開演(6)
パチン、とアンデルの鳴らした音が部屋に響く。カチュアは何が起きるのかときょろきょろ辺りを見回す。特に何も起きないことに首を傾げそうになったその時、確かに変化は起きた。アンデルの影がやけに目立つのだ。二次元であるはずのそれが高さを持ったかと思うと、あっという間に人型を形成した。
「闇の住人を知っているかい?」
「えっと、バンパイアやゾンビといった暗闇で活動する魔物を総称した呼び方だと。」
「少し違うな。彼らの中には魔物や魔獣だけでなく、精霊や亜人族もいる。」
カチュアはまたしても自分の習った事が否定され、少し落ち込む。
「知らなくても無理はない。彼らとは交流をもてないからな。だが、こいつは例外だ。ヒカゲ、挨拶してごらん。」
ヒカゲと呼ばれた影が急速に形を作っていく。そこにはアンデルがもう一人現れた。
「主からヒカゲの名をもらった。」
まるで鏡合わせのように並び立つもう一人のアンデルは、口を動かすことなく声を発した。声帯を震わすことなくどう発声してるのだろうと疑問に思うも、カチュアは慌てて頭を下げる。
「カチュア=ヨットハムです!」
「彼はシャドウという精霊なんだ。ひょんなことから契約を結んでね。劇中では存分に活躍してもらっているよ。」
「精霊と契約!?」
精霊は気難しいと聞く。歴史に名を残す大魔導師ですら、生涯に一度精霊と契約を結べるかどうかという話だ。
「す、すごい・・・」
「舞台上の仕掛けから俺は奈落へ逃げ、ウェイク扮する魔王の影から俺に姿を変えたヒカゲが現れるって寸法さ。」
奈落?と聞き慣れない言葉にカチュアはひっかかるが、こくこくと頭を振る。
「折角だから我がマクスウェル劇団が誇る劇団員を紹介しようか。」
アンデルの言葉に反応して、皆がカチュアの前に一列に並ぶ。
「私がマクスウェル劇団の団長であり、特殊効果を主に担うアンデルでございます。」
胸に手を当て、お辞儀をする。カチュアも思わず返礼する。
「そして当劇団の看板女優、イムカ!」
「今回の演目では出番少ないんだけどね。」
にっこりと微笑み、スカートの端をちょんとつまんだイムカが頭を下げる。
「当劇団の花形・・・」
「それはやめろって!」
ウェイクがアンデルの口上を遮った。こほん、とアンデルが咳払いを一つ。
「当劇団が誇る名俳優、ウェイク!」
「なにが名俳優だ。」
ウェイクはしぶしぶと言った体で、マントを翻しお辞儀をした。
「マクスウェル劇団の屋台骨。脚本家のエバ!」
表情を変えずにぺこり、と頭を下げるエバにカチュアもつられてぺこり。
「ちなみにエバは学院首席卒業だ。」
突然放たれたアンデルの爆弾に、ええっ!?とカチュアが驚く。同時にウェイクからも驚きの声があがった。
「なによあんた知らなかったの?」
イムカがウェイクを肘で小突く。
「そして、黒子のヒカゲをはじめ、総勢五十六名の劇団員からなるマクスウェル劇団を今後ともよしなに。」
一様にお辞儀をする五人に、カチュアは一心不乱に拍手をする。
「改めてよろしく、カチュア=ヨットハム嬢。」
「あの!エバさんが首席卒業ってほんとですか!?」
さすがに聞き捨てならなかった。首席卒業となると在学中からスカウトも多く、ゆくゆくは宮廷魔術師や魔道騎士団の中核を担う存在だ。
「去年の首席卒業生だよ。それがこの劇団に入るって頑なでね、学院長には未来ある芽を摘むなってこってり搾られたよ・・・」
げんなり、と言ったアンデルに対し、当の本人であるエバはどこ吹く風で、
「ここには私が必要。」
と言葉少なに語るだけである。