めて聞いた。それで喜んでいるマキもマキだけど。


 「おいアサヒ、いきなり人の頭をスリッパで叩くとは何事だ。叔父さんびっくりしたぞ。」


 ナンパ野郎もとい叔父さんが、叩かれた後頭部を擦りながら涙目で抗議する。


 「ドア開けて開口一番にお客様を口説く叔父さんが何事だ。私の方がびっくりしたわ。」


 「ただの挨拶じゃねえか。それに綺麗な女性をエスコートしたくなるのは万国共通で男の性なんだよ。」


 「飛行機が怖くて海外旅行もできない人間が万国共通とか知ったようなこと言うな。私には叔父さんが姪っ子の友人の手をいやらしく握ろうとしていた痴漢にしか見えませんでした。」 


 「別に手を握るくらいいいじゃん!美人さんと触れ合える機会なんて中々ないんだぞ!あ、そういえば握手も世界的に有名な挨拶だよね。握手しようマキちゃん。・・おい離せアサヒ。俺が握手したいのはお前じゃねイテテテ力強いなお前!」


 私と叔父さんの漫才を見て、マキちゃんはうふふと笑っていた。よかったな叔父さん、笑ってもらえて。もう満足だろう、さっさと引っ込め。


 「マキちゃんの美しい笑顔を見れたことだし、今日のところは引き下がっておいてやるか。」


 「息切らして言ってもかっこよくないよ。マキちゃんご来店のときはずっと奥に引っ込んどいてよ。この変態痴漢中年店主。」


 「変態でも痴漢でも中年でもない。30歳は決して中年ではないのだ。しかしほんと手厳しいなお前は。これだからし・・ブフォ!」


 なにかおぞましい言葉を発する気配を感じたので、とりあえず本でぶん殴って奥に引っ込ませた。

 本ってすごいよね、武器にもなるんだから。






 叔父さんを引っ込ませたあとで、マキが予約していた「月刊 レッツ怪奇現象!」という、取り寄せしないと手に入らないような、かなりニッチな本を渡す。私ももうすぐバイトから上がるので一緒にファミレスにでも行かないかと誘ったが、


 「ごめんなさい、早く読みたいから。」


 と断られてしまった。残念。マキが帰った後で、振られてやんのーと指をさして笑っていた叔父さんに、すれ違いざま鉄山靠をお見舞いしてから帰り支度をする。


 「それじゃ先に上がるね、お疲れ様ー。」


 奥で倒れている叔父さんに一言声をかけて、入り口の自動ドアを通って外へ出る。出た後にふと思いついて、もう一度自動ドアの前に立つ。するとセンサーが私を認識してスムーズにドアが開いた。やっぱり故障はしていない。私や叔父さんやどのお客さんが入ってくるときも、この自動ドアはちゃんと開く。叔父さんが言うには、この自動ドアは光線式センサーというものが使われているため、誤作動なんてほとんどしないそうだ。

 それならなぜ、木蒔マキはセンサーに認識されないのだろう。確かに彼女は自己主張の少ない、控えめな人物ではある。だが、影が薄い、なんて比喩的表現は、現代のセンサーを前に意味を成さないだろう。全く以って不思議な話だ。


 思えば昔から、もっと言うなら出会った時から、彼女は私にとって、とても不思議で、とても怪奇な、そんな人物だった。<続く>

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