デウス・エクス・マキナ(1)
ーーもうもうと立ち込める煙の中、二つの影が浮かび上がる。ゆらり、と揺れた一つの影が地面に倒れこむ。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
煙が晴れると、そこには満身創痍の賢者と地面に倒れ伏した魔王がいた。
「終わった・・・。」
賢者は呟くと、座り込みそうになる足に喝を入れ、踏みとどまる。
「賢者様!」
「おお、姫よ!助けに参りました!」
そこに、着飾ったイムカが賢者に駆け寄り抱きついた。
「私のためにこんなに傷ついて・・・」
悲痛な声をあげるイムカ扮する姫に、アンデル扮する賢者がその腕を取り、片膝をついた。
「姫様を救うためならば、この身など三度炎に焼かれ、三度氷漬けになることも厭いません。」
観客席からは悲鳴にも似た嬌声があがる。舞台の袖で見ていたカチュアも、例に漏れず恍惚として観入っていた。
「イムカ様の黒曜石の様な美しい黒髪と、アンデル先輩の稲穂を思わせる黄金の髪のコントラストがまるで絵画の様・・・」
横で見ているエバは相も変わらず無表情であるが、どこが誇らしげである。自ら手がけた脚本のクライマックスに満足しているのであろうか。
カチュアがうっとりと意識を飛ばしている間に、舞台は変わって城の玉座を思わせる背景になり、王と思われる役者とその横に控える王女の前に、賢者がかしこまっている。
「賢者よ、恐ろしく邪悪な魔王を討ち果たした英雄よ。そなたを全国民が、いや、生きとし生ける全てのものが讃えている。そなたの功労にどう報いることができようか。」
「いえ、私は私の出来ることをしたまでです。」
賢者の言葉に満足げに頷いた王は、
「ならばせめて王女と婚姻の契りを交わしこの国を末長く守ってくれ!」
「はっ!この身をこの国に捧げます!」
顔を上げた賢者に、感極まった王女が抱きつく。そして二人が舞台の中心で抱擁したまま、緞帳が下りていく。観客席からは鳴り止まない賞賛の拍手が送られる。
そして再び緞帳があがると、一列に並んだ演者が順にお辞儀をしていく。観客のボルテージは最高潮に達し、皆が席を立ち一心不乱に拍手を送っている。
そしていよいよアンデルが列より一歩前に歩を進めた時ーー
激しい爆発音と共に天井から何かが落ちてきた。
「な、なんだ!?」
ウェイクが声をあげると同時に、それが立ち上がり人の形を成していることを露わにした。
「警備っ!来いっ!」
アンデルが事態を把握するよりも早く、取り急ぎ警備の元冒険者達を呼ぶ。観客達は演出だと思い、おお、などと感嘆の声をあげる。
「ま、魔王・・・?」
袖で観ていたカチュアは思わずこぼした。カチュアがそう思ったのも、観客が演出だと思ったのも無理はない。その闖入者は、先ほどまで舞台でウェイクが演じていた魔王と姿形そっくりであった。演出なのかとカチュアが隣のエバを見ると、
「なんて禍々しい魔力・・・」
普段鉄面皮であるエバが、冷や汗を垂らし、自身を両の腕で抱きしめる様に震えていた。
「ふむ・・・二割と言ったところか・・・」
誰に言うでもなく、闖入者は自らの掌を閉じたり開いたり、確認でもするかの様に観察している。その頃になってようやく思い思いの武器を手にした警備が駆けつける。
「気をつけろっ・・・!」
アンデルが喚起の声を上げ切る間も無く、闖入者の体から滲み出る様に立ち昇った炎が取り囲んだ警備に襲いかかる。
「くっ!」
アンデルは慌てて氷壁を呼び出すが、意にも介さず舞台上は炎に蹂躙される。
「・・・っエバ!」
吹き飛ばされたアンデルが舞台袖に声をかけるとと、所々焼け焦げたエバが飛び出して来た。
「ダイヤモンドダスト。」
エバが淡い光に包まれたかと思うと、舞台上にきらきらと煌めく氷が舞い散る。
「・・・ふん。」
闖入者がおもしろくなそうに鼻を鳴らすと、炎はみるみる鎮火されていく。舞台上は凄惨な光景が広がり、闖入者とエバ以外に立っている者は居なかった。その被害は舞台上に留まらず、観客席からは呻き声があがっていた。
「エバ!観客を頼む!」
アンデルの声に答えることもなく、エバは舞台上から身を翻した。
「くそっ!フレイムランス!」
アンデルから一条の光が飛び、闖入者を包む。
「・・・児戯だな。」
闖入者は身じろぎひとつせず、佇んでいる。アンデル自身、自分の魔術がなんの意味も為さないのは理解していた。しかし今はそれでも闖入者の意識を自分に向けたかった。
だが、その願い虚しく闖入者は観客席に向き直り右手を水平にあげた。その体の周りに無数の氷柱が顕現する。
「ストーンウォール。」
観客席の前列を守る様に、エバの放った石壁がせせり立つ。闖入者が右手を振り上げると、氷柱が石壁へと到来する。その殆どは石壁によって弾かれ、一つとして穿つことはできなかった。
「姫様っ!」
しかし、二階の貴賓席より悲鳴があがる。今日の演目には王女が観覧に来ていた。弾かれた氷柱が貴賓席へ飛んだのであろう。
「高貴な血・・・」
闖入者は呟くと、その体に風を纏い浮かび上がった。そして貴賓席へと真っ直ぐに飛来する。
「王女様をっ・・・!」
アンデルが声を上げた刹那、貴賓席より光の柱が立ち昇る。天井には大きく穴が空き、王女らしき者を抱えた闖入者が飛び出して行った。
静寂に包まれた劇場で、ようやく事態を飲み込んだ観客の一人から悲鳴があがった。